第8話 初夜


「……やっぱ、別々の部屋にした方がよかったんじゃないか?」

「ダメだってば! お金ないんだから! 節約しないと!」

「ならせめて、二人部屋にするとかさ……」

「秘薬買わなきゃでしょ? 杖も折れちゃったし、代わりの武器代も貯めなきゃなんだから。せ、つ、や、く、です!」


 一人用のベッドに腰かけて、腕組みをして真白が言う。

 いや、もう、なにもかも仰る通りではあるんだが。


「だからって、この部屋はまずいだろ……」


 ギルドの人に教えてもらった、格安の宿屋。俺達みたいな貧乏冒険者向けで、お値段なんと、一部屋百ゴールド。その辺の馬小屋とかで寝られても迷惑だからという事で、冒険者ギルドが運営しているそうだ。その代わり、物凄く狭い。ちょっとデカいトイレくらいのスペースに、ベッドが一つ。それだけ。この値段なら仕方ないが。


「いーじゃん別に。付き合ってるんだし」

「そうだけどさ……真白は平気なのかよ」

「なに? 刹那、エッチな事したいわけ?」


 にやにやと、からかうようにして真白が言う。


「……したくないわけじゃないけど。でも、まだ早いだろ。こんな場所じゃやだし。真白だって嫌だろ?」


 黒木刹那、十六歳、当然童貞。女の子の身体に興味津々のお年頃。当然ヤリたい盛りだ。けど、ヤリたいから真白と付き合ったわけじゃない。ヤリたくないわけじゃないし、むしろヤリたいけど、でも、違うんだよ。こんな適当な感じで適当にやっちゃったら、ヤル為に真白と付き合ったみたいになっちまうだろ。それは嫌なんだ。俺は本当に真白の事が好きだから、もっとこの気持ちを大事にしたい。真白はそうじゃないのだろうか?


「うん嫌だよ」


 あっさりと真白は言う。笑っているけど、どこか真面目な、そんな顔。


「刹那はさ、あたしの事無理やり襲ったりしないでしょ? ちゃんと我慢できると思ってるから、平気なの。違った?」


 ……ズルい。ズルいぞ! そりゃ、その通りだし、無理やりやろうなんて思った事もないけど、それはズルいんじゃないか!?


「……違わないけど」


 そんな事言われたら、他に言いようがないだろうが! いや、それでいいんだろうけどさ……。


「うん。あたしも辛いけど、まだ我慢しよ。二人で頑張って、沢山稼いで、お城みたいなお屋敷建てて、初めてはお姫様みたいな天蓋付きのベッドでロマンチックにしたいな」

「……それ、何年かかるんだよ」


 というか、何十年か? 一生かかっても叶うかどうか怪しいんだが……。


「刹那が言ったんじゃん。メイド付きのでっかいお屋敷建ててくれるって」

「冒険出来ないから嫌なんじゃなかったのか?」

「別に、お屋敷があっても冒険は出来るでしょ? たまに帰ってゆっくりするなら全然あり。なんなら、あっちこっちに別荘建てちゃおっか」

「金のかかる彼女だな」

「折角の異世界だもん。夢はでっかく持たないとね?」


 呆れる俺に、真白は悪戯っぽくウィンクする。

 ……それで俺は、こいつと恋人になれて本当に良かったとまた思う。何度でも、いつだって思っているけど。性懲りもなく思うのだ。


「まぁ、努力はするよ」


 わざとらしく視線をそらして、頭を掻く。

 隣の部屋から困ったような咳払いが聞こえて、俺達は声を殺して苦笑いを浮かべた。


 俺達は、どこに出しても恥ずかしいバカップルだ。

 人様に迷惑をかけずにイチャイチャするには、でかい屋敷が必要なのだろう。


 なにはともあれ、転生初日だ。

 魔法職のひ弱な俺はボロクソに疲れていたし、真白だって疲れていないはずはない。

 モブみたいな初期装備に着替えると、俺達は小さなベッドに潜り込んだ。


 真白の体温は、俺よりもちょっと高い。

 夜の静寂に、心臓の音が煩かった。


 真白の前では恰好をつけたけど、俺の身体は欲情して、ムラムラが収まらない。

 静まれ! 邪念を捨てろ! ゴリゴンさんの顔や学校の授業を思い出して必死に思考をそらす。


 不意に、真白の手が誘うように俺の手を掴んだ。

 ドキリとしてそちらを向く。


「……んがー。……ぴー。……んがー」


 余程疲れていたのだろう。大口を開けて、バカみたいな顔で眠っていた。そんな顔も愛らしい。エッチな気持ちとは違う、ホッとして、安心して、心の落ち着く、そんな気持ちになって、俺は言った。


「お前と一緒に転生出来て、俺は幸せだよ」


 こんなに幸せな男は、世界中探したっていやしないだろう。

 そう確信して、俺も目を閉じた。

 邪念もなく、あっさりと夜の眠りに落ちていく。

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