第3話


 その日から、リンゼは城の図書館へ通うようになった。


 エイミーは、突然現れた少年が不思議でしょうがなかった。


 気怠そうに図書館へやって来て、いつもエイミーの特等席と一番離れた対角線の椅子に腰掛けて、暇そうにぼんやりしてから、二時間ほど昼寝をする。


 それから、急に起き上がり「なんか、話して……ください」とエイミーに話を強請ねだるのだ。


 そして、あまり興味無さそうにエイミーの話を聞いて、時々「へえ」とか「ふーん」とか杜撰ずさんな相槌を打って、夕方になれば帰って行く。


 ここへ来る理由は、学校へ行きたくないからと言っていた。

 ならば、ずっと昼寝をしていれば良いのに、自分が姫だから気を使って話し相手になってくれているのだろうか……。




 そして、ある日の事。


 いつもは時々目線を向けるリンゼが、全く目線を合わせないで聞いていた日があった。


(ああ、本当につまらなくなったんだわ)


 エイミーはリンゼのそっけない態度に溜まらなり、別れの時間に前々から思っていた事を告げようと勇気を出して声を掛けた。



「「あの」」



 ところが、声を掛けてきたのはエイミーだけじゃなく、リンゼも同じだった。


「どうぞ」

「いや、そちらから、どうぞ」

「いえいえ、そちらからで」

「いや……」


 お互い5回づつ譲り、エイミーに押し切られる形で、リンゼから話す事になったが、リンゼと言えば、もじもじとして、羽織ったジャケットから手を出すかどうか迷っている様だった。


 そして、ついにやけくそ! とばかりに、その手をエイミーに差し出した。


「あの、これ」


 と、リンゼは一輪の花をエイミーに差し出した。

 ……けれど一日中、リンゼのジャケットに入っていた白い花は萎れていた。


 それを見たリンゼは、慌て再び花をジャケットに仕舞った。


 ……一瞬、動揺の顔を見せたが、何事も無かったかの様にいつもの無表情となり、


「さようなら」


 と帰ろうとする。


「待って!……ください!!」


 エイミーはリンゼの茶色のジャケットの裾を掴んだ。

 驚き振り向くリンゼ。エイミーはその手を放し「えと、その」と慌てる。


 エイミー自身は「待ってください」と言ったつもりだった。

 しかし「待って」と「ください」が少し間があったせいで、リンゼはエイミーがこの萎れた花を欲しがっていると解釈した。

 リンゼはポケットから再び、萎れた花を取り出して、エイミーに差し出した。


 そして、今日一日中シミュレーションしていた言葉を、リンゼは言った。



「お誕生日おめでとうございます」


「……え!」


 驚くエイミー。


 ――そうなのだ。

 今日はエイミーの10歳の誕生日だった。

 エイミー自身も、忘れていた。


 去年、自分の誕生日パーティを開いた時、ユリアがあまり良い顔をしなかったため今後は行わないで欲しいと父親に懇願していた。

 そのためエイミーの誕生日は食事がエイミーの好きなクリームソース付きチキンライスとカボチャのプリンにしてくれる事となっていた。



「それは、僕の家の花壇に咲いていた花です」


「そ、そうですか。綺麗なお花ですね。……なんと言うお名前ですか?」


「知りません。けれど、母の趣味がガーデニングなので、白い花だけでも10種類くらいありました。その中で、僕がこれを選んだ理由は、これが一番小さくて持ち運び易く、落ち着く良い匂いがしたので、読書している時のリラックス効果に、更に視覚的にも図書館の背景にとても馴染む色合いだったので、プレゼントに最もふさわしいと思いました」


 ずいぶんと論理的にエイミーのプレゼントを選んでくれたらしい。


 いつもはもっと気怠い口調なのに、妙に堅苦しいハキハキとした敬語の説明が不自然だったが、エイミーの事を思って考えて摘んで来てくれた事に胸が熱くなる。


 一方、緊張して要らない事をベラベラと喋ったリンゼは、俯いて震えるエイミーを見て「怒っている」と思った。


 今日の朝、父親から今日は姫の誕生日だから何か贈れと言われた。


 なんで当日なんだよ、と思ったが同じDNAを受け継いでいるリンゼは、きっと父親は忘れていたんだなと読んだ。

 そして花を一輪持って来たが差し出すチャンスが掴めなくて、一日中ジャケットに入れていた花は萎れ、花弁はもう茶色くなっている。


 こんな花を渡されたら、怒り狂うよな……とリンゼは思ったが、思惑は外れた。


「……ありがとうございます! ありがとうございます!! とっても嬉しいです!!」


 涙を潤ませて、その萎れた花をエイミーは大事そうに両手で包んだ。


「大事にします! ありがとうございます!」


「え、そ、そうなの?」


 あまりの喜びように、リンゼは何となく罪悪感を覚え「……あの、良ければ、明日は萎れていない花を持ってくるけど?」と言った。


 すると、エイミーの笑顔が顔いっぱいに零れた。

 その笑顔がとても可愛くて、リンゼはドキリとする。


 その日、エイミーは用意されたご馳走の味も分からないほど興奮し、貰った花を押し花にした。



 ――翌日、リンゼは大きなバケツいっぱいに白い花を摘んで来た。


 エイミーはその思ってもみない量に驚きつつも、バケツを特等席の傍に置いて、リンゼの不器用でありながら、親切な所に、こそばゆい気持ちが湧いたのだった。

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