第14話 毒彊左道④

 天を見上げてもなお足りないほどのドラゴンがあたしたちの前に首を降ろしてくる。

 あまりにも巨大すぎて、首が痛くなりそうなので、それは助かった。


『よく来た、涙を求める者よ。久方ぶりの訪問者だからな、難易度ゆるめたが、ちゃんとこれたようで何よりだ』

「あの、涙をくれませんか! リーリヤが、あの毒を受けた人がいて」

『あ、待ってくれ、今台本を持ってくる』


 だいほん……?

 というか、ドラゴンって話が通じるの?


「そんなのは良い。涙を寄越せ」

『むぅ、せっかちな人間だな。ここまで来た人間は久方ぶりなのだ。会話をしてみようとか、涙のために戦いを仕掛けようとか思わんのか』

「思わない」

「ええと、今はそんなことをしている暇はないというか……」


 でも、いきなり襲ってきたりとかされたら、あたしたちではどうにもならない。

 できれば本当に穏便に涙を手に入れたい。


『毒を受けた者がいて、そやつは今、ピンチなのだろう? 見ておるし、聞こえておるわ』

「えっ!?」


 ドラゴンフォールがカサミエントからどれくらい離れているかわからないけれど、運び屋さんがファストトラベルを使うくらいなんだからかなり離れているはず。

 それなのにそこの様子が見えるの? というか、リーリヤ大人しくしてないの!?


「リーリヤは何してるんですか!」

『え、今は色々なやつに囲まれて戦っておるぞ?』

「急がなきゃ!」


 ただでさえ毒を喰らってるのに、敵と戦っているだなんてもうぜんぜん猶予がない。


「ドラゴンさん、会話とかは後でやってあげますから、涙ください!」

『ふむ、そう言われるとすぐに渡したくなくなるのがドラゴンというもの。さあ、欲しければ我と戦うが良い』

「そんなの無理ですよ!」


 ドラゴンと戦うだなんて、無理に決まっている。

 鱗表面に見えるアイテールだけで、あのオリクトの身体を覆っていたものよりもはるかに分厚い。

 これが通常で、戦闘になればさらに厚くなるのは目に見えている。

 そんなものをどうやって倒せというのか。


『なに、我もそのまま戦えと無体なことは言わん。勝負法はそちらで決めた良い。暇つぶしがしたいだけなのだ』

「むむむ……」


 それなら大丈夫……?

