第4話

 初めてのマンションに少し戸惑いしながらも玄関の扉を開けて入った愛菜は、室内の散乱した状況に少々驚きを隠せない状態だった。


 2LDKの広い室内は、テーブルからクローゼット、ベッド付近、脱ぎ散らかした衣服や、書類、雑誌、食べ残しのスナック、空の弁当箱等…あらゆる物が無造作に置かれていた。


 「奥の寝室、使って居ないから、その部屋を使って良いよ」

 「はい、分かりました」


 寛に言われて、彼女は荷物を抱えて部屋に向かう。寝室に行った彼女を見ながら彼は、自分用のデスクに向かい、椅子に腰掛けてPCを起動させる。


 「あのぉ…竹内様」


 PCのモニターを起動させた直後、いきなり後方から声が聞こえて彼は驚いた。振り返ると、愛菜が長い黒髪を束ねて、頭に三角頭巾に割烹着を着込んだ状態で、彼の前に現れた。


 「ど…どうしたの、その格好は?」

 「ちょっと、お掃除をします。少しお手伝いしてくれますか?」

 「あ…ああ、分かった。ところで割烹着を持っていたの?」

 「これから毎日、お食事を作るつもりでしたので」

 「コンビニで弁当買えば、良いのでは?」


 その言葉に彼女はムッとした表情で寛を見た。


 「ダメです、コンビニの弁当はお値段が高い上にナトリウムも多いので、健康には良く無いです!」

 「あはは…そうなんだ」


 そんな風に愛想笑いしていると、愛菜は室内の散らかっている物を片付け始める。その時、彼は少女が男性雑誌を手にした。それを見た寛が慌てて、それを奪い取る。


 「ああ、こう言うのは、僕が片付けるよ!」

 と、慌てた口調で言う。


 それを見た愛菜はチラッと彼を見ながら「スケベ」と、少しイヤラシそうな表情で彼を見た。


 11歳の少女は、彼に必要書類を仕分ける様に言い、更に手が空いていたら、近くの100均で除菌シート、ゴミとりテープ、ラップ類を購入して来る様に伝える。


 (何で僕が、こんな事されるんだ?)


 そう思いながら、彼は買い物に出掛ける。職場では常に社員達に仕事の指示を出しているはずなのに、愛菜がマンションに来た直後から、彼は彼女に指示されはじめていた。


 考えて見れば、彼女は車でもアレコレと彼に言い掛かりを付けていた。最初見た時は、大人しそうな可愛い子だと思ったけど、中身は意外にも手厳しそうな感じだった。


 寛は自由な暮らしを少し奪われた様な感じにも思えて来た。


 (まあ…根がしっかりしてる…と言う事か、早く自立して貰おう。そうすれば、元の気楽な生活に戻れる)


 そう思いながら、彼は100円ショップで買い物をする、彼は買い物バックに購入した商品を入れて、帰り際にコンビニに何気なく立ち寄ると、スーパーカーの最新号の雑誌に目が入り思わず購入して、雑誌をバックの中に入れてマンションに戻る。


