第19話 リベンジ

 そういうわけで、またガブリン窟にやってきた。


 ガブリン窟はそんなに稼ぎが良いわけじゃないし、つい先日死にかけたばかりだから、正直ちょっとトラウマになっていた。でも、折角真白が採掘スキルを取ってくれたから、それを生かせる場所で狩りをしたい。二人で協力して、沢山掘って鉄インゴットを作れば、それなりに稼げるとは思う。


 それに、ガブリンスレイヤーを読んだ影響で、俺も真白もガブリンにリベンジしたい気持ちでいっぱいだった。ガブリン許すまじ! ガブリン殺すべし! ガブリン抹殺すべし!


 特に真白は負けん気が強いから、負けっぱなしは嫌だろう。俺はヘタレだけど、真白の彼氏になったからには、ガブリンなんかにビビっていたくない。


 お互いに新しいスキルを取ったし、採掘や鍛冶スキルも試したいし、なによりもトラウマを乗り越えたいので、あえてガブリン窟を選んだのだった。


 ……なんとなく、入口の前で足が止まる。


 見えない壁でもあるみたいに、俺達はそれ以上進めなくなってしまった。


 一昨日死にかけた事を思い出し、心臓が嫌な感じにドキドキする。息が上がって、頭がくらくらした。やっぱり怖い。ものすごく、怖い。俺達が生きているのは、ただの幸運でしかない。身体はその事よくわかっていて、行きたくないと駄々をこねる。


 ……やっぱ、別の場所にした方がいいかもしれない。こんな状態じゃ、俺も真白も普段通りの実力を出す事は出来ない。これは逃げじゃない。戦略的撤退だ。


 そんな事を考えていたら、俺はふと、隣で真白が震えている事に気付いた。


 でもそれは、ただ怖がっているのとは違う。

 見えないなにかと心の中で戦っているような、必死な表情だ。


「……大丈夫。二人で力を合わせたら、ガブリンなんかに負けやしないさ」


 ごく自然に、当たり前のように、そんな言葉が口から出た。見栄を張ったわけじゃない。辛そうな真白の横顔を見ていたら、言うべき言葉が勝手に飛び出した。


 ここで尻尾を巻いて逃げても、俺はそんなに気にしない。臆病者だから、かっこ悪いなぁって思うけど、しょうがないって思うだけだ。でも、真白は違う。真白は戦士で、気高い心を持っているのだ。向こう見ずだけど、結構ストイックで、ガブリンに負けた事より、自分に負ける事を気にするタイプ。だから、逃げちゃったら物凄く落ち込むと思う。


 彼氏以前に、俺はずっと真白の親友だったのだ。

 だから、分かるんだと思う。


「……うん。あたし、頑張る」


 震えは止まっても、真白の身体はまだ強張っていた。


「二人で頑張る、だろ?」


 ニヤリと笑うと、真白は呆れたような顔をする。


「そうだけど……かっこつけすぎ!」

「ほら、よく言うだろ? ホラー映画とか、自分よりビビってる奴がいると怖くなくなるみたいな。アレだよ」


 俺だって怖いさ。でも、怖がる真白を見てたら、怖くなくなるんだ。

 男って多分、そういう風に出来てるんだ。


「もぉ! いつもは刹那の方が怖がる役なのに!」


 拗ねたように真白がむくれる。もう震えてないし、身体も強張った感じはない。

 お互いに、まだいつも通りではないけれど、一層なら大丈夫だろう。


 いや、大丈夫だ。


 俺はもう、二度と間違えたくない。それはきっと無理なんだろうけど、その努力はしたい。だからもっと心配性になって、ちゃんと俺と、そして真白の力を信じるんだ。


 暗視を唱えて、二人で視えない壁を越える。


 しばらく進むと、俺は右手を上げて真白に停止するように伝えた。


 新しく覚えた探知スキルの効果だろう。洞窟を曲がった先に、ぼんやりと何かがいるような予感がした。探知は人や魔物の気配を感じたり、隠された存在を暴く事が出来るスキルだ。不意打ちを防ぎ、先手を取りやすくなる、強力なスキルである。


 本当は真白に取って欲しかったけど、あたしすぐ熱くなっちゃうから、そんなの取っても生かせないよ! と言われてしまった。その通りだけど、だからこそ真白に取って欲しかった。でも、それを言い出したらまた同じ事の繰り返しなので、俺が取る事にした。


 物音を立てないように、忍び足で曲がり角から顔を覗かせる。


 一昨日殺しまくったばかりなのに、もう新しいガブリンキャンプが出来ていた。


「どうする?」


 口の動きだけで真白が聞く。声に出さなくても、俺達はお互いの口の動きだけで会話できる。小学生の頃、授業中に先生に隠れてバカ話をする為に身に着けた技術だ。まぁ、たいていの場合、途中でどちらかが笑い出して怒られるんだけど。


