第28話


 リンゼの指差した物。


 それは――、


「僕は神器の短剣で、エイミー様を処刑致します」


「「!!」」


 リンゼの発言に驚いたのは二人。


 ジミルとエイミーだった。


 ユリアは、少し不服そうだったが、


「……まあ、良いでしょう。王位継承権を失うエイミーが処刑されるのに、最もふさわしい剣ですわ」


 リンゼは、ジミルの元まで歩いて行き、ジミルと目を合わせた。

 ジミルの目はこの剣の事を知っている者だけが出せる動揺の色をしている。


 リンゼは大丈夫だとばかりに、強く頷いて、神器の短剣を掴んだ。


 そして、近衛兵の拘束されたエイミーの前へと立つ。


 リンゼを不安そうに見上げるエイミー。


「……姫様、御安心下さい。苦しみはあと少しですから」


 そう言って、きらめく神器の短剣を右手に構えた。


「……私は、貴方を信じます」


 エイミーは目を固く瞑り、自分の左胸……心臓を差し出した。


 リンゼは全てを自分に委ねたエイミーに躊躇ちゅうちょする事なく、力いっぱい短剣を振り落とした。


 傍聴席の貴婦人達はリンゼの恐ろしい行動に「きゃああああああ!」「いやああ!」と悲鳴をあげて目を覆った。


 そんな悲痛な声が上がる中、ユリア王妃は胸に短剣が刺さり、もがき苦しむエイミーを想像して、頬が緩みそうになるのを必死と抑えた。






 ――しかし。


 ユリア王妃の視界に映ったのは……。


 その短剣をエイミーの胸では無く、己の左手に突き刺すリンゼだった。


 彼の左手の薬指と中指は、短剣の当たった衝撃で直角に曲がっていた。


 だが、


 彼の表情は痛みで歪み、脂汗が額から垂れている。

 自分が刺されると思っていたエイミーは驚きの表情でリンゼを見つめていた。


 すると、リンゼは左手に神器の短剣を当てた姿のまま、語り出す。



「……イギルは……」



「……イギルは、豊穣の国……。決して武力に屈しない、永遠に無血の平和を誓った国です」


 エイミーは、リンゼの言葉にハッとする。


「国王の持つ……豊穣の杖が平和の象徴ならば……王位継承者の持つのが『剣』なのは、おかしいと思いませんか? 剣を捨てた国なのに王位継承者の神器が剣なんですよ?」


「実は、この短剣は『殺さずの剣』……そうです、紙切れ一枚切れない剣なのです。王となる者、醜い争いを断ち切り、イギルの平和のために『剣を放棄して』、平和の象徴の杖を受け取るのです……!!」


 リンゼの脳裏には、幼いながらも必死とリンゼにイギルの歴史を語りかける愛らしいエイミーの姿が思い浮かんでいた。


「……って、そこのお姫様が昔……僕に教えてくれたんですよ」


 リンゼがエイミーを無事な人差し指で指差して、微笑んだ。


「皆さんも見ていましたよね? この短剣は刺しても、刺さらず、僕の手は見事に打撲と骨折です。……つまり、非力な姫様がこの短剣を使って、国王の心臓を突き刺す事など、絶対に不可能なのです!!」


「お、おお……!」


「そ、そんな馬鹿なっ!?」


 裁判長とユリア王妃が驚きの声を、傍聴席からもどよめきの声が起きる。


「いや、でも他の剣で……」とユリア王妃が口ごもる。


「もし、そんな剣があるならば、どこにあるんですか? そして、それは誰が持っているのですか? その場合、姫様以外が犯人の可能性が出てきますよね?」


 リンゼは、裁判長を見た。


「裁判長!」


「は、はい!」


「次に、国王殺しの犯人が姫様では無い証拠をもう一つ出します」


 リンゼは自分の席に戻り、机の下から用意していた赤い実を取り出した。


「これです」


「……これは?」


「ホーソン……山査子さんざしとも呼ばれていますかね。ハーブです」


「ハーブ?」


 裁判長は首を傾げる。


「もう一度、先生を……マーディ先生をお呼び下さい」


 リンゼの依頼に、マーディ先生は自ら扉を開けて出て来てくれた。


 きっと、先ほどの雰囲気を不信に思った先生は、ずっと入口の近くで待機していたのだろう。


「先生、お聞きいたします。このハーブは何に効く薬草ですか?」


「……ホーソンは、強心効果。心臓に良いハーブだ」


「このホーソンのハーブティーが国王のベッドの傍にありましたが、これは誰が持って来たお茶ですか?」


「エイミー様です。エイミー様は数年前から、心臓を悪くした国王のために、自らの庭でハーブを育て、国王に進呈していたのです」


「そうです。皆さん、国王を恨み憎む人物が、長い年月をかけて国王のためにハーブを作ったりしますか? しませんよね?」


 傍聴席から「最初の冒頭陳述と話が違う……?」「そうよね、おかしいわ」と声が上がって来る。



 その時、バンッ! と布を叩く音がした。

 音の方を見やれば、そこには潔白の法衣を脱ぎ捨てたジミルが居た。


「……僕は……検察官として、潔白の法衣着ておきながら……なんて事を……!!」


 ジミルは涙をポタポタと流し、しかしそれを自らの袖で拭うと顔を上げて言った。


「父上! 私はもう耐えられません! みなさん、私は罪を犯しました……! エイミー様の殺害動機を捏造ねつぞう致しました!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る