第21話 え~じゃあ、私も遠慮せずにもっと誠司君のことを好きになろ~♪

 八月中旬。

 天気は快晴。

 海で泳ぐには少し暑すぎるくらいの天気だった。


「いい天気ですね」

「ほんとね~。これだけ日差しが強いと日焼けしそうね~」

「ちゃんと誠司に日焼けクリームを塗ってもらわないとね」


 今は奈美さんが運転する車の中で、僕が助手席、響子さんが後部座席に座っていた。


「どうせ嫌だって言ってもやらせるんでしょうから、やりますよ」


 僕がそう言うと奈美さんはバックミラーを見て響子さんと目を合わせた。


「ね、言ったでしょ。最近の誠司君はなんだか素直なのよ」

「みたいね」


 バックミラー越しに目を合わせて頷きあっている二人。


「まるで別人になったみたいだわ」

「そんなにですか?」

「飼い主に警戒している猫とすっかりと飼い主に懐いた猫くらい違うわね」

「なんですかその例え。つまり今の僕は二人に懐いた猫ってことですか?」

「違うの?」

「違わないですけど、どっちかって言うと懐いたっていうよりは慣れたって感じだと思います」

「ふ~ん。じゃあ、こういうのにも慣れたってこと?」


 そう言った響子さんは僕の耳たぶをパクっと甘噛みした。

 少し前の僕ならここで思いっきり動揺していただろう。もちろん、まったく動揺しないわけではないし、心臓はドキドキ鳴っているが、前みたいに「何するんですか!?」と叫んだりはしない。


「今が赤信号だからいいものの。動いてるときは危ないのでやめてください」


 僕は努めて冷静に言った。


「なんだかつまんないわね。私は戸惑っている誠司を見るのが好きなのに」

「他の僕も好きになってください」

「言うようになったわね~。そんなこと言うなら、もっと誠司のことを好きになっちゃうけどいいの?」

「ど、どうぞ?」


 僕が頷くと奈美さんがこちらをチラッと見た。


「え~じゃあ、私も遠慮せずにもっと誠司君のことを好きになろ~♪」 

「遠慮せずにって、今まで遠慮してたんですか?」

「当たり前じゃない。あんまり攻めすぎて誠司君に嫌われたくなかったもん」

「そ、そうなんですね」 


 十分に攻められた気がするのだが、あれ以上に攻められるって、僕はどうなってしまうのだろうか。

 でも、受け入れるって決めたもんな。


「遠慮しなくてもいいですけど、お手柔らかにお願いしますね」

「やった~♪」

「言質は取ったからね。やっぱりなしっていうのはなしだからね?」

「お手柔らかにお願いしますって言いましたからね! ちゃんと加減はしてくださいね」

「え、何か言った?」


 響子さんは聞こえないふりをした。


「自分に都合のいいことしか聞こえないんですか。その耳は」

「え、何か言った?」

「もういいです。響子さんがそのつもりなら僕にだって考えがありますから」

「ふ~ん。私をドキドキさせてくれるってこと?」

「悶絶させてやります」

「そう。楽しみにしてるわ。私をドキドキさせるのは大変よ?」


 バックミラーを見て響子さんの様子を見た。

 響子さんは足を組んで余裕そうな笑みを浮かべていた。

 そんな響子さんの服装は夏らしく涼しげな水色のシースルーワンピースだった。対する奈美さんはピンク色のシースルーワンピースを着ていた。どうやら二人で示し合わせてきたらしい。二人は同じデザインの色違いのシースルーワンピースを着ていた。


「ねぇ、誠司君。私のこともドキドキさせてね?」

「が、頑張ります」

「うん♪ 楽しみにしてるね♪」


 その後、何度か響子さんをからかおうとしてみたが、後部座席に乗っているということもあり、なかなか上手くいかなかった。それどころか、逆にからかわれてしまう始末で、別荘に着くまでは響子さんのことをからかうのはやめようと思った。

