第22話


 その日、直ぐにエイミーが捕まった話が検察官のジミル経由にリンゼの耳にも届いた。


「な、なんだって!! そんな馬鹿な!」


 リンゼは書類を放り投げて、現場へと向かう。

 通常だったら、格式高く入る事が許されない国王専用の部屋も、事件が起きたばかりで混乱し、出入りが自由になっていた。


 リンゼとジミルが国王の部屋がある最上階への階段を昇っていると、そこには兵士に連れられて、手首に枷をつけたエイミーと遭遇したのだ。


「ひ、姫様!」

「リンゼ!」


「エイミー、黙りなさい! 近衛兵、早く牢獄へ連れて行きなさい!」


 ユリア王妃は、もたつく兵士にそう告げて、エイミーを強制的に連れて行く。


「リンゼ!! お願い、!」

「姫様っ!?」


 エイミーを追おうとすると「お待ちなさい、リンゼ!」と呼び止められた。


 ユリア王妃は、急に傍に居た兵士を人払いさせる。

 そして、リンゼを指差して言った。


「よくも在りもしない嘘の噂を市中にばら撒いたわね……。お前のしでかした事を、私は絶対に絶対に許さない。最も残酷な形でお前の愛するエイミーを殺してやるから、覚悟なさい! エイミーが死んだら、お前も晒し首にしてやる!」


 言いたい事を言うと、高笑いを浮かべて、ユリア王妃は去って行く。


「お、おい……王妃はなんで……噂をリンゼが作ったって……」


 ジミルは驚くが、今はそれよりも現場を見て置きたかった。


 エイミーが残したメッセージ。


 今すぐにエイミーが犯人では無い証拠を掻き集めなければならない。


 リンゼは、国王の寝室へと行く。

 その現場には、老人の医師が一人と近衛兵がごった返していて、ベッドにはまだ国王の遺体があった。


 その老人の医師は、マーディ医師と言い、城の医師長であると同時に、リンゼの小さい時からのかかりつけ医でもあった。


「マーディ先生!」


 リンゼは、国王の遺体を見ている医師に声を掛けた。


「お、お! リンゼ? 何故、このような所に?」

「国王様が殺されたと聞いて……死因は?」


「刺殺じゃよ」


 亡くなった国王はシーツ越しに、胸を一突きされている。

 まだ短剣は刺さったままで、まるで抜けば国王が動き出すのでは無いかと思えるほど、国王は穏やかに眠っていた。


「……この上にエイミー様が覆いかぶさっていたそうだ。きっと、国王の口を抑えて、胸に刺したんだと思われる」


「……」


 マーディ先生は信じられないとばかりに、首を振る。

 検察官のジミルは、今の話をメモしている。


「先生、短剣を抜いても宜しいですか?」


 リンゼは尋ねた。


「お前、怖くないのか?」


 マーディ先生が質問で返してきた。


 ――怖いに決まっている。しかし、エイミーが一刻を争う時。

 こんな所で怯えている場合ではなかった。

 マーディ先生に革の手袋を借りて、ナイフをズルリと抜いた。

 肉から包丁を抜く生々しい感覚がリンゼに伝わる。


 その短剣は、イギルの国宝の神器だった。


「え、神器……?」


 王位継承者の証である、イギルの神器。

 緑の柄にはイギルの太陽の紋章も彫られていて、刃も細く軽く、女性でも持ちやすい。

 当然ながら、この王位継承者を示す神器の持ち主はエイミーだった。

 

 更に、国王のベッドの傍のサイドボードには飲みかけのお茶があった。

 リンゼはこのお茶にとても見覚えがあった。


「これは、姫様のお茶?」

「ああ、エイミー様手作りのハーブティーですね。今朝の問診の時も嬉しそうに貰った話をしていましたから、覚えています」


 と、マーディ先生は言う。

 ジミルはそのお茶に鼻を寄せて、匂いを嗅ぐとそのままティーカップを置いて、メモを続けるジミル。


 ジミルとは別に、リンゼもまた脳内でこの部屋の事件をまとめていた。


 さっき、エイミーは立ち去る時、俯くな、諦めるなとリンゼに言った。

 これはメッセージだ。

 この部屋に、エイミーは何かを残している。


 リンゼは国王のベッドをうろついて考える。すると、


「あっと、すみません」


 仮の棺を運んできた近衛兵とリンゼがぶつかった。

 ぐらついて、リンゼはその場に崩れ落ちた。


「おいおいおい~。しっかりしろよ」


 ジミルがこけたリンゼの腕を掴んだ。


「!」


 リンゼは、その感覚に一瞬固まったが、何事も無かったように起き上がる。


「……では、国王様を礼拝堂へお連れ致しますので、部外者は退出願います」


 近衛兵の声掛けに、国王は礼拝堂へと運ばれ、リンゼとジミルも国王の部屋から追い出された。




 ――執務室へ戻る途中、リンゼは後ろから付いてくるジミルに尋ねる。


「……ジミル、エイミー様は裁判に掛けられるのだろう?」


「だろうね。今のイギルは誰であっても一存で処分は出来ない法律になっている」


 そう、過去の歴史話で王の一存で殺された王女の話に涙していたエイミーは、国王に進言して、イギルに住む人間は『誰であっても』裁判に掛けられて、公平な処分を下される様になったのだ。


「ジミル、僕は姫様を弁護するよ」


「うん、言うと思った」


 立ち止まり、ジミルを見ると彼は微笑んでいた。


「検察は、お前になるんだろうか」


「いいや、僕以外だろうね。だって、僕がやったら君に有利になる様にしてしまうかもしれないだろう? それなのに、僕が選ばれるとは思えない」

「……その通りだ」


 二人はクスクスと笑った。


「僕は立場上、傍観するけれど、君とエイミー様の勝利を願っているよ」


「ありがとう」


 二人は熱く握手をすると、するりと手を放し、強く頷いた。

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