第17話 村外れの小屋

 壁一面に敷き詰められた本棚には、分厚い本が几帳面に並べられ、狭いスペースには見たこともない異様な道具が大量に置かれている。


 火にくべられている鍋の中身は、黒色のドロリとしたモノがぐつぐつと煮えたぎっていた。


 鉄の焦げたような刺激臭がツンと鼻をつく。


 その中央に、そいつは居た。


 この小屋の主。


 野党たちの親玉。


 要人殺しの宮廷魔法使い。


 ”漆黒のダナン”……。


 ひょろりとした細い体躯。戦士の体ではない。


 手入れのされていないモサモサの黒髪に、精気の感じられない虚ろな漆黒の瞳。


 強そうには見えない。


 しかし目の前の男は、要人を殺し国を追われた悪党……油断はできない。ローガンはいつでも抜刀できるよう、静かに呼吸を整えた。


「なんだ君たちは? 見ない顔だ……村人じゃないみたいだけど?」


 ダナンはボンヤリとした口調で二人に問いかける。特段、敵意は感じられなかった。


 エミーリアが一歩前に出る。


 ダナンの瞳を真っ直ぐに見つめ、小さな胸を張って堂々と答えた。


「アタシはエミーリア・L・ドラゴ・エレオノーラ! 偉大なる竜王の末子! 最後の竜姫よ!」


「竜族……ね。まだ生き残りがいたとは驚いたよ。それで? 竜族のお姫様が何の用かな? こうみえて僕は忙しいんだ。簡潔に頼むよ」


 口では驚いたと言うものの、ダナンに感情の起伏は見えない。一定の口調で淡々と喋っている。


「”漆黒のダナン”アナタをスカウトしに来たわ」


 エミーリアは竜族にふさわしい、堂々たる動作でダナンに手を差し伸べる。


「アナタの力で、このアタシを魔王にして欲しいの」


 ローガンをスカウトしたときと同じように、エミーリアはダナンを誘った。


 ダナンは光のない澱んだ瞳で差し伸べられたエミーリアの手を見て、それから視線を隣に控えているローガンに移した。


 小さくため息をついて、ダナンは口を開く。


「魔王……ね。それで? もし断ったら隣の怖いお付の人が僕を斬り殺すのかい?」


「そんなことはしないわ……そして、アナタは決してこの誘いを断らない」


「随分な自信だね。言っておくけど、僕は犯罪者ではあっても虐殺の趣味はないし、別に人類を敵に回そうなんて思ってもいない。魔王なんて頓狂なものに一欠片の興味もないんだよ?」


 ヒラヒラと手をふるダナンに、エミーリアはニヤリと口角を釣り上げた。


「この部屋を見たらわかるわ。アナタは魔法という深淵の知に取り憑かれた、誰よりも純粋な魔法使い……きっと魔法の探求以外に興味なんてないんでしょ?」


「そこまでわかっているなら、なぜ僕をスカウトする? 答えはNOだとわかりきっているだろう?」

「いいえ、アナタはきっと断らない」


 エミーリアは目を見開き、身を乗り出した。


「なぜなら、私は失われた竜魔法を継承した、世界で最後の存在なのだから」

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