第9話 俺の話を聞いてくれ

「ッテェエエエイ!」


 気合の掛け声と共に真白が剣を振る。

 横薙ぎの一撃が、草刈りでもするように腕兎の両耳を根元から切断する。


「タァッ!」


 そのまま流れるように刃を翻し、一刀両断。


「フンッ! 戦い方さえわかれば、あんたなんか敵じゃないんだから!」


 動かなくなった腕兎に踏ん反り返って勝ち誇る。最初の苦戦はなんだったのかというくらい、真白はあっさり腕兎を倒してしまった。


 二人がかりでボロボロにされて、雑魚モンスターなのに強すぎだろ! とちょっと自信を失っていた俺達だが、なんてことはない。俺達が無知で、戦い方が悪かっただけだった。


 腕兎は腰の高さくらいの大きさなので、上段から武器を振り下ろすには丁度いい。向こうもそれは分かっているのか、振り下ろされた武器を掴む事に関しては、かなりの技量を持っている。普通レベルの冒険者だって、上段からの攻撃は止められてしまうという。見習いレベルの真白なら言わずもがなだ。


 でもそれだけだ。大きな耳は上を向いているので、上からの攻撃にはめっぽう強いが、それ以外はなんてことない。それを知ってさえいれば、横薙ぎの一撃で耳を落として無力化出来る。正真正銘、新人向けの雑魚モンスターである。


「ねぇ刹那! 今のあたし、かっこよくなかった?」


 振り返り、天使の笑顔を向ける真白の横で、がさりと草原が揺れた。

 猛スピードで飛び出したのは、中型犬くらいあるでかいバッタ。


 つのバッタ。バッタモンスター。鋭く尖った角みたいな頭部に要注意。発達した脚を使って、ミサイルみたいに突っ込んでくるぞ。角のように見えるけど、ただの外骨格だ。四角い身体のかくバッタとは無関係。Byモンスター図鑑。


「きゃぁ!」

魔盾シールド!」


 用心していた俺は、即座に最低難易度、クラス1の白魔法を唱える。

 真白の真横に光の盾が現れて、突撃してきた角バッタを弾き返した。

 着地した角バッタはギチギチと鳴いて、再度真白に突撃しようと身を屈める。


「させるかよ! 魔弾!」


 突き出した右の掌から、拳大の魔力の砲弾が飛び出して角バッタの脇腹にめり込んだ。

 虫系モンスターの外骨格は硬いので絶命には至らないが、魔弾を放ったのはダメージを与える為じゃなく、バランスを崩して隙を作る為である。


「うがああああああ! 彼氏の前で恥かかせんなあああああ!」


 怒り狂った真白が距離を詰め、ロングソードを力いっぱい振り下ろす。


 硬い外骨格もなんのその。上昇したステータスと熟練度の上がった剣術スキルにより、一撃で真っ二つにする。


 現状、このバカップルパーティーのメイン火力にして最大火力である。


「うぅぅ! せっかくかっこよかったのに、台無しじゃん!」


 悔しそうに唇を噛むと、すっかり解体担当になった真白が、倒した魔物の素材やドロップアイテムを回収していく。


「強くなったからって油断してるからだぞ」


 俺の指摘に、真白の頬が風船みたいに膨らんだ。


「いーじゃん別に! あたし強くなったんだから! あのくらいの攻撃、受けたって平気だもん!」


 その通りではあるのだろう。ステータスが上がって、真白は頑丈になった。防御力が上がれば神様の加護で諸々のダメージは物理的に軽減される。それを越えたダメージも、ライフという名のバリアに吸収される。痛みや衝撃が全くないわけではないが、普通にそれらを受ける事と比べたら、屁みたいもんだ。