「まずは不意打ちで魔法をぶち込む。その後は、この前みたいな感じで。真白が不屈の叫びでタゲ取って、俺が援護。基本真白は好きに動いていいよ」

「いいの?」


 真白が目を丸くする。今のいいの? は不屈の叫びを使ってもいいの? という意味だ。俺は真白がタゲ取りをする事に反対していたから、挑発効果のある不屈の叫びは使わないでくれと言ってあった。


 でも、それは俺のエゴなのだ。真白は前衛の戦士で、魔物を引き付けるのは当然の役目だ。真白が好きだからってそれをやらせないんじゃ、束縛彼氏になってしまう。テレビとかネットで見て散々馬鹿にしてた癖に、いざ自分がその立場になると、無自覚にやってしまっていた。好きだからこそ、信じて、任せないといけない。じゃないと、真白はいつか俺の事を嫌になってしまうだろう。


 ……心配だけど。ものすごく心配だけど。信じるったら信じるんだ!


「あぁ。俺はへなちょこの魔法使いだし、真白の方が堅くて戦闘も上手いからな。ありがたく守って貰うさ」


 それを聞いて、真白は嬉しそうに頷いた。萎れた花が息を吹き返すように、どんどんいつもの真白に戻っていく。それを見て、俺も元気が出た。


「そんじゃ行くぞ。魔弾!」


 魔力の弾丸が、洞窟の中を流れる川に向かって立小便をしていたガブリンの後頭部を吹き飛ばす。……川の水、使わないで正解だったな。


「イヤーッ! ガブリン抹殺すべし!」


 ロングソードを両手に構え、ノリノリで不屈の叫びを使いながら真白が飛び出す。その背中に手早く筋力と敏捷のバフをかける。


 硬化をかける前に射程外に出てしまったが、どのみちかけるつもりはなかった。過剰なバフは財布を圧迫するし、そもそも日常的にすべてのバフをかけている状況が異常なのだ。


 なぜ俺達は二層で死にかけたのか、俺は沢山考えた。理由は色々あるだろうが、その一つは間違いなく俺の過保護にあると思う。普段からバフを常用しているせいで、真白に実力を勘違いさせてしまった。バフがないと戦えない相手は格上で、本来なら戦うべきはないのだ。全てのバフをかけている状態は、それ以上伸びしろがない。そんなギリギリの状態を通常の戦闘力と考えてはいけなかったのである。


 でも、それを言うと真白は自分を責めるだろうから、俺は言わない。その代わり、様子を見て少しずつバフを減らしていこうと思う。最終的に、バフなしで一層のガブリンキャンプを蹴散らせるようになれば、二層にチャレンジしてもいいんじゃないかと思う。


 そうなるのに、さほど時間はかからないと思うが。


 硬化をかけなかったのは、その必要がないと思ったからでもある。


 真白は、ある時は剣の達人みたいに紙一重で、またある時は新体操の選手みたいな無茶な動きで、ガブリンの振るう棍棒を巧みに避けている。


 これが真白の覚えた新スキル、軽業アクロバットだ。文字通り、身のこなしが軽くなり、避けるのは勿論、飛んだり跳ねたりといった動きも機敏になり、無理な姿勢からでも攻撃を放てるようになる。攻撃にも防御にも役立つ便利スキル。というか、便利じゃないスキルなんて存在しないのだろうけど。


 真白は真白で、口には出さないけど、俺のバフを過保護だと思っていたのだろう。それに対する答えとして、大丈夫だよ、そんなのなくてもあたしは攻撃くらわないよと、そんな意思表示のつもりでこのスキルを取ったのだと思う。


 俺達はバカップルだから、すれ違う事もあるけれど、それ以上に通じ合っているのだ。


 舞う様に華麗に戦う真白に見とれながら、俺はおこぼれのガブリンを狙撃する。


 程なくして、俺達はなんの問題もなくガブリン共を抹殺した。


 イヤーッ!


 †


 まぁ、前回だってさほど苦戦はしなかったから、一層のガブリンに勝てるのは当たり前だ。

 本命は、真白の採掘と、俺の鍛冶スキルである。


「ガブリンターミネーターの為ならえ~んやこ~ら~」


 語呂の悪い口上を唱えながら、見つけた採掘スポットに向けて真白がつるはしを振り下ろす。俺の時とはまるで違う、ぞくりとする程鋭い風切り音。つるはしの先端がガキン! と岩肌に打ち込まれ、火花と共に鉱石が剥離する。


 真白の足元にはバケツが置いてあって、ある程度掘ったら鉱石をそこに集めて、俺の所に持って来てくれる。


 ……別に俺が取りに行ってもいいんだけど、全然そのつもりだったんだけど、刹那はSTR低いからいいよと言われた。……確かに真白に比べたらカスみたいなSTRだし、鉱石が山盛りに入ったバケツを持つのは大変だけど……持てない事はないからな!?


