第6話 エンカウント

 そんなこんなで地図を頼りにやってきたのは、街の東側にある、街道沿いに広がる草原地帯、通称初心者平原。


 依頼の内容は、この辺りに出没する各種雑魚モンスターの討伐だ。


 ゲーム的な世界なので、魔物は勝手にぽこぽこ現れて、殺しても殺しても絶滅するという事はないらしい。ただ、討伐すれば一時的に数は減るので、街道のように重要な場所には頻繁に冒険者を送り込んで、魔物退治をする必要があるという。


 この手の依頼は常設クエストといって常に張り出されており、わざわざ依頼書を剥がして受注する必要もないという事だが。まぁ、ゴリゴンさんも勢いで剥がしたのだろう。


 単価は安いが最下級の魔物が相手なので、新人にはうってつけの仕事だと受付のお姉さんも言っていた。

 逆に、ここの魔物で躓くようでは冒険者としての生活が危ぶまれる。


「沢山稼いで真白にビキニアーマーを着せるんだ……」


 めらめらと、静かな決意を胸に燃やす。


「なんか言った?」

「いや、独り言だ。それより、油断するなよ。どこに魔物がいるか分かんないんだからな」

「気を付けるのはあたしより刹那でしょ。魔法使いだし、防具だってあたしよりペラいんだから」

「うぐぐぐぐ……」


 その通りなので言い返せない。さっきついでにギルドで確認して貰ったら、ステータスも俺の方がライフ低かったし。この先ずっと真白に紙防御の事で弄られるのだろうか……。職業差別だ! 彼氏の威厳とかなくなっちまうよ! ここは是が非でも、魔法職の凄い所を見せなければ……。


 そんな風に思っていると、遠くの方で草原ががさりと揺れた。

 飛び出したのは頭の位置が俺の腰ぐらいまであるデカいウサギ。耳が異様にデカく、先端が手のように分かれている。


「真白!」

「ついに来たね! あたし達の初陣!」


 真白がインベントリーから取り出したロングソードを構える。

 俺も自身の武器を取り出そうとするが、それより先に取説が現れた。

 手を伸ばすまでもなく、勝手に本が開く。

 まぁ、読めと言う事なのだろう。


「あー。モンスター図鑑。腕兎アームラビット。兎モンスター。発達した耳を腕のように使って襲ってくるぞ。鋭い前歯にも要注意。耳で動く事に慣れ過ぎて、足はよぼよぼだ。ってよ」

「なんか〇〇〇ンみたいだね」

「女神さまの趣味なんだろ」


 困った時の取説じゃなかったのか? 便利だからいいんだけど。


 取説をしまって、今度こそ武器を出す。左手に魔法書スペルブック、右手に杖だ。


 魔法スキルは便利だが、デメリットも多い。この通り、魔法を使う時は手に魔法書を持っていないといけないので、片手が塞がってしまう。デメリットをなくすスキルもあるそうだが、今はお金がないし、それを取るかは考え中だ。


「うぉ、重てぇ!」


 右手に出した杖の重さに、危うく転びそうになる。杖があれば魔法スキルに色々な補正がかかる。その中でも、両手杖は効果が大きい。両手杖と言っても片手で持てない事はないと思って買ったんだが、甘い考えだったらしい。


 転生したばかりでステータスも常人並。こんな重くてデカい杖、片手じゃ肩を使って支えるのがやっと。振り回す事は愚か、持って走る事も出来そうにない。クソ、失敗した!


