第15話 絢爛夜叉①

 賭博宙域は、この宇宙で一番のカジノがある宙域だ。

 どこもかしこも煌びやかで、コインが宇宙中を待っている。

 道中は、彼の操船技術おおかげで何事もなく賭博宙域に辿り着くことができた。

 情報が正しければ、このどこかにフォスの姉がいるはずだ。


 賭博宙域でも一番のカジノ惑星ジョーヤならば情報があるだろうと、運び屋にそこの港に降ろされ、彼とはそこで別れることになった。


「じゃあな」

「はい、ありがとうございました、運び屋さん!」

「仕事だからな」


 何が仕事やらだ。

 子供にあまあまなくせに。


「何か言ったか」

「いいえ、なにも。何かあればまた依頼をします」

「金さえ払えば運んでやる」


 そう言って彼は再び何処かへと去って行った。


「良い人だったね」

「そうですね」


 それからフォスは、背後に煌びやかなホロネオン広告が浮かぶ、カジノ街を見やる。

 惑星上の全てがカジノで出来ているカジノ惑星はどこもかしこもキラキラと輝いていて、目がちかちかする。


 そこでは日々喜びの声、勝負に負けた怨嗟の声やらが響き渡っている。

 一説によれば、恒星のないこの惑星に昼と夜があるのは、負けが込んだことで発生するアイテールによる現象なのだという専門家もいるほどだ。

 今、港がある地域は暗くなっているということは、よほど負けが込んでいる人たちが集まっているということだろうか。


「もっと明るいところに行った方が良いでしょう」

「うん、姉さんを見つけないと」

「あら……フォス?」


 はい?


「え……? 姉さん!?」

「はい?」


 ●


「フォス、あんたこんなところで何してるのよ」


 フォスの姉が見つかった。

 あっさりとだ。

 あまりにもあっさりとしている。

 罠ではないのかと疑うくらいにはあまりにもあっけない。


 わたしは咄嗟に周囲を確認する。

 これが七星剣の策略ではないのかとすら思った。

 しかし、そういうことはない。


 監視カメラのほとんどはこちらを注力することはしていない。

 通常の状態で、道行く人々を追っているだけだ。


「そ、それはこっちの台詞だよ!?」

「おかしいわね。伝言を頼んでおいたはずなのだけれど……すれ違ったのかしら」

「伝言って……そんなことより早く帰ろうよ」

「その前に、七星剣の居所だけ教えてもらえるかしら」


 彼女は七星剣に連れ去られたという話だ。

 それならば何か情報を持っているだろう。


「あなたは?」

「リーリヤよ、姉さん。ここまであたしを送ってくれたの」

「そう。妹が世話になったのね。ありがとう」

「勝手について来ただけよ。それよりも七星剣の居所か、情報を知らない?」

「あら、知らないで来たの?」

「何を……?」

「ここは、アレグリアの居城よ」

「――!」


 アレグリア。

 リン・アレグリアか!


 七星剣の中でも最もわたしが嫌いな女だ。

 使用人のわたしだけでなく、自分以外の全ての人間を見下していて、その態度を隠そうともしない。

 七星剣の権力をかさに着て、横暴を貫き、気に入らないものは叩き潰す。


 人呼んで『金楽啖華』リン・アレグリア。

 金の為ならばどのような残酷なこともやる金の亡者だ。

 確かに金好きなあの女ならばこの賭博宙域にいないはずがないか。

 ここであらゆる人物から金を巻き上げているのだろう。


「どこにいる」

「穏やかじゃないわね」

「どこにいると聞いている! 答えろ!」

「ちょ、リーリヤ!?」

「いいわよ、ついてきて」


 わたしの剣幕を受けてもなお、フォスの姉エリダは泰然自若のまま先を歩いていく。

 わたしもそれに続く。


「あ、待ってよ!」


 フォスが一歩遅れてついて来る。


 会話はない。

 再会に水を差して悪いとは思うが、それよりもわたしには大事なことがある。


「ここよ」


 彼女について歩いて案内されたのは何の変哲もないビルだ。

 もっとヒルードーのような悪趣味な屋敷などを想像していたのだが、趣味が変わったのだろうか。

 それとも中が酷いあり様か?


