第7話【第二章】

【第二章】


 どうやらこの世界における地球も、二十四時間で一日が経過するらしい。丸いアナログ時計を見せられ、自分の目で確認したから間違いないはずだ。

 あまりにもいろいろありすぎた一日だが、俺に休んでいられる時間はなかった。


 今、サンを始めとした武闘家種族十名による『トウヤ護衛小隊』が、俺を中心に展開しながら夜のジャングルを歩いている。

 何故こんなことをしているのか。その理由は、今日――いや、恐らく日付が変わったから昨日か――の夕方にある。


         ※


「これから我々武闘家種族の緊急会合を行う」


 かなり広めのテントに人を集めて、長老はそう言った。

 天井の高さも七、八メートルほどはあり、中央では焚火が煌々とテント内を照らし出している。

 また、人を集めたといっても種族全員ではない。総勢三十人ほどはいるだろうか、どいつもこいつも筋骨隆々とした、腕っぷしの強そうな男たちだ。例外はサン。そして、ただの防御壁にしかなり得ない俺の存在。


 サンはぶっちゃけそのへんの男衆よりも機敏で戦闘力があるからいい。だが、俺までお呼ばれしているのはどういうことか。

 その疑問は、次の長老の言葉で氷解した。


「会合目的は優秀な武人の選別じゃ。トウヤ殿を『神の座』まで導く護衛の者たちを、この中から十名選ぶ。残りの二十名には、この地域に残って通常通り他種族の攻撃から皆を守ってほしい」


 なるほど。確かにこの世界の右も左も分からない人間には有難い話だ。


「ここに、儂がしたためた文書がある。これを持って、直接魔術師種族の居住地域まで出向いてもらいたい。読む者が読めば、必ずやトウヤ殿を『神の座』に導いてくれるじゃろう」

「はいっ!」


 勢いよく挙手した人物がいる。サンだ。


「あたいが行く! トウヤのスケベっぷりは承知しているぜ!」

「は、はあっ!? 突然何言いだすんだよ!」

「だってさっきどさくさに紛れてあたいの尻触ってたじゃん」

「ありゃあ不可抗力だろうが! 勝手に人を変態扱いすんな!」

「まあまあそのへんにしておきなされ。若い時分にはいろいろあるもんじゃが……」

「って長老! 否定してくれないんすか!?」


 俺の悲痛な訴えを無視して、長老は話を続けた。

 

「皆も承知の通り、この居住区を出るとそこは別世界。死と隣り合わせの危険な土地が、延々と広がっておる。また、最短距離を取る関係上、どうしても機甲化種族の住まう土地のそばを通らねばならん。どこへ行こうとも、危険がいっぱいじゃ。それでも護衛任務を受けてくれるものはおるか?」


 すると、ざざざざっ、と音がした。三十人全員が全員、腕を高々と上げている。

 

「うむ。サンはよいとしても、残り九名をこの中から選ばねばならんのう」


 そう長老が言ったのを皮切りに、テント内は突然騒々しくなった。皆が互いの力を誇示し始めたのだ。いつからここはボディビルの審査会場になった?


 俺が呆れていると、そっと声をかけられた。


「どうせ暇だろ、トウヤ。会議はいいから、ちょっと来なよ」

「え? ああ」


 声の主であるサンに手を引かれ、俺はいそいそと大型テントを後にした。


 暖簾のような風通しのいい出入口を通り抜ける。ふと空を見上げると、綺麗な月が輝いていた。見事な満月だ。やはりここは地球と同じで、実は月が二つありました! なんてことは起きないらしい。まあ、そんなことは物理的にあり得ないけどな。


 俺がぼんやりしていると、目の端で光が灯った。サンが火を点け、焚火を仕掛けてくれたらしい。


「まあ座りな。今は夏だけど、夜は意外と冷え込むんだ」

「おう」


 確かに、半袖ジーパンでは涼しいな。有難く火にあたらせてもらおう。


「なあトウヤ。あたいの昔話、聞いてくれるか?」

「どうしたんだ、突然?」


 そう、突然だった。サバサバした印象のあるサンが、そんなしんみりした話題を振ってくるなんて。


「あたいの親父は、あたいとお袋を庇って死んだんだ。あたいが六つの時だ」

「そ、そりゃあ……」

「もしあたいとお袋が生きていたら、親父も命の張りようがあったかもしれない。けど、お袋も翌年には流行り病で死んじまった。残されたのは、あたいだけだ」


 孤児となったサンに対し、武闘家種族の皆は実に温かく接してくれた。里親になると言ってくれた夫婦もいた。だがサンはそれを断り、武闘家種族の中でも武芸に秀でた者たちに師事する形で地域内を転々とした。


