第18話 我慢できないお年頃

「……うぅ、うぅ、えぐ、えぐ、うわああああああん!」

「な、泣くなよ真白! みんな見てるから!」


 おろおろしながら、声を上げて泣き出す真白をなだめる。

 翌々日、冒険者ギルドで朝食を食べている最中の事だった。

 周りの冒険者や職員さんが、今度はどうした? と心配するような視線を向けている。


「だって、ひっぐ、だってぇ!」


 ぐしぐしと目元を拭いながら、赤ちゃんの腕ぐらいあるソーセージを頬張る真白。

 いや、泣くか食うかどっちかにしろな?


「昨日読んだガブリンターミネーター! 思い出したらまた泣けてきちゃったんだもん!」


 今日もまた、盛大な溜息が冒険者ギルドに響き渡る。

 ……あーアホらし。心配して損した。

 そんな顔でこちらを見ていた人達が視線を戻す。

 なんかもう、本当ごめんなさい……。


 †


 時は遡る。

 ガブリン窟でボコボコにされた翌日、真白はやる気満々だったけど、俺の希望で狩りは休みにする事にした。


 ライフはヒールで回復したし、別に怪我をしたわけでもなかったけど、あんな事があったばかりだ。無茶をした分そこそこのお金は手に入ったので、二度とあんな目に合わない為にも、新しいスキルを覚えて戦力を強化したり、街をぶらぶらしてデートっぽい事をしたりして、頑張った真白自分達にご褒美をあげたかった。


 そんな気持ちを伝えると、真白はまだ、俺が焦ってお金を貯めたがっていると思っていたようで、実はあたしもそうしたかったと打ち明けてくれた。


 で、なんとなく街に繰り出した。


 とりあえず、俺のインベントリーがパンパンだったので、鍛冶ギルドに行って前日にガブリン窟で採掘した鉄鉱石を買い取ってもらった。


 大した量じゃなかったので、冒険者ギルドで買い取って貰ってもよかったのだけど、折角採掘スキルを取ったので、鍛冶ギルドを見学したり、ギルドの人の話を聞いてみる事にしたのだ。


 それで結局、採掘スキルは真白が担当する事になった。採掘は重労働なので、STRが低いと大変だし、スタミナの消費も激しい。魔法職の俺のステータスでは、まったく向かないスキルだった。


 加えて、つるはしを振り回す関係上、剣術や鈍器術のような武器スキルを覚えていると、少しだが採掘が有利になる。同じように、採掘はそれらの武器を扱うのにボーナスを与えるらしい。


 でも、それだと俺が申し訳ないので、鍛冶スキルを取る事にした。採掘で手に入る鉱石は不純物が多いので、そのまま売っても大した値段にはならないし、ものすごく重いので、すぐにインベントリーが一杯になる。


 それでは折角採掘を取っても大した稼ぎにはならない。携帯用の魔法の炉とそれを使いこなす為の鍛冶スキルがあれば、その場でインゴットに出来るので、軽くなった分もっと掘れるし、買い取り額も増える。


「いーじゃんそれ! あたしが掘って、刹那が溶かして! 二人で協力してるって感じがしてめっちゃいいよ!」


 と、そんな感じで真白も物凄く喜んでくれた。


「刹那の鍛冶スキルが上がったら、あたしの剣とか鎧とか作れるようになるって事でしょ!? 彼氏の剣で戦えるとか……ロマンチックすぎだよ……」


 しまいには、夢見る乙女の顔でそんな事まで言い出す始末。

 俺としては、戦闘系のスキルが育つまでの繋ぎというか、あくまで鉱石を溶かす為のちょっとした副業スキル的な扱いで、真剣に上げるつもりは全くなかったのだが……。


 そんな風に喜ぶ真白の顔を見てしまったら、それも良いかなと思ってしまった。

 別に俺も、最強の魔法使いを目指しているわけじゃないし。お互いに強くなればその分安全になると思っていたけど、戦う事しか出来なければ、結局強くなった分、もっと危険な場所で狩りをするだけだ。


 二人で生産スキルに手を出せば、その分戦わなくて済むので、結果的に安全になるかもしれないと思い直した。

 それに俺も、俺の作った武具で真白が戦うのは、ものすごくロマンチックだと思う。なんだかんだ俺も、バカップルの片割れなのだ。


 そんな感じで、当初の目的とはズレてしまったが、俺達は新たなスキルを習得した。勿論、それとは別に、戦闘に役立つスキルも幾つか習得したけど。


 その後は、いい時間になったので、真白が前から行きたがっていた焼肉の店に入った。


 腕兎や角バッタのような知っている魔物の肉もあれば、豚モグラや鉤鳩のような知らない魔物の肉もあった。普通の牛とか羊とか鶏の肉もあって、ちょっと意外だった。


 例によって真白は未知の食材にチャレンジし、俺は久々に食う普通の肉の味を懐かしんだ。……魔物料理に慣れてしまうと、ちょっと物足りないような気もしてしまうけど。


 散財してしまったので、あまりお金がなくなった。いい天気だし、普段一人用の小さなベッドに身を寄せ合って寝ているので、例の森林公園にベッドロールを広げてのびのび昼寝でもしようかという事になった。


