第3話
〜翌日、早朝
父親よりも早起きした寛は出掛け様として起き上がる。それに気付いた父親が目を覚まして寛をチラッと見た。
「何だ、もう出掛けるのか?」
「ああ…」
「フン、今度来る時は事前に一報くらいよこせ」
「分かったよ」
父親は小声で「飯の準備くらいして置くから」と、呟いた。その言葉が寛に聞こえたかは不明だった。
外に出ると少し肌寒さが感じられた。寛は車に乗り込み、エンジンを始動させる。再びレクサスLC500を走らせ田舎道を進んで行く。
道の駅まで戻って来ると、市街地ならデパートが建てれそうな駐車場に寛は車を停車させて、外に出てスマホを取り出し堀川へと電話を掛ける。
プルル…
電話の着信音が少し鳴り響く。実家周辺は電波が弱くなる為、wi-fi環境が整っている道の駅周辺まで戻る必要があった。ガラケーが主流だった時代は、道の駅でも電波は圏外になっていた。
しばらく着信音が鳴り続き、不在かな…と思った時に、堀川が電話に出た。
「はい、もしもし…堀川です」
「あ、こんにちは。竹内です」
「こんにちは」
「先日の件での連絡ですが…お時間は大丈夫ですか?」
「はい、どうぞ」
堀川は和やかな感じで返事する。
「広沢愛菜の里親になります」
「分かりました、では…手続きの説明をしますので、週明けにでも一度施設にお見えに来てください。あと…時間のあるときに愛菜ちゃんとも、一度対面をしてくれると良いですよ」
「はい、分かりました」
寛は返事をして電話を切る。
堀川は通話を終えると駐車場に停めていた車から降りて児童施設へと向かう。施設の事務へと向かうと、少し嬉しそうな表情をしている彼に、女性職員が「どうしたの?」と、尋ねて来た。
「例の愛菜ちゃんの件、相手が里親になってくれると言ってくれたよ」
「あら、良かったわね」
「朗報だよ、さっそく彼女にも伝えよう」
「そうね、きっと喜ぶわよ」
彼は、施設で遊ぶ子供達の場所へと向かう。
「おーい、広沢愛菜ちゃん!」
堀川が大声で呼ぶ。
彼の声に気付いた数人の子供達が、一番奥で年下の子を世話している少女に声を掛ける。
「おい、堀川先生が呼んでいるぞ!」
「え…私に?」
振り返った少女は、足早に堀川が待つ場所へと向かう。
〜翌日…
寛は休日明け出社すると、再び浦野社長に呼び出される。社長室へと向かうと彼はご機嫌な表情で寛を見ていた。
「休日を過ごして君の気持ちの心境の変化を聞きたいね。どうなんだ?休日は息抜きで愛車で遠出をしたらしいじゃないか…。もしかしたら親孝行でもして時間を掛けて回答を選んで来たのだろう?」
何故、この人は自分の行動した事を知っているのだ?と…言いたかった。
もしかしたら、何処かに監視カメラでも設置して人の行動を四六時中監視しているもでは…などとも疑いたくなっていた。
それ以上に滅多に見れない社長のご機嫌な顔を損ねるのは、無難だと寛は感じて居た。この場で首を横に降ると、下手すれば会社に居られなくなる可能性も否定出来なかった。
「分かりました。せっかく社長が持ち込んで来た縁談なので、お見合いを受けさせて頂きます。ただ…お相手様の事をまず先にお知りたいです」
「ああ、そうだったな。肝心な事を忘れていたよ」
浦野は机の引き出しから顔写真付きのプロフィールを一枚取り出して寛に見せる。彼はそのプロフィールに目を通した。
「名前は大野美穂。今年で26歳になる。海外留学から帰って来てから、水島商事の事務関係の仕事をしている」
「大野ですか?」
「そうだ、水島商事と言う会社を立ち上げたのが、水島享と言う人物だが、彼は数年前に他界して、その後継人として現在の大野幹治と言う人物が経営者に就いている。彼と水島享は従兄弟だったらしく、会社を立ち上げの頃から大野は片腕として働いて居たのだ。そして…現在彼が全ての水島グループのトップに立っている、その娘となれば色んな男性が来るが、彼女は、ほとんどの男性の面談を蹴っているらしい」
「そんな相手に、僕の面談が叶う確率も低いかと思われますが…」
「そこは君の営業での手腕の見せ所だよ、上手く君の話術で口説いて見るんだな」
(簡単に言うな…)
彼はそう思いながら、ふと…大野と言う名前に、彼の脳裏で一瞬過去の記憶が横切った。
彼は…初旬の桜の花びらが舞い散る、高校の門の前で、美しい女子生徒と一緒だったのを思い出す。
(あれ?なんだっけ、これ…確か、あの子…?)