 部屋に入ると愛菜が待ちくたびれ様子でテーブルの前に座っていた。


 「お帰りなさい」


 彼女は、寛が購入して持って来たバックの中身を確認する。その時彼女はムッとした表情で寛を見た。


 「竹内様は、車がお好きなのですか?」

 「え…ああ、好きだけど、何か?」


 彼女はフウッと少し溜息を吐いた。


 「もう少し低燃費で乗り易い安全な車とかに出来ませんか?」

 「走る車は好きじゃないの?」

 「嫌いではありませんが、私の両親は車の事故で…」


 それを思い出して、そうだった…と気付いた。


 「そうだったね、まあ…安全な車にして、走る車はサーキットだけにするよ…」


 寛は愛想笑いしながら答える。その言葉に特に何も答えなかった愛菜は清掃の続きを始めた。


 夕方5時頃になると、散らかっていた室内は大分片付き、部屋の中が見間違える様に綺麗になった。


 寛は、自分がマンションを購入した時以来、久しぶりに部屋が広く感じ始めた。


 「へえ、結構片付くものなんだな…」


 そう思っていると、彼女が冷蔵庫の中身を確認していた。


 「竹内様、賞味期限切れの食材が入っていますよ。それと…もう少し健康に良い食材を摂った方が良いですね」


 愛菜は冷凍食材や、レンジで温めるだけの食品を見て言う。更に食器棚を見て、「調味料がありませんね」等と…アレコレ指摘をする。


 「この子…本当に小学生なの?」


 彼は、直ぐにでも自立出来そうな感じの少女に少し驚いていた。


 「と…取り敢えず、今日は外食にして、明日買い物しよう」

 「はい、分かりました」


 愛菜は返事をすると、その場で割烹着と三角頭巾を脱いで畳んで、更に衣服もその場で脱ごうとした。


 「ちょ…ちょっと!」

 「どうかしましたか?」

 「部屋で着替えなよ!」

 「何故です?」

 「人前で脱ぐの恥ずかしくないの?」

 「まあ…見知らぬ人の前では恥ずかしいですが…でも、私達はもう家族でしょ?何か問題でもありますか?」


 愛菜は不思議そうな表情で寛を見つめた。


 「え…だって、その…」

 「私は貴方と一緒にお風呂入って、一緒のお布団で寝るつもりですが…。竹内様は嫌なのですか?」

 「そう言うつもりは無いけど…」

 「まあ、私の胸は小さいから、魅力在りませんが…竹内様がダメと言うなら、その様に致しますが…」


 愛菜は少し俯きながら言う、それを見た寛は彼女の心を考えず発言してしまった事に改めて気付かされる。


 「あ、いや…自分がちょっと思い違いをしてたよ。まあ…気にしないでくれ。まあ…家族だから、特に気にする事ないよ。続けてくれ。ハハ…」


 そう言うと愛菜は安堵したかの様に衣服を、脱ぎ出して畳んで、部屋へと持って行く。それを見た彼は、ふと…一握りの不安が脳裏を横切った。


 愛菜は可愛らしい衣装に着替えて来た。出掛ける準備が出来ると2人は一緒に外へと出る。その時、愛菜は寛の手を握り一緒に歩いて行く。


 エレベーターを待っている時に寛は愛菜に、自分が気に掛けている事を質問する。


 「なあ…広沢さん」


 その言葉に愛菜はムスッとした表情で寛を見た。


 「何故、他人見たいに苗字で呼ぶのですか?」

 「え…君だって、僕の事苗字で読んでいるじゃない」

 「そうでしたね、でも…私を呼ぶ時は名前で呼んで下さい。『ちゃん』も『さん』付けもダメです。もし…次に苗字などで呼んだら、返事しませんからね。あと…私もこれからは、貴方を名前で呼びます。宜しいでしょうか?」

 「良いよ」


 その言葉に彼女はクスッと微笑んだ。

 話が決まると同時に、2人はエレベーターに乗る。

 エレベーターに乗った直後、寛は疑問に感じていた事を彼女に投げ掛ける。


 「ねえ、愛菜…君って将来は何になりたいの?」

 「私の将来は寛さん、貴方とずっと一緒に暮らすことよ。フフ」


 彼女はそう言って彼の腕に抱き着く。

 不安に感じていた事が現実味を帯びた。


 「だ…だけど、多分、これから中学や高校でステキな人と出会えるかもしれないよ」

 「平気よ、施設に居る時も、似たような事言って来た人が居たし、一緒になろうなんて言う人もいたけど、既に私は貴方と一緒になる事を望んでいたのよ。今日初めてお会いして顔を見合わせた時に感じたわ。私の望んでいた通りの人が目の前に現れたってね…」


 それを聞いた寛は、お見合いはどうしよう…と、不安に感じた。


 「もし…仮に、だけど…僕が他の女性と一緒にいたらどうするの?」

 「その場合、相手の女性が二度と日の下を歩けなく様にするまでよ。私の許可無く寛さんに近付いたら、どんな報いを受けるか…その肌で感じてもらうまでよ。フフフ」


 愛菜は微笑みながら言うが、寛はとても小学生の子とは思えない言葉に恐ろしさを感じた。それ以上にお見合い相手にどの様に説明しようかと迷った。


 「私は貴方とずっとこれから一緒よ絶対に離れないわ」


 子猫の様に彼女は顔を擦り付けて寛に甘える仕草を見せる。


 これは早急に、対処しないと危険かも…そう思いながら、彼は愛菜と一緒に夕闇の街へと出かけた。

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