 ……言い出したのは真白で、俺はそれでもよかったけど、気を使わせてしまったような気がしてちょっと申し訳ない。


 昼間の公園では、同じような駆け出し冒険者が稽古をしていたり、若めの主婦っぽい集団が、エクササイズ用のぴっちりした服を着てヨガっぽい事をやっていた。


 ……そんな気は全然ないのだけど、なんというか、蛍光色のぴったりした服を着てお尻を突き出したり、胸を反らしたりされると、挑発でも受けたみたいに、視線が勝手にそちらへと吸い寄せられてしまう。


「……刹那ぁ?」


 だからまぁ、普通に真白に怒られた。


「やっぱりああいう、おっぱい大きい女の人がいいだ……」


 臍を曲げて、口を尖らせて、スレンダーおっぱいを撫でながら真白は言うのである。

 だから俺は、違う! そんな事ない! 確かに大きなおっぱいは好きだけど、俺が好きなのは真白のおっぱいで、他のおっぱいには興味ないんだ! 的な事を弁解する羽目になった。


 それで一応許しては貰えたけど、まだちょっと納得してない感じで、ヨガをしていた女の人達にも笑われてしまった。あらあら、まぁまぁ、若いわねぇ、可愛いわねぇと、そんな感じで。


 そしたら今度は真白の方が、ランニングコースを走っているマッチョな冒険者っぽい男の人とか、長身色白細マッチョのエルフとか、ワイルドな犬耳獣人とか、ダンディーなドワーフのおじさんを気にしだした。


 どいつもこいつも半裸みたいな恰好で、ぴっちぴちのホットパンツで股間をもっこりゆさゆささせている。

 ……異世界人、デカすぎだろ。


 俺はすっかり自信を無くし、拗ねてしまった。


「……真白だって、俺みたいなヒョロガリより、ああいうマッチョで男らしい奴がいいんじゃないか?」

「そ、そんな事、ないし!?」


 人の事は言えないが、真白は嘘が下手なのだ。分かりやすく声を裏返らせて、右に左に目を泳がせる。それでもう、俺は悲しいを通り越して不安になってしまった。


「そんな顔しないでよ! あんなエッチな格好で雄っぱいムチムチさせられたら、見たくなくても気になっちゃうの! 刹那と同じでつい見ちゃうの! あたしが好きなのは刹那だけで……あれだよ! ラブとライクの違いみたいな!?」


 必死になって弁解する真白を見ていたら、怒る気持ちもなくなったけど。

 でもやっぱ、あーいう男がいいのかぁ……とは思ってしまう。


 ……やっぱ俺が前衛をやっていれば。いや、魔法を極めれば、バフでマッチョになれないか? ちょっと今度、真白がいない時に試してみるか……。


 そんなやり取りをしていたら、ランニングしてる人達にも笑われてしまった。


 もう俺達は、お互いに知らない人達に視線を奪われ、あらぬ容疑をかけたりかけられるのはこりごりだったので、ガブリンターミネーターさんに貰った漫画を読む事にした。


 大きな木の根っこにベッドロールを被せて、それを枕のようにして、二人で並んで漫画を読む。なんか、漫画喫茶でデートしてるみたいで、いい感じだ。こういう時、俺はオタクなんだなって実感する。


 ガブリンターミネーターは、呆れるくらい清々しいパクリ漫画だった。


 オリジナル要素もそれなりにあるけど、日本だったら余裕で訴えられているレベル。

 それでも、娯楽に飢えていた俺達には面白かったし、パクリである事に目瞑れば、やっぱり結構面白かった。元が面白いんだから当然だけど。


 あらすじはこんな感じだ。


 主人公はエルフの森に住む、戦士の家系の少年エルフ。近くにはガブリンの湧く洞窟があって、そこのガブリン達と戦うのが戦士達の役目だ。


 主人公は将来を有望される優秀な戦士で、だからこそ、一生を雑魚モンスターのガブリンを狩る為に費やすなんて我慢できなかった。


 彼には幼馴染の彼女がいて、ある日、二人で一緒に森を出ようと提案する。広い世界に出て、一緒に楽しく暮らそうと。


 幼馴染の女の子は、そんな危ない事は出来ないと誘いを断る。自分はエルフの森しか知らない。外の世界は危険がいっぱいで、二人じゃ生きてはいけないと。


 だったらと、エルフの少年は提案する。いつか必ず、僕はすごい冒険者になって、立派な家を建てて、君を迎えに行くよ。その時は、僕と一緒に来てくれるかい?


