第31話 最終話



 ――それから、半年が過ぎた。



 改めて国王殺しの裁判も行われ、国王を神器に似た細身の短剣で殺害したユリア付きの衛兵と、それを指示したユリアは有罪となった。


 しかしエイミーは残された姉達を想うのと、ユリアが心の底から反省し、また経緯けいいに至った出来事に情状酌量じょうじょうしゃくりょうがあると判断されて、北の離宮での永久幽閉の判決結果が下った。


 エイミーはそれから十三年後にユリアが亡くなる日まで、外に出られない彼女のために、薔薇の花や季節の花を送り続けた。


 そう、エイミーは寂しく孤独な幽閉生活に彩りを与え続けたのだ。


 ユリアの晩年には、離宮の庭に薔薇園が作られて、ユリアはその薔薇を作った女王に心から感謝する様になったと言う。


 エイミーの姉達は王族の身分をはく奪されたが、恋仲だった貴族が娶ってくれたり、使用人として好待遇で雇ってくれた。

 ユリア同様、逞しい姉達は新しい人生を力強く生きたのだった――。







 ――さて。

 今日はこれから戴冠式となる。


 銀色のドレスに身を纏い、いつもと違ってゆったりとした編み込みをしたエイミー。

 眼鏡はしているものの、美しく化粧され気品ある姿になっていた。


「素晴らしい! 素晴らしいですわ! エイミー様!」


 熱心にエイミーを着飾ってくれたジルフィーヌは、エイミーの美しい姿に感涙する。


「ジルフィーヌ……いつも私のために色々とありがとう。これが、貴女と一緒に居られる最後だと思うと寂しいわ……」


 花嫁修業で侍女をしていたジルフィーヌは、ついにイギルの若い伯爵との結婚が決まったのだ。


 この戴冠式を最後に、ジルフィーヌは退職をする。


「……今までの様に常にお側に居られないのは寂しいですが、これからはご友人として、エイミー様のお力になれる努力を致します」


 その時、部屋の扉をノックする音がした。


 ジルフィーヌが入室を許可すると、イギルの正装……深緑のジャケットに白いマントを羽織ったジミルと、同じ格好に臙脂えんじ大綬たいじゅを右肩から掛け、勲章を付けたリンゼが居た。


 いつも身だしなみをキチンとしているジミルは勿論の事、リンゼも本日は慣れない衣装に髪をアップされて、赤味を帯びた髪に隠れがちだった切れ長の目と眉がしっかりと見えている。


「うわあ、エイミー様、これはこれは美しくなられて!」


 ジミルが、素直な感想を述べた。

 しかし、隣に居るリンゼがいつまでもぼーっと突っ立っているだけで、姿が変わったエイミーに対して何も言わない。


 痺れを切らしたジミルが、肘で親友を突く。


「おい、お前も何か言ったらどうだよ!」


「……え? ああ、姫様。この勲章ありがとうございます」


 と、国とエイミーを救った事で授与された勲章を指差した。


 ジミルは「ばか、違うだろ!」と思わず叫ぶ。


 しかし、恋愛に関しては先輩風を吹かせるジルフィーヌが、怒るジミルの耳を引っ張った。


「では、お時間になりましたらお呼び致しますので。こちらでしばしお待ちください」


 と言って、ジルフィーヌはジミルを引っ張って部屋を出る。

 思った以上に馬鹿力の姉に引きずられて、外へ出るや否や、


「何するんですか、姉上!」


「ジミル、貴方は全然恋愛を分かってないわ。リンゼ様は照れているだけよ。二人っきりになれば、きっと素直になるわ」


「へ、へえ……そういうものなのですか?」


「ふふ、恋愛だって人生の大事な勉強なのよ。貴方ももっと勉強した方が良いわね」


「……!! なるほど、勉強は僕の得意分野だ。リンゼが出来て、僕に出来ない事は無い!」


「そうよ。先ず、恋愛はね、押して押して、押した者が勝ちなのよ」

「はい、姉上、早速メモ致します! 押すんですね!」



 ――なんて呑気な会話をする姉弟が去って行った後。

 控え室で二人きりになるエイミーとリンゼ。いつもと恰好が違う事で、落ち着かない二人。


「あの」


 リンゼがエイミーに話し掛けたが……リンゼと言えば、挙動不審に羽織ったジャケットから手を出すか迷っている。


 エイミーはピンと来た。


(これは昔、お花をくれた時の……)