「そうして身に着けたのが、あんたに見てもらった戦い方ってわけさ」

「ふむ」


 サンが自分の人生に悲観的になっていないことに、俺は胸を撫で下ろした。確かにサンは荒っぽい性格かもしれないが、世捨て人とは全然違う。


「でもどうして武芸を磨こうと思ったんだ? いや、武闘家種族の一員なんだから当然かもしれねえけど」

「親父の仇を討つ」


 そう決然と言い切って、サンは立ち上がった。


「あたいの代でグラウンズ家の矜持を失うわけにはいかないんだ」

「矜持、か……」


 その直後、ばたばたという足音が近づいて来た。伝令係が、トウヤ護衛小隊の面子が揃ったと伝えに来たのだ。


「よし、行こうぜ。危険な動物が目を覚ますまでにジャングルを抜けなきゃならない」

「分かった」


 俺は自分の尻を叩いて土くれを落としながら立ち上がった。


         ※


 そして、ジャングルに入って現在に至る。

 小隊のうち五人は、俺の目に入る範囲を歩いている。すぐ左隣に一人、前後左右に一人ずつ。

 やや離れたところに残り五人で、最前線をサンが務めている。しんがりは、俺が降ってきてから最初に棍棒で殴りかかってきた男性だ。得物はトンファーに持ち替えている。


 周囲の五人からも、やや離れている五人からも、痺れるような感覚が伝わってくる。それは、月明りに照らされた木々の匂いや土を踏みしめる感覚よりも明確な緊張感だ。


 俺はぶん殴られた時よりも、このビリビリとした心理的感触に頭をやられそうだった。

 これなら、俺一人で向かった方がよかったんじゃないか。どうせ敵の攻撃は効かないんだし。と、思った矢先のことだった。


「お待ちを、トウヤ殿」


 俺のそばで護衛していた少年が腕を翳し、俺を止めた。少年はさっと屈み込み、地面に耳を押しつける。きっと何らかのサインが前方から送られてきたのだろう、俺は黙って少年のリアクションを待った。


 静寂を保っていたためか、少年の呟きを耳にするのは容易だった。


「肉食恐竜……!」

「なっ!」


 俺は思わず声を上げた。再び耳を地に当てる少年。


「恐竜って……。この兵装で追い払えるのか?」

「お待ちを。――なんてこった!」

「な、何だって? 一体何が出たんだ?」

「巨大な土亀です! このジャングルでは大物の怪物です!」


 そう言い終わるや否や、今度は地面が振動し始めた。立っていられなくなるほどの揺れが、上下左右に俺たちを見舞う。

 揺れが最高潮に達したかと思われたまさにその瞬間、耳をつんざくような轟音が響き渡った。


 俺と少年の間の地面に亀裂が入り、土が盛り上がる。前方に目を遣ると、土埃やら岩石やらが巻き上げられ、そして落下していくところ。それに木々が千切られるバキバキという音が加わる。

 俺はこのジャングルを中心に、世界の何もかもが破壊され尽くされていくような錯覚に陥った。


 木々が邪魔で前方が見えない。そんな心配はすぐさま霧散した。体高十四、五メートルはあろうかという真っ黒い巨躯が、眼前の木々をなぎ倒しながら現れたのだ。


 恐竜というよりも、前傾姿勢を取った相撲取りを思わせる格好。小さな目に、耳元まで裂けているかのような口腔部。外側から見ても、超硬質な牙が並んでいるのが分かる。

 そして全身を覆う鱗。一枚一枚が巨大だ。甲冑の帷子を思い起こさせる。それらが真っ白な月光を反射して、俺にはまるで土亀本体が輝いているように見えた。


 ゴオオオオオオオッ、と重厚な響きの雄たけびを上げる土亀。その威容たるや、映画のCGで造られた怪獣とは比較にならない。まあ、実物が目の前にいるのだから当然か。

 俺は自分の防御力への信頼を忘却し、かといって上手く足を動かすこともできず、その場に立ち竦んだ。


「なっ、なななんで今日に限ってこんなデカブツが出てくるんだよ!?」

「機甲化種族の奴らのせいです!」


 腕で頭を守りながら少年が言う。


「あいつらが帰る時に、恐竜を殺したんでしょう! その死肉につられて、土亀は現れたんです!」

「人騒がせな連中だな、おい!」


 喋ることで、俺はやや落ち着きを取り戻した。そして真っ先に考えたのは、サンを始め先行している皆の安全だった。

 本当は大声でサンを呼びたかったが、それでは土亀の注意を引く。流石にマズいだろう。

 一体どうしたらいい――。

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