第9話

 一度俺に集まった赤い点は、すぐさま移動して武闘家種族の皆をポイントした。振り返ると、見事に眉間に狙いがつけられている。完全にこの場は制圧されているのだと、俺は察した。


「おのれ機甲化! 堂々と姿を現せ! あたいが片っ端から切り刻んでやる!」


 さっとサーベルを構えるサン。だが、キィン、という甲高い音と共に自慢のサーベルは弾き飛ばされてしまった。機甲化種族の誰かが撃ったに違いない。


「畜生!」


 サンはすぐさま腰元から脇差状のナイフを抜き、突進を試みる。しかし、足元から土埃が一線を引くように巻き起こった。自動小銃で掃射されたのだ。

 危うく身を引くサン。大きく舌打ちし、しかしナイフを引っ込めようとはしない。


 俺がふと見下ろすと、視線の先に腹部から血を流して倒れている武闘家種族が一人。その眉間と胸部に赤い点が集まるのに俺は気づいた。これは、確実に仕留める気だ。


「やめろ‼」


 俺は慌てて駆け出し、サンの横を通り抜けて大きく腕を振り回した。


「どうしたんだ、トウヤ!」

「俺はこの一日で、さんざん人が死んだり傷ついたりするのを見てきたんだ! いい加減やめてくれ!」


 声が掠れてしまったが、正直俺は泣きそうだった。他人を殺傷するなんて横暴な振る舞い、いい加減終わりにしたっていいだろう。このままでは、この島から人間は絶滅するぞ。


「おい、機甲化種族共! お前らの狙いは俺なんだな? だったら素直に連行されてやる!」

「なっ!」


 サンがそばで言葉を失う気配がした。だが、そちらを見遣る余裕はない。

 俺はサンがいるであろう方向に手を伸ばし、長老の書面を寄越せと叫んだ。


「何を考えてるんだ!」

「長老の書面がないと、高位の魔術師に結界を解いてもらえないんだろ? だったら俺が持っていくしかねえじゃんか!」


 神様にお呼ばれしているのは、他の誰でもない俺なのだ。機甲化の連中もそれを知っている様子だし、下手な扱いは受けないだろう。だったら、俺がなんとか機甲化の連中を説得して、魔術師種族のいる地域まで護衛してもらってもいい。


「おい、聞こえてんのか!」

「はい」


 前方すぐそばにある大木の陰から声がした。若い女性の声だ。

 こちらに姿が見えるように出てきたが、月光の関係でその容姿を判別するのは難しい。精々、同年代の女性だということが分かるだけ。


「総員、武器を置いて」

「し、しかしエミ隊長……!」


 エミ? 今名前が出たエミ・コウムラとかいう女性だろうか。

 隊長と呼ばれているようだが、サンと向かい合っていた男性隊員は武装解除を渋っている。レーザーポインターの赤い点もぽつぽつと消え始めたが、まだ負傷者を狙い続けている点もある。


「なあトウヤ、お前、こいつらと一緒に行くつもりなのか?」

「これ以上お前らに無理はさせられないだろう、サン。俺なら大丈夫だよ。どうにかして別ルートで『神の座』まで行けるかどうか、試してみっから」


 それを聞いたサンは、ふーーーっ、と溜息をついてナイフを地面に突き立てた。


「あたいらの任務はここまでだ。皆、武器を捨てな。次の恐竜が現れる前に、負傷者を担いで帰るよ」

「賢明な判断です、サン・グラウンズ」

「おめえに言われたかねえよ、エミ・コウムラ」


 これでようやく、赤い点は消えていった。


「サン、すまない。世話になった」


 俺は呟くようにそう言った。


「なあに、気にしちゃいねえよ。お前がいなかったら、あたいの暴走が原因で皆が撃ち殺されてたかもしれねえ。謝罪を受ける筋じゃねえって」


 俺は音だけで、武闘家の皆が退散していくのを感じていた。それと同時に、強烈な眠気が襲ってきた。きっと緊張の糸が切れて、心がもたなくなったのだろう。


「お疲れですか、トウヤ殿?」


 件の男性隊員が声をかけてくる。


「エミ隊長、彼は私が負ぶっていきます。皆には周辺索敵を」

「そ、そうですね。これ以上の弾薬の浪費を避けるためにも、迅速にジャングルを抜けましょう。そこから先は輸送車が待機していますから」


 その声を聞きながら、俺は自分の意識が遠のくのを感じた。


         ※


 次に意識が浮上した時、俺は自分が清潔なベッドに寝かされているのを感じた。どうやらこの部屋――六畳ほどの個室だ――の窓から朝日が差してきて、そのために目が覚めたらしい。

