第16話 絢爛夜叉②

 ビルからビルへ飛び移りつつ、空を飛び回るアイテール推進車の天井へ張り付く。

 どれほど優れたサイボーグであろうとも、足場がなければ飛び回ることはできない。

 空を飛ぶものを追いかけてくるのは至難の技だ。


 超重量であることが多いから、こちらのように一般車両の上に乗ることなどできやしないはずだ。

 もっとも壊して良いという前提ならば話は別だろうが、遮光されたキャノピーからかすかに見えるのは恰幅の良い男と、その股に顔をうずめている女の姿だ。

 このカジノ惑星の客をそう簡単に殺しはしないだろう。


「ダメみたいですね」


 そうわたしは予想していたのだが、どうやらエリダには自分以外の誰かをおもんばかる気持ちというものはなかったようだ。

 高出力に物言わせた脚力でもってビル街から跳躍。

 一般車両を蹴落としながら、こちらへ向かってきている。


 さらにまずいことに雨が降り出した。

 どこから降って来たのか重金属臭の酷い、工場排煙と酸性雨のカクテルだ。

 生身の我々は息を吸うだけでも肺が焼かれるような心持となる。

 もちろん、わたしは船外活動用の装備だ。

 この程度ではどうにかなるわけではないが、フォスの方が危ない。


 それ相応の装備であるが、コズミックメイドの装備には劣っている。

 この惑星の雨は、その装備の限度を超えていた。


「これを着なさい」


 上着を脱いで着せてやる。


「だ、駄目だよ、リーリヤ!」

「逃げ切るまでならもちます」


 最悪、顔さえホワイトブリムでガードしておけば、傷の方はどうにでもなる。

 手足がちぎれていなければ、皮膚がどれほど焼け爛れていようが他の七星剣を殺すのに支障はない。

 そこまでもてばいい。


 雨が当たった皮膚が焼けるように痛い。事実焼けているので、じゅうじゅうと煙が上がっている。

 酷いものだ。

 そんな惑星が煌びやかなカジノ惑星とは。


 さて、この雨の中でもエリダは迷いなくこちらへすっ飛んできている。

 サイボーグにこの酸性雨は痛痒になりやしないということなのだろう。


「戦う理由がない相手とは戦いたくありません。引いてくれませんか」

「ならフォスを置いて行けばいい。そいつさえ殺せば、何の憂いなく私はここでカジノのオーナーをやるんだから」


 目的の為ならフォスを斬り捨てて行けばそれでいい。

 確かに、それは良い方法だろう。


「あっ……良いよ。リーリヤに迷惑はかけられないし……ちゃんと姉さんに会わせてもらったし」


 フォスは歪んだ笑顔を見せる。

 その諦めたツラは見飽きました。

 まるでいつかの自分を見ているようで、


 だからわたしは、その額を全力でデコピンすることにした。

 おかげでフォスは車体の上を転がって落っこちかけている。


「あいたぁ!? うわ、おち、おち!? 殺す気!?」

「死んでもいいとかほざいた馬鹿の反応ではないですね」

「あっ……いや、だって……」

「だってではありません。良いですね、あなたは事実として姉に見捨てられました。それならどうしますか」

「わからないよ……そんなの……どうして姉さんがああなったのかもわからないし……」

「教えてはくれないと思いますが、それが願いなら聞き出しましょう」

「え……?」

「この場に限り、あなたを主人に認めます。良いですね、臨時ご主人様。さあ、願いを言いなさい。世界最強のメイドであるわたしが、願いを叶えましょう」


 思考停止結構。

 ですが、そんな暇はない。

 相手はこちらを殺しに来ているのだから、強引にでも思考させなければならない。


 業腹ですが、臨時ご主人様と認めてあげるんです、それにふさわしい行動くらいできますよね。

 ええ、ええ、あなたはいつもわたしの主人を自称しているのですから、できないわけがありませんね?