 いいや、どうでもいい。

 わたしに金楽啖華の技は通じないのだ。

 ならば躊躇う必要はない。


 ないはずだが……。


「…………」

「どうしたの?」

「いや……」


 何か違和感を感じる。

 おかしい。

 何かが掛け間違えているような、そんな気持ち悪さがある。


 いいや、ここまで来たのはなんのためだ。

 腰の刀を握る。

 考えるのは後で良い。

 全て終わった後だ。


 エリダが入ったのに続いて、わたしも中へ入る。

 その瞬間、鉄棍が閃いた。


 閃光のような鋭さでこちらの頭蓋を割ろうと猛る威圧に、わたしは咄嗟に鞘に納めたままの刀で打ち払う。

 その払いを利用した回転により薙ぎが来る。

 今度もまた頭を狙ったもの。

 必殺を狙うものだ。


 今度は首をそらして躱す、同時に通り過ぎる鉄棍の先を蹴っ飛ばして、襲撃者から距離を開ける。

 そこでようやくわたしは襲撃者の姿を見ることができた。


「姉さん、なにしてるの……!?」

「どういうつもりですか」


 そこには面倒くさそうに鉄棍を手にして立つエリダの姿があった。

 サイボーグ戦闘用のボディにぴったりとついた服装は武芸者のものだ。

 特殊なのか首元から脊柱には何かをはめ込むソケットがある。


 彼女が武芸者であるとフォスからは聞いていない。

 フォスも知らなかったようだ。


「どうもこうも見た通りと思うのだけれど」

「『金楽啖華』の手先になった、そういうことで良いですか」

「あら、てっきり知っていると思ったのだけれど、そうね。生身で深いアイテールネットワークにアクセスできていないのだから知らないのね。良いわ、名乗ってあげる」


 鉄棍を床に突き刺して、どこからか取り出した鉄扇を広げる。


「七星剣二代目アレグリア『絢爛夜叉』エリダ・アレグリアよ」


 堂に入った名乗りは、まぎれもなく彼女自身のものだ。

 誰かにやらされたわけでもない。

 洗脳を受けたというわけでもない。

 ただ彼女の意思で、己の矜持をもって名乗った名だ。

 嘘ではない。


「なるほど、その物言い、本当なのでしょう。七星剣は負けた相手にその名と地位を譲るというルールがありました。アレグリアは負けたということですか」

「ええ、そしてその全てを私が受け継いだの」


 ならば重要なことはただひとつの真実のみだ。


「……リン・アレグリアはどうしました」

「殺したに決まっているでしょう? 弱すぎよ、金と男しか持ってないし、アレで最強の武芸者だなんて笑わせられたわ」


 そう言って彼女は空中に悲惨な死に方をしているリン・アレグリアの姿を投影する。

 それを見たわたしは構えを解いた。


「ならば戦う必要はありません。わたしの狙いはかつての七星剣リン・アレグリアでした。それが死んでいるのならばあなたと戦う理由はなにひとつありません」

「私があなたのことを他の七星剣に報告するって言ったら?」

「その前に殺す」


 虚空発勁ですべての通信を潰し、連続する虚空刃で確実に屠る。

 寿命を縮めるかもしれないが、情報という優位性はまだ保っていたい。

 エリダ・アレグリアは降参とばかりに諸手を挙げる。


「しないわ。私が殺されないのなら他の奴らなんてどうでもいいし。今は、この宙域のクズどもから搾り取る方が楽しいしね」


 そんな彼女をフォスは信じられないと言わんばかりに見つめている。


「姉さん、どうして? 七星剣なんかになってるの? 帰らないの……?」

「帰らないわ。今の方が幸せだし」


 さらにエリダが続けようとした時、ビルの壁が爆破される。

 現れたのは黒衣に身を包んだサイボーグたちだ。