 こういうのも、ハラスメントの一種だと思う。なにハラだ? 誰かうまい呼び方を考えてくれ。


 で、俺はと言うと、探知スキルで周囲を警戒しつつ、真白のすぐ近くで、う~んでも、楽しそうにつるはしを振るう真白はかっこいいし可愛いなぁ……。と鼻の下を伸ばして、つるはしを振る度に突き出されるお尻をこっそり盗み見たりしながら、魔法の炉で鉄鉱石を鉄インゴットに変えていた。


 俺はどこにでもいるタイプの、ごく普通の頭がよくないタイプの高校一年生だ。異世界転生した所で、現代チートを出来るような知識は持ち合わせていない。そもそもそういうのは、既に転生した先輩達が粗方やりつくしているような感じがある。


 ともかく、俺は鍛冶とか製鉄に関する知識なんかこれっぽっちもないけど、それにしたってこれがインチキだって事はなんとなく理解出来た。


 魔法の炉は鍛冶ギルドでレンタル出来る。見た感じは、ペダルのついた風呂場の椅子に大きなバケツが乗っかったような代物だ。使い方は簡単で、バケツ部分に採掘した鉱石を放り込んでマナを送り込むだけでいい。すると、バケツの内側が真っ赤に焼けて、鉱石が溶解し、分離した不純物が灰汁みたいに浮かび上がって固まるので、トングで掴んで捨てる。炉の下にインゴット用の型をセットしてペダルを踏めば、バケツの底の小さな蓋が開いて、溶けた金属が型に流れ込む。


 絶対こんな簡単なわけはないと思うし、こんな玩具みたいな仕組みで上手くいくわけないと思うけど、ここはそういう世界なのだ。


 なんだかなぁとは思うけど、簡単で困るわけじゃないし、スキルがあるような世界にツッコミを入れても仕方ない。ともかく、そういう仕様なので、結構マナを消費する。そういう意味では、採掘と鍛冶を分担したのは良かったのだろう。


 そんな感じで俺達は、一層のガブリンを抹殺しつつ、採掘ポイントを探して回っては、真白が掘り、俺はそれをインゴットにした。


 真白が立ちっぱなしでえっさほいさとつるはしを振っている横で、俺だけ呑気に座っているのは申し訳ない感じがした。


 真白は全然気にしてないし、スキルのお陰でそんなに疲れた様子もなかった。むしろ楽しそうだし、筋トレしながらお金稼げてラッキーみたいなテンションだったけど、やっぱこう、男としてなんか悪い気がする。俺は俺で、マナを沢山使うのは期末テストを受けてるみたいな気疲れみたいなのがあるんだけど、それでもやっぱり、悪い気がした。そういうのが、俺のよくない所なのだろうけど。


「そう? あたしはこうやって身体動かしてる方が楽しいし。刹那も座ってる方が楽でいいでしょ?」

「そうだけどさぁ……」

「本当、刹那は見栄っ張りなんだから。こうやってお喋りしながらお金稼げるんだから、それでよくない?」

「そうだけどさぁ……」


 その通りなので、そうとしか言えない。

 見栄っ張りというのは身も蓋もない気がするけど、つまりはそういう事なのだろう。


 ズバッと言ってくれるのは、真白の良い所だと思う。

 俺だって、ガブリン相手に斬った張ったをするよりは、こうして真白としょうもないお喋りしながらのんびりする方が気楽でいい。


 真白的には、ガブリン退治の箸休めみたいな扱いっぽいけど。


「おし! 終了! さぁ! ガブリン抹殺して、次の採掘ポイントに……」


 ぎゅるるるると、真白の腹が鳴った。

 それで急にどうにかなるはずはないんだけど、真白はへたりと座り込む。


「刹那えも~ん、お腹が空いて力が出ないよぉ~」

「それ、違う奴だから」


 俺はこっそり用意しておいたBLTバニーレッグサンドの入った包みをインベントリーから取り出す。


「これ終わったら飯作るから。それまでこれ食って我慢してくれ」

「わぁい! するする!」


 大喜びで飛び付くと、真白はあっと言う間にサンドイッチを平らげて、名残惜しそうにちゅぱちゅぱと汚れた指を舐める。


「手も洗わないで、腹壊しても知らないぞ?」

「えへへ。そしたら刹那の解毒キュアで治してもらうもん」


 二人での共同作業が余程楽しかったらしい。

 真白はすっかり甘えん坊モードに入っていた。


 ……俺の彼女可愛すぎだろ。

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