第30話


 拘束されたユリア王妃に、リンゼは待ったを掛けた。


 リンゼは弁護人の机へ戻ると花を取り出した。色とりどりの花が美しく咲いている花束を。


「ユリア王妃、最後にこれだけは見て頂きたかったんです」


「……その花が、何だというんだ!!」


「これがエイミー女王の願いだったのです」


 エイミー以外のみんながその花の意味が理解出来ず、首を傾げる。

 リンゼはピンク色の花を指差し、説明を始めた。


「この大輪の花はダリアと言います。ユリア王妃の長姉、シャルロッテ王女の好きな花です。そして、これはライラック。次女のイライザ様の好きな花。このデルフィニウムは三女のマリー様……」


 そして、その花束から一本、赤い薔薇を引き抜くと、ユリアに差し出した。


「そして、ローテローゼ。赤い薔薇。貴女の最も好きな花です。エイミー女王は貴女達が喜ぶ顔が見たくて、貴女達の好きな花をずっと作っていました。……御存じ無かったかもしれませんが、貴女達の部屋を飾るあの花はエイミー女王が育てた花なんですよ?」


 ……確かに自分の部屋にはよく赤い薔薇が飾られていた。しかしそれをエイミーが作っていたとは、知らなかった。


「……エイミー様が幼い頃から願い続けた想いは『家族が仲良く暮らす事』。……それは今でもずっと変わりませんでした。忘れないでください。貴女がエイミー女王を引きずり落とす事ばかりを考えていた長い長い時間、エイミー女王は、ずっと願っていたのです。家族が仲良く幸せに暮らせる様にと。……その家族には、貴女も入っていたんですよ、ユリア王妃!」


 ユリアは、エイミーを見た。


 ――仲良く幸せに暮らせる?


 一度だって、そんな事を考えた事は無かった。


「……そ、そうよ、私は考えた事なんて無かったわ……!」


 いつも澄ました表情のユリア王妃が、眉間に皺寄せ、顔を歪ませて感情を露わに吐露する。


「だって、私は戦いばかりの国に生まれ、道具として、好きでもない国の好きでもない男と結婚し、たくさん、たくさんの子供を産んで…………なのに、生まれた男の子は跡目争いに巻き込まれて二人とも殺されて……。逃げて来たこの平和な国でも跡継ぎ問題になるからと、新しい子供男の子を持つことを許されず……。……私はただ幸せになりたかった。私が欲しかったのよ……! 男の子を産んでも、殺されない、幸せな……自由が!!」


「……お義母様……」


 全身を震わせて、自分の悲しい過去を叫ぶユリア王妃にエイミーは憐み、言葉を失う。

 しかし、そんなユリアにリンゼは言った。


「……貴女が求めていた幸せは、イギルにはありませんでした。しかし、考え方を変えていたら……貴女には十分にイギルで幸せになれるチャンスはたくさんあったんですよ。それから目を背けたのは、貴女の罪です」


 ユリアの頬に静かに涙が伝う。


 脱力したユリアは、そのまま近衛兵に両腕を捕まれ、引きずられる形で法廷を後にしたのだった……。











 ユリアが法廷から消えた。

 未だに呆然としている裁判長にリンゼは催促する。


「それでは裁判長、被告人の判決をお願い致します」


「え? あ、ああ……!」


 促された裁判長は木槌ガベルを叩き、声高々に叫んだ。


「そ、それでは、被告人エイミー・サウラ・イギル王女の判決を致します――!」



 シンと緊張が張り詰めた法廷。

 裁判長は威風堂々と、声高々に言った。



「――無罪!!」



 沸き上がる傍聴席の歓声がエイミーを包む。


 エイミーはすぐさまリンゼに駆け寄ろうとした。

 だが、泣いて抱きついて来たジルフィーヌに、身動きが取れなくなりアタフタとしている。


 そんな困惑のエイミーを愛おしく眺めながら、リンゼは闘いの終わりに一人、静かに微笑むのだった。

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