第21話


 エイミーは高揚し、はやる気持ちを抑えて図書館へと急いだ。


 昨日の夜中、イギル軍を率いて出兵したリンゼ達が帰国した。


 エイミーは今朝ジルフィーヌからその朗報を聞き、それからリンゼに会える事を思うと、落ち着かなくなり早く図書館へ行きたい気持ちでいっぱいだった。


 約束した訳じゃない。

 けれど、きっとリンゼは図書館へ来てくれると思っている。


 エイミーも婚約が解消されてから、自分の後宮の部屋へと戻り、図書館へも自由に行き来が出来る様になっていた。


 きっと、きっと居るはず!


 エイミーは図書館の重たい扉を開き、周囲を見渡す。



 ――しかし、図書館は無人で、エイミーの他に誰も居なかった。


(……そうよね、帰って来たばかりで仕事もあるのだし)


 と少し落ち込みながら、ステンドグラスの見えるエイミーの特等席へ行くと、そこには白い花が花瓶いっぱいに飾られていた。


「!!」


 それは、リンゼが誕生日に初めてくれた白い花。

 エイミーはその花に近寄り、匂いを嗅いだ。そして、満たされた気持ちでいつもの席に座った。


「……リンゼ」


 エイミーはその花を飾った名を呼び、机に突っ伏す形で白い花を見上げた。


 その美しい花に、日当たりの良い窓辺は心地よくて……エイミーはうとうとと眠ってしまった……。









 ハッと眠っていた自分に気が付き、身を起こすと、自分の対角線上の席に人影が見えた。


「……おはようございます」


 そこにはリンゼが居た。

 昔と変わらない、一番遠い席で、本を読みながらエイミーが起きるのをずっと待っていた。


「リ、リンゼ! 来ているなら、起こしてくれても良かったのに……!」

「とても良く眠っていましたから、起こしたら迷惑かと思って」


「そんな事していたら、貴方に逢える時間が減ってしまいます!」


 自分が眠っていた癖にぷんすかと怒るエイミー。

 その頬を膨らますエイミーにリンゼは「ははっ」と笑った。


「心配しなくても、これからは毎日逢えますよ」


「……リンゼ、この花」


「ああ、久しぶりに母上の庭の花を全部刈り取ってきました。今回ばかりは母も笑顔で送り出してくれましたよ」


 心を打つ演出に、この距離がもどかしくてエイミーはおずおずとリンゼに要求する。


「リンゼ……あの」

「はい?」

「あの……私をぎゅっとして貰えますか?」


「……いや、それは……」

「お願いします」


「いや、僕の理性が……」

「お父様が……貴方と結婚しても良いと言ってくれました」


「え?」


「東の塔でお父様は仰りました。ルイス王子では無くて、リンゼと結婚させたかったと。私たち、もう何も隔てるものはありません」


 その瞬間、リンゼは立ち上がり、エイミーの傍へと駆けて行く。

 エイミーも立ち上がり、二人は強く抱きしめ合う。


「リンゼ、愛しています」

「僕もです」


 リンゼの顔が近づき、軽く唇が触れあった。それが合図となって、二人はもさぼる様に何度も何度も口づけを交わした。


 息が苦しくなり、二人の唇が離れると、エイミーはリンゼの胸元に頬を摺り寄せた。


「リンゼ、リンゼ。私は早く貴方の物になりたい……」

「姫様、そんな可愛らしい事を仰らないでください……」


「東の塔に閉じ込められていたこの数か月間。ずっとリンゼの事ばかり想っていましたから」


「いや、本当にちょっと待ってください。僕を萌え殺すところですか。先ずはユリア王妃の事や、ハンナ国の事など色々落ち着いてから、国王に結婚の許可を願いましょうね」


 あれからユリア王妃は、一時は国王の怒りで牢獄へと送り込まれようとしていたが、この国は誰かの一存で投獄出来ない事(例え国王であっても)、そして結果としてハンナと戦を回避出来て、エイミーの婚約も解消された事から、国王は少し落着き、ユリアを後宮の一室にしばらく軟禁する処分にしたのだった。


「……ああ、私って本当に思慮や我慢が足りませんね。……呆れているでしょう?」


「いえ、思った以上にぐいぐい来てくれるのは、大好きです」


 そういう二人は笑い合い、つかの間の逢瀬を味わったのだった。






 その夜、エイミーは父親の部屋へと赴いた。


 その日、父親はエイミーと水入らずで会いたいと言ってくれていて、いつもは傍にいる侍女達も出払っていた。

 エイミーもまた、父親にリンゼとの結婚は今すぐに無理でも恋人同士になった事は報告しておきたかった。だから二人きりで会う事はとても都合が良かった。



 そんなエイミーが父親の寝室へと足を踏み入れた時、


「……え」


 父親の上に被さる黒い影を見た。


 そして次の瞬間、エイミーは首を強打されてそのまま、崩れ落ちた。

 意識が消え行く中、エイミーは強打された人間の足を掴んだ。しかし、顎を蹴られて、一瞬にして意識が吹っ飛んだのだった。













「きゃあああああああ!!」


 エイミーは誰かの悲鳴で目が覚めた。

 

 痛む首を抑えながら起き上がると、そこは国王のベッドの上だった。


 なんとエイミーは眠っている国王の上に覆いかぶさる様に倒れていたのだ。


 しかも、エイミーは被さった国王を見て、血の気が引いた。胸には緑の柄の短剣が刺さり、目を見開いて……死んでいたのだから。


「……お、お父……様……?!」


 そこへ侍女の叫びを聞いた兵士達が駆けつけた。そして国王とエイミーの姿を見て大きく目を見開いた。


「え、エイミー様……?」

「……何故……?」


 何故? と言われて気が付く。

 この兵士は「何故、国王を殺したのか?」と言葉を続けようとして口をつぐんだのだ。


 エイミーは事態の恐怖に震えが止まらなくなり、痛む首を振る。


「ち、違いま……「な、なんて事!!」」


 兵士の後ろから突然現れたユリア王妃の叫び声が、エイミーの声を掻き消した。

 そして、ツカツカとエイミーに歩み寄ると、腕を掴み、それからベッドから引きずり落とした。

 エイミーは肩を強打して、唸り声をあげたが、ユリア王妃はお構いなしに腕を引っ張る。


「お、お前はなんという事を!」

「ち、違います! 私じゃありません……!」


「お前以外に、国王の傍に居た人間は居ないのに!?」

「本当に、違います! 誰かの人影が……」


「兵士達、エイミー以外に此処へ訪れた人は!?」


 いきなり話を振られて、驚く兵士。しかし、おずおずと「誰一人、通っていません……」と答えた。


「違います、誰か居ました! 誰かがっ!」

「言い訳はお止しなさい! お前は王殺しをしたのです!」


 ユリア王妃は聞く耳持たず、エイミーを犯人扱いする。


 震えるエイミーはそのユリア王妃を見上げると、その目は嗤っていた。


 エイミーはその時、確信した。



 ――自分は、嵌められたのだと。

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