「どうしたんだ?」
浦野は呆けた様子の寛を見て声を掛ける。
「いえ、何でもありません。では…仕事に戻ります」
彼はそう言って社長室を出て行く。社長室を出た直後、もう一度彼は過去の記憶を思い出す。
(そうだ、あの子も確か…大野って言う苗字だった!)
彼は、そう思い出しながら、自分の仕事場のデスクへと戻って行く。
〜数日後…
寛は施設へと来た。里親になる為、数日間の間に何度か手続きに訪れて、ようやく彼は広沢愛菜と言う子と初対面の為、事務室のソファーに腰を下ろしていた。
(お見合いの面談よりも緊張するな…)
そう思って彼は少し緊張しながらも、その瞬間を待っていた。
父親から聞いていた子の里親か…それとお見合いの面談…。そう考えながら彼は少し肩身が狭くなりそうだな…と思っていると、事務室のドアがガチャッと音を立てて開く。背丈が少し低いせいかソファー越しからでは、相手の姿が見えず、同行していた職員だけしか見えなかった。
「こちらだよ」
職員に付き添われて、少し緊張した様子で1人の幼い少女が現れる。その少女を見て彼はハッと息を呑んだ。
黒髪で、色白のきめ細い肌に…あどけない顔立ち、容姿端麗と言う言葉が似合いそうな少女を前にして、彼は父親に聞かされて想像していた容姿と全く違う事に(あの親父…何を見て言ったんだ⁈)と騙された事に呆れ返っていた。
「この子が広沢愛菜ちゃんです」
「はじめまして…」
「あ、は…初めまして」
寛は思わず、立って挨拶をしてしまう。
「一応、こちらでの手続きは完了しましたので、今日からご一緒に暮らしてください。あと…我々も、定期的に挨拶に伺いますので。その辺はご了承ください」
「あ、はい分かりました」
寛は、そう返事をすると、彼の手に暖かな感触を感じた。彼が手を見ると愛菜が彼の手を握っていた。
「よろしくお願いします」
彼女は寛を見上げながら上目遣いでニコッと微笑みながら言う。
愛菜と言う少女と施設の職員、堀川達と一緒に外に出ると、愛菜を連れ添って彼は、職員達に向かって一礼をした。彼は自分のマイカーへと彼女を連れ添って歩く。マイカーの側まで来ると、彼女はソワソワした様子で、何か戸惑っている感じだった。
「どうしたの?」
「あ、いえ…凄い車に乗っていらっしゃるのですね…」
愛菜は見慣れないスポーツカーに少し戸惑いの様子だった。彼は、車好きである為、特に意識はして居なかったが、少女は少し躊躇った様子だった。
車に乗ると、彼はソフトトップのLC500をオープンにする。天井が開き、開放感のある運転をするのが彼の流儀だった。
天井と両窓を開かせて、彼は車を走らせる。
少し走ると、愛菜が寛の顔を見て何か言いたそうな表情をしていた。
「どうかしたの?」
「あの…窓と天井閉めてもらえますか…?」
「え、何で?」
「寒いし、それに髪が乱れて…」
「そうなの?」
彼は、少し残念そうに愛菜に言われて、渋々と車の屋根を閉じて両窓も閉めた。あまり恋人関係を作らない彼にとっては、予想外の指摘に少し戸惑いの様子だった。
首都高を走らせ帰宅する時、彼は自分の走りで車を走らせて居ると、更に彼に対して助手席からクレームが来る。
「少しスピード出し過ぎでは無いですか?お巡りさんに捕まるし、危険だと思います。安全運転でお願いします」
気品のある少女かと思われた彼女が、意外に口数が多い事に彼は驚く、せっかく里親になったのだから、しばらくは同居しなければ…と思った彼は少女がOKする速度までスピードを下げる。
結果…法定速度までスピードを下げて、首都高を走る結果となった。
(レクサスLC500が、徐行みたいに走るなんて…)
速度を落として走行した結果、予定していた時刻よりも遅い時間に彼はマンションの地下駐車場に着いた。
彼女は初めて見る高級マンションに驚きながら周囲を見渡す。
「凄い場所に住んで居るのですね!」
興奮気味で彼女は目を輝かせながら言う。
初めてのオートロックのあるマンションに入り、エレベーターで15階まで上がる。期待と興奮気味の愛菜は彼の手を強く握って、自分が一緒に暮らす部屋へと向かった。
1501と書かれた表札のプレートの前まで行き、彼は立ち止まる。
「ここがこれから一緒に生活する部屋だよ」
「はい、分かりました!」
彼女は寛を見つめながら返事をする。
寛は上着のポケットからカードキーを出して、ロックを解除させてドアを開ける。
ドアが開き、愛菜は部屋の中を見て驚いた。部屋の中は、その辺に脱いだ衣服やゴミが散乱とした状態だった。
彼女は部屋に入る前に一歩立ち止まった様子で彼を見る。
「どうしたの?」
「あ、いえ…何でもありません…」
少し戸惑いなが愛菜は部屋へと入る。
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