第2話


 数日後。

 エイミーとリンゼは城の図書館で出会った。


 緩やかなハニーブロンドの髪をひっつめて、エメラルドの瞳を隠す様な大きな眼鏡、小柄なエイミー。


 赤みのかかった癖っ毛を持つ黒髪に、漆黒の瞳。気だるそうな大きな目は幼い時特有の反抗的な雰囲気を醸し出していた。


 リンゼは父親の宰相エルレーンに腕を捕まれてやって来て「いいか、姫様に粗相の無い様に!」と言い残すと、さっさと仕事に戻って行った。


 そんな去り行く父親の背中をずっと睨みつけ、それから諦めたらしく大きく溜息を吐くと、クルリと振り返りエイミーを一瞥するリンゼ。


 エイミーは驚いていた。


 何故なら父親からも宰相からも、この少年について、何も説明が無かったからだ。


 この少年は誰?

 エルレーン宰相の子供??


 そして、リンゼもまた何も説明が無かった。


 その日は父親が「今日は城へ来い」と言われ、行きたくない学校へ親公認で行かなくていいのか! と喜んだのも束の間。気が付けば、目の前にちんちくりんの女の子が困った様な顔して自分を見上げている。


 その眼鏡越しにも視線が痛くて、リンゼは辺りを見渡す。


 ――本ばかり。

 リンゼの嫌いなものの一つだ。


「あ、あの!」


 本を眺めて苦い表情を浮かべていたリンゼに、エイミーが声を掛けた。


「私はイギル国第一王女、エイミー・サウラ・イギルと申します」


 質素な灰色のドレスの裾を持って、ぺこりとお辞儀をするエイミー。

 義理の姉達が居るが、国王の血を継ぐエイミーが継承第一位なのは今も昔も変わりない。


「……ハイライン宰相の嫡男、リンゼ・オイト・ハイラインです」


 リンゼもまた、形式上の挨拶をして、頭を下げる。


 それから暫く沈黙が流れ、たまらなくなったエイミーが言った。


「……あの、私、勉強しても良いですか?」

「どうぞ」


 リンゼは即答して、エイミーに背を向けて図書館の探索をする事にした。

 本の内容よりも、城の構造に興味があったからだ。


 人見知りのエイミーは自分に全く興味の無いリンゼに安堵し、いつもの定位置……図書館中央の聖母像のステンドグラス前のテーブルに腰掛けると、本を読み始めた。





 リンゼの探索は、一時間もすると終わってしまった。

 図書館探索をしたって、隠し扉や隠し通路や、追いかけっこ仲間が見つかる訳でも無く、リンゼは既に飽きていた。


 まだ、太陽は真上にも来ていない。

 夕暮れまで、どうやって時間を潰そうか……。


 元の場所、エイミーが本を読んでいるテーブルに辿り着く。

 彼女はあれからずっと、静かに本を読んでいた。


 リンゼはエイミーが座る席と対角線の一番離れた場所に腰掛けた。

 

 つまらなすぎて、眠気が襲い、昼寝でもしようかと思った。しかしうつ伏せになる前に、好奇心からエイミーを一瞥した時、思わずリンゼの動きは止まった。


 エイミーが泣いていたからだ。


「……」


 エイミーはまさか、自分が見られているとは思わなかった。視線をふと上げると、リンゼと目線があって、思わず恥ずかしさに顔を赤くする。


「あ、ご、ごめんなさい。ちょっと悲しい事が書いてあって」


「……何が書いてあった……ですか?」


 リンゼにとってそんな事、どうでも良かったが目線があって涙を流している以上、無関心は良くないと思ったのだ。

 その程度にはリンゼも気を使える人間だった。


「イギル国の歴史で、大昔、無実の罪にあった王女の話です。戦をしていたハンナ国と通じていたと、疑いを掛けられて、酷い拷問を受けて亡くなっています」


 この国が長い事、隣の大国のハンナと戦争をしていた事はリンゼも知っている。


 しかし長い長い戦のため、お互いの国は士気も下がり、疲れ果ててついに数十年前に停戦条約を結び、小国のイギルは武力を放棄し……永久の戦争放棄を誓ったのだ。


「でも、なんで無実だって分かったんですか?」


「そこが酷いのです。実の父親……国王が、聡明で臣下や民にも人気があり、戦上手とも謳われたメリッサ姫に嫉妬して、無実の罪を着せたんです。そして、拷問して意識が朦朧としている娘に対して、国王は「恨むなら、出過ぎた己の存在を恨め」と臣下の前で声高らかに言ったそうなんです」


「へえ、酷いな……ですね」


「そうでしょう? もっと酷い話はたくさんあるんです」


 そう言って、エイミーはつらつらと読んだこの国の悲劇について話し出した。

 エイミーは幼いながらも話上手で、リンゼは聞き入ってしまい、気が付けば夕暮れになっていた。

 それに先に気が付いたのはエイミーの方で、


「あ、もうこんな時間! 長々とごめんなさい」


 とぺこりと頭を下げた。

 そう言われて、夕方になっているのに気が付いたリンゼ。


 もう、こんな時間!?

 リンゼは信じられなかった。こんなに集中して人の話に惹き込まれたのは初めてだった。


 もっとこの子の話が聞きたい、と思った時、自然と口から出ていた。


「……学校行きたくないから、また明日もここに来てもいい?」


 すると、眼鏡の奥がパッと光り、エイミーは照れながらコクコクと頷いた。


 ――あれ?


 思っていた本心……「もっと君の話が聞きたいから、明日も来てもいい?」と言ったはずなのに……。

 

 声に出たのはリンゼの二枚舌の方だった。

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