 でもあまり大丈夫じゃないし、そもそもこのドラゴンの話を信じていいのだろうか。

 相手の方が圧倒的に強いのだから、テーブルを物理的にひっくり返されたらどうにもならないんだけど。


「後で文句とか言いません?」

『言わぬ言わぬ。これでも我、ここらの主のドラゴンぞ。我偉いんだぞ?』

「わかりました。やりましょう。運び屋さんもそれでいいですか?」

「元よりそのつもりだ。問題ない。仕事は完遂する」

『さあ、勝負だ』

「はい。そのまえにじゃんけんって知ってます?」

『人間の遊びか? 我は色々見てはいるが、詳細はわからんからな』

「大丈夫です。手を出すだけです」

『ほう』

「じゃんけんぽん」


 さて、手を出してくれたのであたしはグーを出す。


「あたしの勝ちです」


 ドラゴンの手の形は指がかけていて、三本指。

 良い感じにチョキに見える。


『む? 我の負けか? 本当に? いや、本当に?』

「運び屋さん、あたしの勝ちですよね?」

「ああ、おまえの勝ちだ。ルールその五、嘘はつかない」

『釈然とせん』

「でも勝ちは勝ちです」


 ルール説明とかしない不意打ちだけど、リーリヤも言っていた。

 勝負は何事も不意打ちで決してしまうのが一番いいって。


 姉さんも言っていた。

 ルールを知らない方が悪い。

 説明する義務はないし、説明してくれと求められたらしたらいい。


 説明を求められなかったので、あたしの勝ち。


 卑怯な気がして、気が進まないけれど時間をかけていられない。

 リーリヤがピンチなんだから。

 いや、でもあとでバレたら謝ろう。本当に。これかなり卑怯だし。


『仕方ない。そら、持っていけ』

「ありがとうございます!」


 これであたしたちはきらきらと輝くドラゴンの涙を手に入れた。

 案外小さい、丸薬みたいな感じだ。

 これを飲ませればリーリヤは助かるんだよね。


「よし、急いで帰ろう」

『ああ、帰れると良いな』

「え?」

「急げ!」


 運び屋さんの焦燥の声。

 それと同時に、あたしたちの周囲全てにいたドラゴンが一斉にあたしたちに襲い掛かって来た。


「なにこれ!?」

『そら、ドラゴンの涙はドラゴンのものじゃ。我はどうでも良いが、ドラゴンというものは独占欲が強い。己のものを奪われたとなっては何があろうとも取り戻そうとするのは当然のことだろう?』


 ドラゴンがにやりと笑った。


『なあに、チビドラゴンの百や二百。躱して船まで行けばよいのだ。簡単であろう?』


 無茶をいうな。

 そんなあたしの思いなんて届かずに、あたしたちはただ必死に足を動かすほかなかった。


 ●


「はあ……はあ……」


 どれほどを退け、どれほどを斬り捨てたのか。

 いや、どれほどでもないか。

 斬れるものはそう多くなく、斬鉄の技を持ってしてもサイボーグの肉体には傷一つつかない。

 浸透勁すらもアイテールは弾く。

 超常の虚空の技をもってしなければ、わたしはただのサイボーグすら倒せないのだ。


 そんなわたしが毒に犯されながらも今なを生き延びられているのは、運が良いのか。

 あるいは毒彊左道の計らいか。


「さて、そろそろ辛そうだなァ」


 サイボーグ傭兵の男のひとりがそう言う。

 七星剣に使う用を残して、虚空発勁は既に使い切り。

 妙月を呼んだところで、わたしがこの状態ではでくの坊でしかない。


 せめて、毒彊左道でも出て来てくれれば……そう思っていたのだが。


「ヒヒッ」


 まるでわたしの心を読んだかのように現れるのだ、あの男は。


「虚空の技は出しつくしたかね? もっと他にはないのかねヒヒッ」


 今まで戦っていたサイボーグたちから毒彊左道ドクター・イグロの声がし始めた。

 なるほど、わたしが今まで生きているのは、彼がサイボーグたちをハッキングして自分の手駒に既に変えていたからか。

 毒彊左道の毒は何も、物理的な毒だけではないということらしい。


 自爆に虚空へ突っ込んできたのは、やはりこいつの仕業だったようだ。


「この惑星に来た時点で、全てのサイボーグのコントロールはわしにあったのだよ、ヒヒッ」

「なら、なぜさっさと殺さない……」

「殺しては虚空が観測できんではないか」

「ただのアイテール殺しの技に、毒彊左道が何の興味を引かれる」

「もちろんアイテール殺しだからだよ。アイテールは謎が多い。ラヴェンデル家が秘匿していた書庫も見たが、全容はわからない。だから、わかりたい。そう思うだろう?」

「だから、ラヴェンデル家を襲ったのか」

「そうだよ、ヒヒッ」

「そうか……」


 わたしの心を怒りが支配する。

 殺す。

 例え何があろうとも。


「ぐはっ……」

「ヒヒッ無理をするなよ、怒りで気功とやらが乱れれば、毒で死ぬぞ。虚空掌以来の検体なんだ。身体は大事に保存しないとねェ」

「下種め」

「おやおや、良いのかね。わしの機嫌を損ねても。アイテールは魔法の如き力だ。その秘奥が解き明かされた時、人は死すらも超越するかもしれない」

「世迷い事を……」

「ヒヒッ、何が起きたとしても不思議はないだろう。現に、世には不思議が満ちているではないか。貴様の虚空もその一つだ。どうして生身の身体でアイテールを滅ぼす、物質運動を再現できるのか。不思議に思ったことはないのかね?」

