第30話 奈美さんの誕生日①

前回から三人称視点になってます。

今後も三人称視点になると思います。

では、本編をどうぞ!


☆☆☆

 九月十七日。

 この日は奈美の誕生日だった。

 花火大会の一件以来、誠司と奈美は一緒に暮らすようになっていた。

 そんな奈美は今日は朝から仕事のようで家にはいなかった。


「さて、準備を始めるか。たしか、奈美さんが帰ってくるのは夕方頃だったよな」


 奈美と一緒に暮らすようになってようやく誠司は奈美が何の仕事をしているのかを知った。

 奈美さんの仕事。それは女優だった。

 普段テレビを見ない誠司はそのことにずっと気が付かなかった。

 それを初めて知ったのは奈美さんと一緒にテレビを見ていた時だった。そのテレビ番組がドラマで、それに奈美さんが主演として出演していた。


「何からするか」


 誠司はまず部屋の装飾から始めることにした。

 壁にハッピーバースデーの風船を設置して、テーブルの上に真っ赤なバラを挿した花瓶を置いた。

 母親以外の女性の誕生日を祝うなんて初めてのことだったので、どこまでやればいいのか手探りだった。


 部屋の装飾はその辺で切り上げて誠司はキッチンへと向かう。よかった

 材料は昨日のうちに買っておいた。

 お菓子作りが趣味の奈美が見たら何を作るのか一瞬で気が付くだろう。

 特に隠しておいたわけではないのでもしかしたら気づかれているかもしれない。それならそれでも別によかった。

 大事なのは誠司が手作りでそれを作ったというところにあるのだから。


「失敗しないようにちゃんとレシピ通りに作ろう」


 奈美がよく言っている。

 お菓子作りの基本は分量をしっかりと測ることだと。 

 誠司は計量カップと測りを使ってきちんと分量を測りながらそれを作っていく。

 もちろん作っているのは奈美のための誕生日ケーキだ。

 買ってもよかったのだが、せっかくなので作ることにした。

 初めての誕生日を祝うわけだし、記憶に残るものにしたかった。


「美味しくできるといいんだけど」


 誠司は型にスポンジケーキのもとを流し入れていく。

 それをオーブンで焼く。

 スポンジケーキが出来上がるまでに誠司は数種類の高級フルーツを切っていった。

 そうこうしているうちにスポンジケーキが焼きあがった。粗熱をとって、フルーツと一緒に冷蔵庫に入れた。

 後は冷えたスポンジケーキにデコレーションをして完成。


「ふぅ、なんとかなりそうだな」


 ケーキがひと段落したところで誠司は少し休憩をすることにした。

 スマホを見ると響子からメッセージが来ていた。


『今日は二人で楽しみなさい。あんまり張り切らないようにね? 私の誕生日も祝ってくれるの楽しみにしてるからね♡』


 そのメッセージに誠司は『もちろんです』と返信をした。

 響子の誕生日は十二月七日。三カ月後だ。

 誠司のスマホのカレンダーの予定にしっかりと記入されていた。 

 それから奈美が主演をしていたドラマの録画を一本見た誠司は夕飯の準備にとりかかった。

 料理は暇な方が作ることになっていて、就職先も決まっていて時間を持て余していた誠司が作ることが多かった。


 なので奈美の好きな料理や好みは把握済みだった。

 そんな誠司が今日作るのはオムライスとクリームシチューだった。

 母親と一緒によく料理をしていた誠司は手際よくオムライスとクリームシチューを作った。

 クリームシチューを作り終えたところで玄関の鍵が開く音が聞こえた。


「ただいま~。誠司君、癒して~」


 甘えるような猫撫で声を上げた奈美のもとに誠司は向かった。


「おかえりなさい奈美さん」


 誠司は笑顔で奈美のことを出迎える。 

 奈美は手を広げて待っていた。

 奈美は仕事で疲れた時にこうして甘えてくる。抱きしめてほしいという合図だ。

 そんな奈美の期待に応えるべく誠司は奈美のことを抱きしめる。


「今日も一日お疲れ様です」

「うん。頑張った。誕生日なのに私頑張ったよ。褒めて」


 誠司の胸の中にすっぽりとおさまっている奈美は上目遣いにそう言った。

 誠司は「よく頑張りましたね」と言いながら奈美の頭を撫でる。


「えへへ、ありがとう♪」

「どうしますか? ご飯にしますか? お風呂にしますか?」