 半月程ここで狩りをして、俺達もこの世界の仕組みにはある程度詳しくなったのである。


「俺が平気じゃないんだよ。真白が怪我したら、嫌だろうが」

「そん時は刹那のヒールで回復して貰うから平気だもん!」

「俺は、真白にヒールをしなくてもいいように勝ちたいんだよ。真白だって、俺が怪我したら怒るだろ?」

「刹那はあたしが守るから、怪我なんかしませ~ん!」

「そんな屁理屈こねるようじゃ、ここを卒業するのはまだ早いかな?」

「やだやだ! もうここの敵じゃ熟練度全然上がんないし! 別の魔物と戦いたいよ~!」


 ジト目を向ける俺に、真白は駄々っ子みたいに地団駄を踏む。


 クソ可愛い。油断すると顔がニヤけてしまいそうだ。

 可愛い彼女を持つと、お説教をするのも一苦労である。


 そういう訳で、なんか俺達は思ったよりも早く強くなっていた。


 †


「俺達さ、絶対なんかチート貰ってると思うんだよな」

「それよりさ! これ見てよ! 砂の国アリーヴィアだって! 流砂海域っていうのがあって、砂の上を船が走ってるんだって! 凄くない!? でさでさ、なんと砂の海で蟹とか牡蠣が獲れるんだって! 食べてみたくない!?」


 旅行代理店のチラシを手に、目をキラキラさせながら真白は言う。

 冒険者ギルドの片隅。一仕事終え、いつの間にか俺達バカップルの指定席となった奥のテーブルで、夕食を食べている所だ。


「……そりゃ、食べてみたいし面白そうだけどさ」

「でしょでしょ! で、こっちは人魚の国ムー! 海の底にあって、潜水艇で行くんだって! 凄くない!? 映画みたいじゃない!? 通常コースだと水中呼吸のポーションなんだけど、オプションを払うと魔法で一時的に人魚にしてくれるんだって! 激ヤバじゃない!? お刺身とか美味しいんだろうなぁ~……じゅるり」


 〇〇〇〇ー映画のポスターみたいなチラシを取り出して、真白が涎を垂らす。まぁ、女の子はこういうの好きそうだし。水着のブラ一枚で泳ぎ回ってる綺麗な人魚のお姉さんには心惹かれるものがあるけど。ていうかこれ、下は裸って事になるのか? ヤバくね? オプションつけたら、人魚姿の真白を見られる? おいおい、ヤベェだろ! って、バカヤロウ! 俺も一緒に涎垂らしてどうすんだ!


「……人魚の世界に刺身はないんじゃないか? ていうか俺の話をさ」

「そんな事ないでしょ! お魚だってお魚食べるし、魚類が魚類食べちゃダメなら、あたし達だって哺乳類食べられないじゃん! ていうか上半身は人なんだし、水の中じゃ煮たり焼いたりできないんだから、絶対お刺身が発達してるはずだよ!」


 力強く台パンし、真剣な顔で真白が主張する。なんかクッソどうでもいい地雷を踏んでしまったらしい。食いしん坊で大食いの真白である。食の事となるとちょっと面倒な所がある。あと、地味に説得力がある所がムカつく。そんな所もクソ可愛いのだが。


「お、おぅ。真白の言う通りだな……それで……」


「でねでね! こっちは密林の国カルタヤッタ! なんかジャングルっぽい国みたいなんだけど、ジャングルと言えば果物じゃん? あと、この国は虫料理が有名なんだって! あ、待って! 刹那の考えてる事はよくわかるよ? あたしも確かに最初は虫料理とかウゲーって思ってたけど、食べてみたら結構美味しいじゃん? ていうか普通に美味しいじゃん? 地球でだって食べてる人いるんだしさ、全然変じゃないんだって。実際このつのバッタのフライドレッグ美味しいしさ! 刹那も食わず嫌いせずに食べてみなよ! ほら、あ~んしてあげるからさ! あ~ん」

「いらないから! それより俺の話を、いや、いらないって! いらない! ちょ、おい!? いらねぇって言ってんだろ!?」


 エビ色に揚がったバケモノバッタの脚を強引に口に突っ込まれそうになり、思わず俺はマジ切れしてしまった。

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