「…………」


 虚空とは何か。

 それは師匠ですらもわからない。

 ただアイテールを消滅させる気であることだけわかっている。

 それ以外には本当にわからない。


 気になるかと聞かれたら気になると答えるが――。


「思わない。貴様を殺せるなら、それで良い」


 そんなことは全てが終わった後だ。


「そうか。しかし、本当にわしを殺すのかね?」

「命乞いか?」

「ああ、何事も命は惜しいだろう? ヒヒッ」

「よくもぬけぬけと」

「考えてもみたまえよ。アイテール技術が規制なく世に広まったおかげで世ははるかに良くなっただろう? 貴族にだけ許されていた魔法は一般化し、サイボーグはありふれたものとなった。このまま行けば何が起きると思う?」

「知りたくもない」


 お嬢様たちの平穏を破壊した上の発展など、どうして肯定できる。


「聞くといい、わしなら貴様の大切なお嬢様とやらを生き返らせることもできるかもしれないぞ」

「は……?」

「アイテールは未知の力。なにができるかなど一体だれがわかるというのか。限界はどこにある? 歴史上、誰もわからない。だったら魂を蘇らせることができないと誰がわかる」


 喜色満面になって、ドクター・イグロが操るサイボーグたちはいっせいに破顔する。


「アイテールは深淵無辺。誰もわからない。わからないからこそ、できないと誰も否定できない。遠い昔、人はこのように宇宙に版図を広げることができるだなんて、誰も思わなかったのだから」


 大仰に手を広げたドクター・イグロは言った。


「そら、わしを生かした方が得に思えないかね、ヒヒッ」

「…………もう喋るな。貴様は、わたしのお嬢様の死すら冒涜した。生きて帰れると思うな」


 ああ、こいつはもう生かしてはいけないのだと思った。

 何がお嬢様を生き返らせるだ。

 それなら殺したことを赦そうって?

 この怒りをどうして許せるというのだ。


 お嬢様が仮に生き返るのだとしても、お嬢様を殺した奴がこの世に存在していて平穏をむさぼり、好き勝手していることにどうして耐えられるというのか。

 耐えられるわけがないだろう、ゴミクズが!


 妙月が妖しく虚空に輝く。


「虚空刃――抜刀」


 限界を超えた怒りに、わたしは冷静になっていた。

 虚空刃を抜刀。

 このフロートごとサイボーグどもを全て斬り捨てる。


 どこかの内臓が弾けた。

 それがどうした。

 さらに虚空気を練る。

 三度の制約など知るか。


 ここで必ず、毒彊左道を亡き者にする。

 命などもとからない。

 わたしはただの復讐鬼。

 あの日に既に、死んでいる。


 死んでいるものが、さらに死んで何の意味もない。

 毒を押さえるのもやめた。

 全身の痛みは知らん。知るか。もて、復讐のためだ、わたしの肉体なら復讐に手を貸せ。


「虚空刃――」


 言葉すら惜しい、ただ刃を振れ。

 妖しく輝く妙月の斬撃の鳴りは、まるでこの殺戮を喜んでいるようであった。

 何かを斬るたびに鋭さを増すかのようですらあった。


「はは、ははっはあ! これが虚空か、良いぞ、データが集まっていく、もっとだもっと斬れ虚空刃! 貴様のすべてを丸裸にさらけ出すがいい、ヒヒッ!」


 ただ、そんな火事場の馬鹿力のようなものがいつまでも続くものでもない。

 毒がすぐに身体に回り切って、膝をつく。

 

 なんだ、なぜ立てない。

 もっと虚空を練れ。

 毒なんて復讐のまえには、無意味だろう。


 立て。

 立って斬れ。

 斬れ、き――。


「なんだ、終わりか。ツマラン。ならば死ね。データは十分集まったしの、ヒヒッ」


 サイボーグどもが群がってくる。

 早く動け。


 どんなにめいじても、わたしの身体は動かない。

 毒が全身を巡って、わたしの内臓を破壊していく。

 目の前が真っ暗になる。


 もうダメなのかと、絶望しかけた時。


「リーリヤ!」


 声がした。


 フォスの。

 逃がしたはずの彼女の。


 そして、泥にまみれた、口づけが落とされる。


「!?!?!??!?!?????」


 わたしの混乱をよそに、何かが喉に放り込まれる。

 その瞬間、劇的にわたしの身体は回復した。


「やった、間に合ったぁ……」

「フォス……?」


 ぱたりと、体力切れで倒れたフォス。

 どうして彼女がここにいるのかというより、ドラゴンの涙と言った?


