第7話 魔法使いの憂鬱

 魔法も使えないし、俺達は一度街に引き返した。


 腕兎を狩った報酬は諸々込みで130ゴールド。討伐報酬が20ゴールド、剥いだ皮や肉が80ゴールド、魔石が30ゴールドだ。


 討伐報酬安っ!? まぁ、この世界じゃそのくらいの雑魚モンスターという事なのだろう。ウサギだからか、皮や肉を高く買い取って貰えたのは幸運だった。多分、その辺も考慮してゴリゴンさんはあの場所を勧めてくれたのだろう。


 ちなみに、あの後また取説が開いて、モンスターもインベントリーを持っている事が判明した。殺すと開けるようになり、魔石やドロップアイテム的な物が入っているのだそうだ。魔石はそこから手に入れた。他には、キモい顔のついた萎れた人参みたいなのが一束入っていた。取説によれば、人人参マンキャロットという秘薬の一種らしい。売った所で二束三文のようだし、魔法で使うので取っておいた。


 その後は改めて魔法ギルドに顔を出し、おじさんの長話に付き合った。魔法を使うにはその魔法に対応した秘薬がいる。秘薬は魔法ギルドで売っていて、物にもよるが下級の秘薬なら一個10ゴールド前後。大抵の魔物はインベントリーに秘薬が入っているのでこんなものらしい。とはいえ、一回魔法を使う度に複数個の秘薬を消費するので、駆け出しにはバカにならない出費である。


 そういうわけで、どうやら魔法は、この世界では金のかかるスキルという認識らしい。

 そりゃそうだ。剣術スキルは剣を使って戦えば勝手に上がる。武器代はかかるが、この世界はスキルがあるせいか、武具の類はそこまで高価じゃない。特殊な効果がついていなければ、という注釈は入るが。


 熟練の職人は強力な加護を与えられた凄いアイテムを作ることが出来るそうで、そういった物は高値で取引されているという。


 魔法スキルだって、ある程度使えるようになれば秘薬代以上に稼げるようになるのだろうが、そうなるまでが苦しいという事なのだった。

 そんなわけで、俺はギルドの酒場で晩飯を食べながら憂鬱な顔をしていた。


「んふ~! 美味しい! 異世界物って汚かったりご飯マズかったりみたいなのが多いけど、この世界はそんな事なくてよかったね!」


 腕兎のシチューを頬張りながら、幸せそうに真白が言う。真白は食いしん坊なので、美味い物が食べられればそれで幸せなのだった。

 そんな愛しい彼女の濡れた髪からは、ふんわりとシャンプーの香りがしている。


 日も落ちていたので、今日の狩りは切り上げていた。で、街を歩いていたら風呂屋という店を見つけ、そこに行ってきた後なのだった。


 西洋風の豪華な銭湯といった雰囲気で、値段もそんなに高くない。中では普通に冷えたフルーツ牛乳なんかが売っていて、サウナやマッサージコーナーもあった。


 ……まぁ、フルーツパフェを見た時に大体察したが。あんな軽いテンションで俺達を転生させる女神様だ。他にもこの世界を管理している神様がいるような事を言っていたし、俺達以外にも転生者がいて、色々とこの世界に影響を与えているのだろう。


 こちらとしても、便利な日本に慣れ切った現代人なので、色々発展しているならそれに越したことはない。


 混浴では勿論ないけれど、二人で風呂屋に行って帰ってくるのは、なんかこう恋人同士って感じがしていい気分だった。


「そうだな。コーラもあるし。本屋じゃ漫画まで売ってたし。なんかパクリっぽい内容のが多かったけど」


 頬杖をついて腕兎の耳肉の軟骨スティックを齧る。程よく塩辛くて、こりこりした歯応えが心地よい。食べやすいミミガーといった感じの料理だ。この世界では十六歳でもお酒を飲めるようだけど、今日は初日だし、特に飲みたいわけでもないので、転生者が開発したと思われるコーラをジョッキで飲んでいる。


 ぷはぁ……。やさぐれた心によく沁みるぜ。


「どうしたの? 元気なくない?」

「元気ないわけじゃないけど。魔法スキル、どうしようかと思って。熟練度上げるの大変みたいだし。役に立たないなら、無理して覚える必要ないかなって……」


 秘薬の問題もそうだし、魔法は熟練度が低いと失敗するのだ。時間があったので、魔法ギルドで秘薬を少しだけ買って、魔弾を試してみた。最低難易度の術ですら、見習いレベルでは成功率は精々半分と言った所だろう。失敗すると、ぶすぶす~と情けない音と共にオナラみたいな臭いのする黒い煙が手から噴き出す。勿論、秘薬は消費している。


「そんな事言って、本当は魔法使いたいんでしょ? 刹那の考えてる事なんか、全部分かるんだから」


 腕兎の脚肉のローストを齧って、真白が言う。


「そうだけど……真白に迷惑かかるし……」

「そんなのお互い様じゃん。あたしもわがままで前衛やってるのに、刹那だけ遠慮するのはズルいでしょ」


 真白が頬を膨らませる。


「ズルいって、俺がか?」

「そうだよ。刹那にばっかり我慢させたら、あたしが悪者みたいになっちゃうじゃん」

「いや、ならないだろ」

「あたしの中ではなるの! 今は大変でも、いつか絶対役に立つんだし、つべこべ言わないで魔法つかったらいいじゃん。あたしも魔法見てみたいし。魔法使いの彼氏って、なんかかっこよくない?」


 にひっと笑う真白の顔は、反則級の可愛さだ。まぁ、そうじゃない時なんかないんだけど。


「……真白がいいなら、俺はいいけど。足引っ張っても文句言うなよ」

「別にいいよ。なんならあたしが凄い剣士になって刹那の事養ってあげるし」

「やだよそんなの、かっこ悪い。こっちこそ、凄い魔法使いになって真白が戦わなくていいくらい楽させてやるよ。デカい屋敷建てて、メイドさん雇ったりしてな」

「えーやだよ。それじゃあ二人で冒険出来ないじゃん。あたしは刹那と色んなとこ旅して、珍しい物とか、美味しい食べ物食べて回りたいんだから」

「俺だってそうだよ。だから、養うとか言うなし」

「あはは、冗談じゃん」


 拗ねる俺の頬を真白が指で突っつく。

 周りのテーブルから、一斉に溜息が漏れた。


 なんかもう、みんなから生暖かい視線を向けられている。

 ……まぁ、バカップルの自覚はあるので仕方ない。


「……飯も食ったし、そろそろ行くか」


 気まずくなって俺は言った。

 店の客からギルドの職員まで、全員で俺達を見守りモードに入ってるっぽいし。

 苦笑いで立ち上がると、不意に真白が顔を近づけて、悪戯っぽく囁いた。


「で、今晩泊まる所、どうする?」

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