第18話 リスクとリターン

 ダナンは、エミーリアのセリフを吟味するように繰り返す。


「”失われたはずの竜魔法についての知識” それが僕に対する君たちの切り札かい?」


「ええ、不満かしら?」


 エミーリアの問いに、ダナンはあごに手を当ててゆっくりと考えながら言葉を発した。


「……そも、他種族の魔法の知識を得ることは難しい。知識とは、宝であり力だ。同じ種族ならともかく、他の種族に自らの宝を差し出すバカはいないだろう」


 彼は無感情な瞳で二人を品定めするように見る。


「そもそも死んでしまっては魔法の探求もくそもない……おそらく君は、君が世界を手中に収めるまで竜魔法のなんたるかを僕に教えはしないだろう。ならば僕は、その知識を得るために世界を敵に回さなくてはならない……リターンがいくら大きかろうと、リスクが巨大すぎる。そもそも、君が魔王になるなんて保証はどこにもない、僕は一生タダ働きをさせられるかもしれない……」


 仮にダナンが仲間になったとして、忠誠心など無い彼をつなぎとめておくには竜魔法という餌がいる。


 ならば、それが与えられるのは目的が達成されたあとだろう。


 しかし、エミーリアは自信たっぷりに笑った。


「それでも、アナタは断らないわ」


「……ほう? それはなぜ?」


 ダナンの問いに、エミーリアは当たり前だとばかりにサラリと答える。


「だってリスクを考えて知識の探求をあきらめるような現実的な人間が、犯罪者と呼ばれてまで魔法の探求を続けるはずが無いじゃない」


 その言葉を聞いた後、ダナンは一瞬呆けたような表情をした後、こらえきれないとばかりに大笑いした。


 それは、エミーリアとローガンがこの部屋に来てから、彼が初めて見せた人間らしい感情だった。


「たしかにその通りだよ竜族の姫。ああ、君はただしい」


 笑いが抑えられないとばかりに口角を吊り上げながら、ダナンは仰々しい様子でエミーリアの前に跪く。


「喜んで仕えようじゃないか未来の魔王殿!あぁ、僕は魔法の探求のためなら世界だって敵に回して見せる!」


 こうして魔法使い ”漆黒のダナン”はエミーリアの配下となった。


 笑みを浮かべるエミーリアと、まだ笑い続けているダナンのそばで、騎士ローガンだけが冷たい視線でダナンを油断なく見つめているのだった。

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