「誠司君がいい♪」

「その選択肢は出してませんけど?」

「え~ダメ?」

「それは、後でじゃダメですか?」


 奈美の耳元でそう囁く。


「いいに決まってるじゃない♪ でも、もう少しだけこうしてていい? そうしたらお風呂に入るから」

「もちろんいいですよ」


 二人は軽くキスを交わし合うとしばらく抱きしめ合っていた。


☆☆☆


「お待たせ~」


 お風呂から上がってきてリビングにやってきた部屋着姿の奈美は壁に設置されていたハッピーバースデーの風船を見て「うわぁ~」と声を上げた。


「この薔薇も綺麗~ありがとうね。誠司君♪」

「こんなのでよかったんですかね? 僕、母さん以外の女性の誕生日を祝うのって初めてで……」

「大事なのは気持ちよ♪ 誠司君が私のことを思ってしてくれたことなら何だって嬉しいわ♪」

「ならよかったです」


 奈美がそう言ってくれたので誠司はホッと胸をなでおろした。


「じゃあ、ご飯にしましょうか」

「あ~私の大好きなオムライスとクリームシチューだ~♪」


 子供のようにルビー色の瞳をキラキラと輝かせた奈美は椅子に座った。その向かいに誠司も座ると二人でいただきますをしてご飯を食べ始めた。


「うん。やっぱり誠司君の作る料理が世界一美味しいわ♪」

「ありがとうございます」


 褒められた誠司は照れくさそうに微笑んでオムライスを口に運んだ。


「仕事で疲れてたけど、誠司君の顔を見るとすべて吹き飛ぶわね♪」

「今日はどんな仕事だったんですか?」

「今日もドラマの撮影~」


 撮影現場でどんなことがあったのかという話をしながら二人はご飯を食べ進めていった。

 幸せそうな顔で食べている奈美の顔を見て誠司の心は温かくなる。最近気が付いたことなのだが、自分が作った料理を奈美が美味しそうに食べてくれるのを見ると誠司は幸せを感じるらしい。今も、奈美の幸せそうな顔を見て幸せだと思っていた。


「本当に奈美さんは幸せそうにご飯を食べてくれますよね」

「だって、幸せなんだもん♪ 誠司君だって私が作った料理を幸せそうな顔で食べてるの知ってる?」

「そりゃあ、幸せですからね」

「ありがとう♪ はぁ~最後の一口を食べるのがもったいないな~」

「また何度だって作ってあげますから食べてください」


 最後の一口のオムライスの乗ったスプーンを見つめている奈美に誠司は苦笑いを浮かべた。


「それに、まだケーキもあるんですから」

「え、もしかして誠司君の手作り?」

「はい。その美味しいかどうかは分からないですけど、手作りです」

「誠司君の手作りって時点で美味しいのは確定だから大丈夫よ!」

「いや、美味しくなかったら素直に美味しくないって言ってください」


 誠司がそう言うと奈美は首を横に振った。


「美味しくなくても美味しいっていて食べるわ。だって誠司君が作ってくれたんだもん」

「そう言うってことは、まさか今までに美味しくない料理がありましたか?

「どうかな~?」


 奈美はいたずらっ子のように笑って肝心なところは教えてくれなかった。


「ほんとに美味しくなかったら言ってください。奈美さんに変な物は食べさせられないので」

「誠司君だって、私が美味しくない料理を作って出したとしても美味しいって言ってくれるでしょ?」

「もちろんです」 


 例え食べられないほどマズい料理を奈美が作ったとしても美味しいといて残さずに完食するだろう。まぁ、奈美は料理上手なのでそんなことは絶対にありえないのだが。


「奈美さんが作ってくれたものを粗末にはできませんからね」

「私だって一緒よ。誠司君が私のために作ってくれたものをマズいから食べななんてことはないわ。誠司君の作ってくれた料理を粗末にはしたくないもの」


 そう言われては誠司は何も言えなくなった。


「というわけで、誠司君の作ってくれたケーキをもらいましょうかね♪」


 最後の一口を食べた奈美さんは美味しそうに微笑むとそう言った。

 


☆☆☆


「おかえり」のシーンを書きたかった(笑)

また今度逆のバージョンも響子さんバージョンも書こう~っと!






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