 エイミーは、自ら両手を差し出した。


「ください」


「え?」


「今日はどんなお花なんですか? ドレスに飾る花ですよね?」


 エイミーがそう言うと、リンゼはふっと笑い、その場に片膝をついた。


 リンゼは、ジャケットから小さな小箱を取り出した。その小さな箱を開けると、銀の指輪が入っていた。

 思ってもみない物に驚き口を覆うエイミー。


「姫様……これからの人生を共に歩んでくれますか?」


 エイミーは思わず「はい!」と返事をしそうになる自分を抑えた。


 本当は天にも昇りそうなくらい嬉しいのに、エイミーは唯一の心残りのために辛い返事をした。



「……嫌です」

「えっ!」


 思わず小箱を落としそうになるリンゼ。

 まだ、治ったばかりの手がぎこちないせいもある。


「……私の事を、名前で呼んでくれないと、嫌です」


「!」


 エイミーは知っていた。

 リンゼは必要以外、頑なにエイミーの名前を呼んだことが無かった。


「…………それは、プロポーズよりもハードルが高いですね」


「どうしてですか! 私たち、恋人なのに!」


「何故でしょう」


「そんな真顔で返されても……! とにかく、名前を呼んでくれない限り、お断りします」


「えっ……」


 すると、そんな二人に部屋をノックする音が響いた。


「エイミー様、そろそろお時間です」

「はい、分かりました」


 エイミーはジルフィーヌの声に返事をして、颯爽とドレスを翻して去って行った。

 

 ――片膝ついたまま、引っ込みつかないリンゼは、首を傾げて考えていた。


 結局、リンゼもまたジルフィーヌが思ったよりも、恋愛に全然慣れてなんかいなかった。





 戴冠式は上の空だった。


 リンゼは小箱を握りしめて真顔で、エイミーの事を名前呼びする練習ばっかりしていた。


 戴冠式はつつがなく終了し、城の庭園に集まった民衆達に手を振るため、バルコニーへと赴くエイミーと臣下達。


「エイミー女王万歳! エイミー女王!!」

「エイミー様!!」

「イギルの女王様ー!!」


 エイミーは一人、バルコニーの前へ立ち、民衆の声に手を振って歓声に応えている。


 ――その後ろに臣下と共に立ちながら、まだ脳内練習を続けているリンゼ。

 この民衆の賑わいも聞こえていない様だった。


 リンゼの隣に立つジミルは、さっきからずっと暗く、ブツブツと呟く怪しい親友が、控え室でなんかしらエイミーのご機嫌を損ねた事は理解した。


 そんなリンゼに痺れを利かせたジミルは、さっき姉に教わったばかりの恋愛術を実行してやる事にした。


 リンゼを前へ押したのだ。


 集中していたため、素直に前へと押し出されたリンゼ。


 転がる様に、エイミーの隣にやって来たリンゼに民衆は「え?」となり、歓声が静かになる。


 エイミーも、公式の場で突然隣へやって来たリンゼに驚きを隠せない。


 しかしリンゼはエイミーを名前で呼ぶ事以外、あまり考えていなかった。


 ただ、目の前にターゲットが居る。

 それだけだ。


 リンゼはもう一度、片膝をついて、小箱を差し出し、脳内で何度も練習した言葉を言った。


「エイミー、愛しています。結婚してください!」


 静まり返る民衆。

 そして、目を見開く臣下達に、顎が外れそうなエルレーン宰相。


 エイミーは驚き、死ぬほど恥ずかしいながらも、真剣にプロポーズをしてくれているリンゼに応える事にした。


「……はい、お願い致します!」


 リンゼは小箱からおぼつかない指で指輪を抜き出し、差し出されたエイミーの左手の薬指に嵌めた。

 約束の指輪を見つめ、うっとりとするエイミー。

 リンゼは嬉しさのあまりに、エイミーを持ち上げて、強く抱きしめてキスをした。


 沸き上がる歓声。


 ジミルは「本当だ! 姉上の言う通りだ! 押したら本当に上手くいった!」と勘違いし、エルレーン宰相も「なんだか良く分からないけれど良かった、良かった……!」と涙したのだった。



 どうやら、このリンゼという青年は知識が豊富の様だが「空気」は読めない様だ。



 だが、みんなが愛で包まれた世界はとても幸せそうで、抱きしめれたエイミーも零れる笑顔を浮かべているだから、これで良いのだ。



 ――そう、これは知識は剣よりも強く、愛を育んだ、小さな国の小さなお話。




ー完ー





*最後までお読みいただき、本当にありがとうござました!


 私の中でイケメンとは容姿では無く、誰かのために一所懸命となる男性の事だと思っています。


 さくらみお

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知識は剣よりも強く、愛を育む さくらみお @Yukimidaihuku

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