 服は取り換えられていて、病院の入院患者が着るような色合いの半袖・長ズボン姿だった。気を失うまで泥まみれだったはずの全身は、清潔な石鹸の匂いを発している。


 俺がふっと一息つくと、コンコン、と控えめなノックの音がした。


「はい?」


 我ながら間抜けな声だ。しかし、ノックの主はそれを揶揄しようとはしなかった。


「失礼します」


 個室に入ってきたのは、やや緩めの戦闘服を身に纏った女性だった。


「改めてご挨拶に参りました。エミ・コウムラです」

「ああ、そうだと思ったよ」


 だが、俺が彼女をエミだと判断できたのはその声からだ。こうして姿を見るのは初めてのことである。

 しかし、不躾ながら俺の視線は彼女のある一点に留まってしまった。


 正直に言う。胸。バスト。おっぱいだ。

 もちろん彼女が露出しているわけではないが、相当な巨乳だということが分かってしまった。着痩せする方だったということか。


「あ、あの、トウヤさん?」

「……」

「え、えーっと……」

「……」

「わ、私の顔に何か付いてます、か?」

「へ? あっ、いやいやいやいや! そういうわけじゃないんだ!」


 かといって、正直に『どこに注目していたか』を答えるほど俺は馬鹿ではない。答えたら最後、所詮男なんてそんなもんだろうと、非難の対象にされるに違いないからな。


「あっ、そうだ。ここは?」

「私たちが統治している機甲化種族制圧地域にある病院です。万全の警戒態勢を取っていますから、トウヤさんは安心していただいて大丈夫ですよ」


 丸眼鏡の向こうから、優しい眼差しを寄越すエミ。僅かにそばかすの散った頬が、どこか内気な少女の儚さを演出しているようだ。

 やはり彼女も武人だからか、サンほどの長髪ではないにせよ、後頭部で髪を結わっている。

 髪の色が真っ黒だったので、俺は彼女が日本人に近いのではないか、などと考えた。


「一つ訊きたいんだけどさ、エミ」

「はい、何でしょう?」

「機甲化種族の皆って、軍人みたいだろ? やっぱり挨拶の時は敬礼した方がいいのか?」

「あっ! そ、そうでした! ごめんなさい!」


 するとエミは踵を合わせ、ピシッと敬礼してみせた。


「本日よりトウヤ・クラノウチさんの身柄を預からせていただきます、エミ・コウムラと――」


 と言いかけた瞬間、何かが俺の眉間にクリティカルヒットした。案の定痛くはないのだが、それが何なのかというと――。


「ボタン?」


 そう呟いてエミの方を見返す。すると、エミはあられもない姿になっていた。鎖骨のあたりから胸元までのボタンが弾け飛んで、たわわなバストが見えかけていたのだ。


「うわっ! ご、ごめん!」

「ごめんなさい!」


 同時に非礼を詫びる俺たち。

 俺は恥じらうエミの姿を見てしまった。エミは勢いよく敬礼しすぎて、その豊満な双丘でボタンを弾き飛ばしてしまったようだ。


 まったく、この世界の女性陣というのは恐ろしい。

 って、そんな漫才をやっている場合ではなくて、俺には尋ねたいことがあった。


「あー、ゴホン! で、エミ、質問をいいか?」

「はっ、はいっ!」

「どうして武闘家の連中があのジャングルを通ると予測できたんだ? まさか当てずっぽうじゃないんだろう?」

「ああ、それはですね――」


 エミ曰く、昨日昼間の戦闘で長老が突進してきたため、それを受け流すふりをして盗聴器を張り付けたのだそうだ。それで、テントでの会議の内容は筒抜けだった、と。


「あの爺さん……」


 俺が眉間に手を遣ると、微かな痛みが両の掌に走った。

 包帯を巻かれたり、絆創膏を貼られたりするほどのこともない、ごくごく小さな痣だ。まあ、俺も完全無欠というわけではないのだろう。掌と言えば、土亀の上顎の牙を押さえていた部分でもあるし。多少のダメージは止むを得まい。


 そこまで考えて、俺の腹の虫がきゅるきゅると鳴った。


「あっ、そうそう! トウヤさん、朝食をお持ちしたんです。お口に合うか分かりませんが」

「そうなのか! ちょうど腹減ってたんだよ、ありがとう」


 トレイに載せられてきた朝食は、元いた世界のそれと遜色なかった。

 俺が平らげるのを待って、エミは再び口を開いた。


「ト、トウヤさん」

「んあ?」

「これから私たち機甲化種族の会議があるんです。よろしければ、出席していただけませんか?」

「ああ、それはいいけど」

「ありがとうございます!」


 綺麗なお辞儀をするエミ。どうしても胸元に目が吸い込まれそうになるが、俺は沈黙を貫いた。

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