「絢爛夜叉ァ!」


 怒気は恨みの証。

 どうやらフォスの姉は大層恨まれているようだった。


「はぁ……一応、なぜこのようなことをしたのか理由を聞いておくわ」

「イカサマで俺たちから金を巻き上げただろうが!」

「同意したのはおまえたちでしょう?」

「うるさい! 貴様を殺して、金を取り戻す!」

「まったく、同意したというのに」


 エリダは面倒だと言わんばかりに溜息を吐いて、鉄扇を一振りする。


 それはただ風を起こすだけの動作だが、この場、この惑星に施されたアイテールシステムがその動作をキーに起動する。


「な!?」


 黒衣の男たちは何もできないまま、その場からかき消えた。


「姉さん、あの人たちになにをしたの……?」

「労働惑星にワープさせただけよ。困るのよね、自分が負けたからって逆恨みして私を殺そうとするのよ。借金は自分で返さないとだめでしょう? だから、労働惑星に送って稼がせているのよ」

「やっぱり姉さん、おかしいよ。昔の姉さんは、みんなに優しくて……」

「昔の話はするな!」


 高いヒールが音を鳴らす。

 サイボーグの力で踏みつけられたヒールはそれでも折れはしなかったが耐えきれなかった地面が陥没する。


「姉さん……」


 どうしたらいいのかとフォスがわたしを見る。


「好きにしなさい」


 姉を見つけるという目的は達成した。

 わたしは無駄骨だったが、彼女の目的は達成されている。

 ならばこれ以上、わたしに付き合うこともなし。


 わたしはただ背を向けて立ち去るだけでいい。


「ただ、やりたいことがあれば一つくらいは聞いてあげます」

「リーリヤ……」


 毒を受けたわたしの為に骨を折ってくれたのだ。

 今までのこちらへの恩には少しばかり貰い過ぎというもの。

 であれば、ひとつくらい何かしてやるにやぶさかではない。


 果たして何ができるというものかだ。

 このまま彼女を別の惑星に、普通に暮らせる惑星に連れて行くでもいい。

 レーヴに帰るでも良い。


「…………」


 けれど、フォスは何を言えば良いのかもわからず姉の顔を見やるばかりだ。

 わたしは嘆息して、そのままビルを出ようとする。


 その瞬間、背後で気配がひとつ。

 殺意。

 わたしにではない。

 向いてる先は、フォス。


 咄嗟に抜刀。

 発勁を駆使した踏み込みで刹那のうちにフォスの正面へと回りこみ振るわれた鉄扇を弾く。

 先の一撃、確実に殺るものだった。


「あら、意外に優しいのね虚空刃」

「何をしているのです。あなたはフォスの姉でしょう!」


 姉が妹の命を奪うというのか。

 七星剣となり、そこまで落ちたか!


「なぜ? 決まっているでしょう? 私がその子を守るためにどれだけのことをしてきたと思っているの? 望まぬことをたくさんやって来た。たくさんやってきた。ようやく肩の荷が下りたっていうのに、また背負うなんて我慢できないわ!」


 再び放たれる扇撃を迎撃する。

 サイボーグ武術家らしい正確無比かつ重機じみた膂力、最新鋭サイボーグの性能をいかんなき発揮する連撃を捌く。


「フォス!」


 フォスは姉に殺されかけて呆然としている。

 自力で逃げるのは無理か。

 仕方ない。


「抱えますよ」


 蹴撃で扇の持ち手をかち上げて、その隙に身をひるがえしてフォスを腰に抱えて軽身功を利用して壁を蹴り上げてビルの直上へ移動する。


「逃がさない」


 どうやら追いかけっこの時間のようだ。



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