「運び屋、これは……」

「仕事の範疇だ」

「わたしが頼んだ仕事は」

「仕事の範疇だ。そんなことより、さっさと終わらせろ」


 色々と言いたいことはあるが、そうだ。

 まずはドクター・イグロを殺してからだ。


「ああ、身体が軽いですね」


 生まれて初めて感じる充足感。

 呼吸をして、全てを整える。

 問題ない。


「虚空刃――抜刀」


 虚空を抜刀し、わたしは飛翔する。


「はははは!」


 今までのが嘘のようにわたしの身体が動く。

 虚空気を連続で練っても身体は痛まない。

 ドラゴンの涙の効果か。

 素晴らしい。


 ああ、なんて素晴らしいんだろう。

 フォス。

 ああ、フォス。

 とても良い子だ。

 あとでハグをしてあげよう。


「ドクター・イグロ!」

「ふざけるなよ、貴様ァ!」


 コロッセオに突撃すれば、案の定そこにドクター・イグロはいた。

 そこでずっと見ていたのだろう。

 データを収集するには、一番いい場所だ。


 わたしが放った斬撃を弓で受け止めるが、そんなもの虚空刃には意味をなさない。

 斬り裂き、ドクター・イグロを蹴っ飛ばす。


「わしの毒を解毒するだと? ドラゴンの涙だと? ふざけるなよ。卑怯卑劣とののしられようとも、毒にて才能の優劣を覆した我が矜持、踏みにじらせはせん!」

「煩い」


 もはや遅いんだよ、クズが。


「そんな矜持があるというのなら、余計なことをせずにさっさと殺しておくべきだった。探求に囚われた己の星を恨め」


 さっさと殺しておけば、何の問題もなかっただろうに。

 虚空を知りたいなど、お嬢様を生き返らせるなどぺらぺらと喋るからだ。


「探求こそ我が人生だ。我が支柱を失ってまで、何故生きていけるというのか!」

「なら死ねよ」


 ドクター・イグロが至高の弓術で襲い来るが、その全てを虚空発勁で消し去る。

 物理的な矢は全て斬り落とす。

 身に纏った虚空により、アイテールの矢は当たらない。


 虚空刃――抜刀。


 その一閃で、ドクター・イグロの首を落とす。


「ああ、これが虚空。これが、これが――」


 最後まで台詞を吐いて、ドクター・イグロは死んだ。


「……はぁ」


 フォスの所へ戻ると、運び屋が待っていた。


「終わったのか」

「はい、終わりました」

「そうか。行くぞ」

「料金は支払っていませんが?」

「礼はもらってある」

「子供に優しいですよね」

「貴様と同じだ」

「心外です」

「心外だ」


 フォスを抱えて運び屋の高速艇へと乗り込む。

 見れば、ボロボロだ。

 ドラゴンの涙と言っていたから、よっぽど大変な目にあってきたのだと思う。


「逃げればいいものを」


 この恩は返さなければならないだろう。


「やれやれですね……大変そうですね」


 貸しができたと知ったら、いったいどんなことをさせられるのか。

 フォスはそのあたり、しっかりとイイ教育を受けているようで容赦がない。

 寝言は可愛げなのだが。


「んん、あたしが主なんだから、もっと言うこと聞いてよぉ……むにゃ」

「主ではありません」


 まったくどんな夢を見ているのやらだ。


「これで、三人目……残り三人」


 まずは、あなたの姉に会いに行きましょうか。


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