 それから、二時間ほどで僕たちは別荘に到着した。



 響子さんが持っている別荘に到着した。


「着いた~」

「奈美さん運転ありがとうございました」

「いいえ。どういたしまして」


 車から降りてトランクから荷物を取り出していると「姉御。お待ちしてました」と黒スーツのイケメンが話しかけてきた。


「荷物運びますね」

「よろしく」


 別荘に向かう響子さんと入れ違いで、その黒スーツのイケメンがこっちにやってきた。


「もしかしてあんたが姉御の……」


 黒スーツのイケメンに僕は靴の先から頭のてっぺんまで舐めまわすように見られた。


「な、何ですか? というか、あなたは誰ですか?」 


 響子さんと会話を交わしていたから響子さんの関係者なんだろうけど……。


「あれ? 何も聞いてないっすか? 俺は己龍清太郎っていいます。姉御、じゃねぇや。響子さんのボディーガードみたいなもんっす」

「ボディーガード……」


 そういえば、信頼できる人が数人来るって言ってたっけ。

 じゃあ、この己龍さんって人がその信頼できる人の一人ってことか。

 それにしても……僕も己龍さんのことを下から上まで観察するように見た。


 この真夏日に真っ黒なスーツを着ていて、手にも黒色の手袋を付けている。顔はイケメンでところどころに傷がある。身長は僕より少し高い。がっちり系というよりは細マッチョといったところか。

 響子さんの大きなキャリーケースを軽々と持ち上げていた。


「えっと、名前聞いてもいいすっか?」

「あ、はい。流川誠司っています。二十二歳です。よろしくお願いします」

「姉御の三つ下で俺の一つ下か。俺と話すときは一つしか歳違わねぇから敬語はなしでいいぞ」


 急にため口になった己龍さん。


「いや、さすがにそれは……」


 初対面でそれは厳しい。ただでさえ己龍さんの纏っている独特な雰囲気に気圧されそうになっているというのに、ため口を聞くなんて無理だ。


「そうか。慣れるまでは好きにしてくれや。まぁ、気楽に話しかけてきてくれていいからな。三日間よろしくな誠司。楽しく過ごそうぜ!」

「は、はい」


 まるでお兄ちゃんができたいみたいだった。

 己龍さんは笑顔で手を振ると響子さんと奈美さんのキャリーバックを持って別荘の中に入っていった。


「己龍さんと仲良くなれそう?」

「な、奈美さん……」


 僕のことを待っていたのか、まだ外に残っていた奈美さんが話しかけてきた。


「どうでしょう?」

「ふふ、見た目は少し怖いかもしれないけど、面白くていい人だからきっとすぐに仲良くなれるわよ♪」

「だといいんですけど」

「ちなみに己龍さんは格闘技経験者だから、間違っても喧嘩を売ってはダメよ?」

「う、売りませんよ。殴り合いとか嫌いですし」

「それがいいわ。またあの時みたいに顔を腫らした誠司君を見たくはないもの」

「分かってます。もう奈美さんたちに心配はかけませんから」 


 奈美さんに悲しい顔をさせたくはないし、響子さんに危ないことをしてほしくはない。 


「心配ならいくらでもするって言ったでしょ」

「僕は心配させたくないんですよ」

「誠司君……」


 奈美さんが僕の目をまっすぐに見つめてきた。

 その瞳は少しだけうるうるとしている。しばらくの間、時間にすれば数秒、僕たちは見つめ合っていた。やがて奈美さんがボソッと呟いた。


「キスしたいな」

「まだ、しません」


 僕は顔を逸らした。

 それをするときは付き合ってからだ。

 そう決めていた。

 大事にしたいから。雑にしたくないから。


「まだ、ね。それは可能性があるって考えていいてことだよね?」

「そう、ですね」

「ふふ、それは楽しみね♪ さて、私たちも中に入りましょうか」

「そうですね」


 奈美さんに手を引かれ僕たちも別荘の中へと入っていった。


 

☆☆☆

 

 次回は新キャラが登場予定です!

 己龍のことが大好きな女性です!

 





 

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