 そんな煽りを込めたわたしの意図をどうやらフォスはしっかりと理解したらしい。


「そ、それなら、姉さんと話がしたい。きちんと」

「イエス。では、それを実行します。四肢の五本か、八本くらい落とせば止まるでしょう」


 問題は、殺すわけではないから虚空刃の技を通常の状態では何一つ使えないということだ。

 虚空刃出来ればアイテールを斬り裂きダメージを与えられるが、同時にそのサイボーグ躯体の全てのアイテールへと影響が伝播する。

 待っているのは確実な死。

 今回のお願いには使えない。


 やれやれ、やはりフォスなんて見捨てるべきでした。

 でも、まあ、はい。

 借りがありますし、何よりヴァイオレットお嬢様の恩をわたしは裏切れない。


「では、いってきますので、大人しく待っていてくださいね」


 酸性雨の雨がわたしの身を削る時間もある。

 手早く済まさなければならない。


 わたしは絶賛迫ってくるエリダに向けて跳躍した。

 加速度がわたしを捕まえて丁度跳躍したエリダに跳び蹴りの形で突っ込ませてくれる。

 内功で強化したとは言えど、アイテールに包まれたサイボーグに突っ込んで骨が嫌な音を立てるが構わない。


 抉り込み、回転を咥えて吹っ飛ばす。

 雨の中を斬り揉みしながら落下していく。


「なにすんのよ!」

「フォスがあなたと話をしたいようです」

「そんなのするわけないでしょ!」

「ごもっとも。ですので、四肢を斬り落として連れて行くことにしました」

「ああそう。私に手を出さなければこちらも手を出さないと思ってたけど、邪魔するなら殺す!」

「同感です、わたしも殺したい」


 正直、フォスの姉だから生かしているようなものだ。

 そうでなければなぜ手加減しなければならないのか。

 相手は七星剣仕様の高出力義体を有しているのだ。

 手加減して勝てるほど甘くない。


 それを証明するかのように首と脊柱のソケットから腕が飛び出してくる。

 そのひとつひとつに鉄扇を保持しており、まるで孔雀が羽を広げたように見える。


「喰らいなさい風をね」


 放たれる風魔法。

 鉄扇一つ一つが必殺の風の刃を放ってくる。


 足場のない空中。

 躱すことは容易ではない。

 しかし、不可能ではない。


「嫌です」


 なんとしても躱す。

 周囲を瞬時に確認しそれに手を伸ばす。

 鉤のようにした指が、アイテール推進車の底面へ引っかかり急加速。

 肩が外れかけたが、風の刃はわたしのスカートを少しだけ削るだけにとどまった。


 すぐに車両を蹴って、距離を詰める。


「死ねェ!」


 その刹那に風が渦を巻いた。

 トルネードいや、この場合はドリルと言った方が良い。

 それがわたしに向かって放たれる。


「虚空刃――抜刀」


 こればかりは虚空刃に頼らなければならない。

 魔法を斬り裂くために虚空刃を発動させ、一刀両断斬り裂くと同時に、脇腹に衝撃。


「ごふっ」


 見れば投擲された鉄扇が突き刺さっている。


「本当、生身って大変ね」


 さらにいつの間にか目の前に来ていたエリダがニヤリと笑う。

 風が彼女の背で滞留している。

 どうやらそれで飛行もできるらしい。


 さらに放たれる風魔法。

 剣の形をした風がわたしを斬りつける。


 再びの虚空発勁。

 暗黒星雲で魔法のみをかき消す。

 小規模に留めたかったが、圏内にいた車が落ちていく。


「あらあら、大変ねえ」

「くっ」


 助けることはできない。

 目を離せば、次が来る。

 困った、虚空発勁を使い辛くされた。

 車に乗った人たちがいる限り、先ほどのように暗黒星雲を使うことはできない。


「わざとこのような場所で戦うように仕向けましたね」

「もちろん。あなたは飛べないし、こういう場でさっきの使うと、車って落ちちゃうし、あなたの足場を消すためにしたんだけど他にも有効そうねぇ」


 彼女の背に増えた腕が走行中の車を掴み取り、それを吹き飛ばしたわたしに投げつけてくる。


「くっ!」


 それを回避すれば、回避先に風弾が撃ち込まれる。

 辛うじて刀で受けるが、魔法の威力に負けて別の車に叩きつけられる。


「甘いわねぇ。甘い甘い。一般人なんて気にして復讐できないなんて、なぁに? そんなに甘いんじゃフォスを守れないわよ」

「罪のない人を巻き込むわけにはいきません」


 邪魔をするならば殺すが、邪魔をしないなら殺さない。

 それはこの復讐をする上での最後の一線だ。


 ヴァイオレットお嬢様が素敵と言ってくれた、わたしであるためのわたしの最後の線引き。


「あなたの復讐って、本当に甘いのね。邪魔する全てを踏みつぶして、踏みつけて、殺して、それくらいしないと復讐なんてできるわけないのよ」

「まるで見て来たような口ぶりですね」

「実体験だもの。だから、甘いあなたはこうして私に殺されちゃうのよ。ふふふ」

「殺されるわけにはいかないので、抵抗させてもらいます」

「どうやって? あなたの鈍らじゃアイテールの防御を貫いて、斬り落とすなんてことできないでしょう?」

「はい、できないですね」


 だから、早々にこうしよう。


「抜けば魂散る、紅の刃――剣理抜刀」


 呼ぶ。

 わたしの釖装を。

 剣豪星より八代妙月がカジノ惑星に降り立った。


「なら、私も呼んであげる」


 紫に輝く鉄扇が唸りをあげた。


「抜けば魂散る、紫の刃――扇理抜刀」


 来る。

 剣豪星よりもう一機。

 エリダが有する釖装。


 紫の機体。

 艶めかしい肢体の釖装は、表情のわからない能面を被り、孔雀のように扇の羽を持っている。


 故に銘は『孔雀扇』というようだ。


 釖装戦に車は避難していく。

 残してきたフォスは、ビルの屋上に避難できているようだ。


「さあ、始めましょう」


 なら憂いはない。

 このまま相手の意気を削る。


「連れ帰ってあげますよ、お姉さん」

「うるさいですよ、ただのメイド風情が」


 ●


 エリダ姉さんは、とてもやさしかった。

 レーヴなんていう地獄みたいな惑星で、両親が死んだあと何もできないあたしをっまもってくれた。


 間違ったことは間違いだって言って、大人にも負けない強い姉さん。


「それがどうして……」


 どうして七星剣になんてなって、こんな惑星で人々からお金を巻き上げたりしているんだろう。

 あたしにはまるでわからない。


 姉さんは別人になってしまったの?

 七星剣に連れて行かれて、何かされたの?


「話してくれないとわからないよ、姉さん……」


 だから、だから。


「お願い、リーリヤ。姉さんと話をさせて」


 やっぱり、話してみないとわからないから。

 あたしが好きだった姉さんがもういないのか、どうか、これからどうすればいいのか考えたいから。


「お願い」


 あたしはただ祈って戦いを見ているしかできない。


 酸性雨の雨の中で戦う二機の釖装をただ見ているしかできない。


 

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