 二人は約束を交わして、少年は冒険者になる為に旅立った。


 十年後、忍者マスターの元で修業し、凄腕の忍者エルフとなった彼は、とある平和な国に慎ましい一軒家を建てて、エルフの森に彼女を迎えに行った。


 そこで彼を待っていたのは、大量のガブリン達だった。


 彼が旅立った後に、洞窟のガブリンが大量発生する事件が起き、森に住むエルフ達は皆殺しにされ、エルフの森はガブリン達に乗っ取られてしまっていたのだ。


 男は後悔した。僕が残っていれば、こんな事にはならなかったのに。

 そして、その場にいたガブリンを皆殺しにし、穢されたエルフの森に火を放った。


 そして男は誓ったのだ。


 この世から、ガブリン共を一匹残らず抹殺してやる。


 魔物は神の力によって生み出される。だから、そんな事は不可能なのだ。

 それを理解しながら、彼はガブリンターミネーターを名乗り、今日もガブリン共を狩り続ける。


 それが彼に出来る、唯一の贖罪なのだから。


「びぇえええええええええええええ!」


 多分、俺達に境遇を重ねたのだろう。

 読み終わる頃には、真白はギャン泣きである。


 不覚にも、俺も結構感動してしまったけど、隣で真白が大泣きしているので、それどころではなくなってしまった。


 公園ランナーやヨガの主婦っぽい皆さんに心配されつつ、俺は必死に真白をなだめて、公園をあとにする。


「続き! 読みたい! どーしても、読みたい!」


 目を真っ赤に腫らし、ぐすぐす泣きながら、真白は言うのだ。


 そりゃ、俺も読みたいよ? パチモンだけど、結構面白かったし。パチモンだけど、気になる所で終わってたし。


 でも、この世界の漫画は、日本のそれとは比べ物にならないくらい高いのだ。それでも、この手のファンタジックな異世界にしては、格安なのだろう。駆け出しの貧乏冒険者でも、背伸びをすれば買えない事もない。二人で格安の焼き肉屋で豪遊するのと同じくらいの、ちょっとした贅沢くらいの値段である。


 聞いた話では、書写スキルという物があって、それで本を複製出来るから、漫画本だってそこまでべらぼうに高くはないという事らしい。


 でも、今日は既に結構お金を使ってしまったし、漫画一冊にそんなお金をかけられる余裕は今の俺達にはない。真白だって、読み終わったばかりで感動しているから、勢いで言っているだけなのだ。何日かすれば熱狂も醒めているはずである。


 ここは歯止め役の俺が冷静に諭して、もうちょっと我慢しような? と言う場面だろう。


 でも、無理だった。だって、可愛い彼女のお願いだ。しかも泣きながらだ。どーしても、読みたい! である。お金がないからダメだなんて、かっこ悪くて言えない。


 なので、大奮発して、二巻だけ購入した。


 宿に戻り、二巻を読んで真白は大泣きし、刹那も読んで! と渡されて、やっぱり俺もウルッとした。流石に真白もすぐに三巻をねだるのは悪いと思ったのか、ぐすぐすしながら、眠るまで、一巻と二巻を何度も何度も読み返していた。


 †


 で、すっかりドハマりして、朝ごはんを食べている最中に、思い出し泣きをしているというわけだった。


 確かに泣ける話だったけど、外ではちょっとやめて欲しい。というか、宿でもあんまりよろしくはないけど。壁が薄いから丸聞こえで、共用トイレに行ったら、出会った冒険者の全員に心配されてしまった。俺達のバカップルぶりは噂になっているから大丈夫みたいだけど、知らない人が聞いたらDV彼氏だと思われかねない。


「うぅぅ……ダメ。続き、気になるよぅ……三巻、読みたいよぉ……」


 ボウルに入った山盛りのベーコンマッシュポテトをかきこみながら、真白は言う。


「……いや、気持ちは分かるけど。流石にそれは……」


 漫画一冊で、貧乏冒険者二人が二日暮らせるくらいの値段である。


 昨日はついつい甘やかしてしまったが、この辺で止めておかないと、有り金が全部ガブリンターミネーターになってしまう。


「お金ないのはあたしも分かってるよ! でも、どーしても読みたいの! だから、頑張って稼ごう!」

「お、おう……」


 めらめらと、決意を燃やして真白は言う。

 まぁ、どっち道お金は必要だし、頑張って稼ぐ事に異論はないんだが……。


「大丈夫! あたしが欲しいんだから、お金はあたしが出すから! 刹那には、迷惑かけないから!」


 食べ終わると、勢いよく立ち上がって真白は言う。

 ちなみに、昨日買った二巻は割り勘である。


「……俺も読むんだ。そういうわけにはいかないだろ」

 

 あと追って、俺も立ち上がる。


「でも、いいの? 漫画、結構高いよ?」

「仕方ないだろ。俺だって、読みたいんだからさ」


 今の状況で漫画にお金を使うのはどうかと思う。

 でも、セコイ事を言って真白に嫌われたくない。


 それに、俺達はもう、地球人でも学生でもない。

 自由気ままな冒険者稼業だ。


 そんな風に適当で無軌道に生きたって、誰かに文句を言われる筋合いはないのである。

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