「なにやってんだか。お先!」


 呆れると、真白は腕兎に向かって駆けだした。


「おい! 勝手に行くなって!」

「こんな雑魚モンスター、あたし一人で大丈夫だってば! メェェェエン!」


 甲高い掛け声と共に、腕兎の脳天めがけて真白が剣を振り下ろす。思わず俺は目を背けた。だって相手はモンスターでも兎だぞ? 転生したてで、よくもまぁそんな容赦ない攻撃が出来るもんだ。そういう所も含めて、真白には前衛職の適性があるのだろう。


「ちょ!? 嘘でしょ!?」


 悲鳴じみた真白の声にハッとして目を開ける。

 腕兎は耳で真白の剣を白刃取りにしていた。


「ちょっと! 放しなさいよ! 放せってば!」


 喚きながら、真白は剣を押したり引いたりしているが、腕兎は結構力が強いらしく、びくともしない。小憎たらしい顔をすると、舌なめずりをして、カチカチと剃刀みたいな歯を鳴らしている。どうやら真白に噛みつく気らしい。


「真白! 剣を放せ!」

「でも!」

「魔法を使う! そこにいたら当たっちまうよ!」


 言われて、真白はすぐに剣を手放した。そのまま猛ダッシュで距離を取る。


 上手くいってくれよ!

 祈りながら、俺は再び杖を構える。

 使うのは、最下級の攻撃魔法。

 左手の魔法書がひとりでにめくれて、該当するページを開いた。


魔弾マジックアロー!」


 魔法を行使する為の、神様が定めた力ある言葉パワーワードを高らかに唱える。

 俺の詠唱は、異世界の空に虚しく吸い込まれた。


「……ぁ、あれ?」

「ちょっと刹那!? なにやってんのよ!?」

「お、おかしいな。これでいいはずなんだけど……。魔弾! 魔弾! くそ! なんで上手くいかないんだ!?」


 魔法書をしまって、困った時の取説を開く。


「……はぁ!? 嘘だろ!?」

「なんて書いてあるの!」

「魔法を使うには、専用の秘薬が必要なんだって!」

「えええええええ!? じゃあ刹那、魔法使えないって事!?」


 がっくりと頷く。


 魔法ギルドのおっさんよ! それならそうと教えてくれよ! いや、多分、教えようとしてはくれたのだ。けどおっさん、物凄く話がくどくて長くて、魔法の仕組みやら分類やら余計な事をベラベラ喋るから、途中で打ち切って逃げてしまったのだ。


 あぁ、俺のバカ! でも、仕方ないだろ? そんな面倒なシステムだなんて思わないし、真白を一人で待たせるのも心配だったんだから!


「どうすんのよ!? あたし、剣取られちゃったんだけど!?」


 憎たらしい事に、腕兎は耳で掴んだ剣を見せびらかすようにブンブン振り回している。


「どうするって……戦うしかないだろ!」


 もう一本剣を買い直す金はないんだ。

 あいつを倒して取り戻さないと!


「インベントリーに短剣が入ってただろ! 俺が囮になるから、そいつで上手くやってくれ!」


 取説を消すと、俺は両手に杖を構えて駆けだした。


「ちょっと刹那!? 無茶だってば!?」

「無茶でもやるしかないだろうが!」


 腕兎に向かって杖を振りかぶる。杖術スキルなんか取ってないから、構えもなにもあったもんじゃない。幸い、向こうも剣の扱いに慣れてるわけじゃない。がちんがちんと不器用に武器をぶつけ合う。


 くそ、重てぇ! もう腕が疲れた! 息が続かねぇ! 武器で戦うのってめちゃくちゃしんどいんだけど!?


 謎に調子に乗っていたが、今の俺は魔法使いのコスプレをしただけのただの地球人だ。ステータスは上がってないし、近接戦をやる為のスキルがあるわけでもない。普通に考えれば、こんなクソデカいバケモノ兎に勝てるはずがないのだ。


 頼む真白! 早くこいつをぶっ殺してくれ! 無我夢中で杖をぶん回す。そんな事をしても倒せないのは分かってる。だから俺は、情けなくても真白を頼るほかないのだった。


「このクソウサギ! あたしの彼氏に何してんのよ!?」

「キュビイイイイ!?」


 真白がやってくれたらしい。腕兎が悲鳴を上げて剣を落とした。見れば真白は、鬼のような形相で腕兎の背中を短剣でめった刺しにしている。


「死ね! 死ね! 死ね死ね死ね死ね!」

「ちょ、ま、真白? 真白さん?」

「見てないで! 刹那も戦って!」

「は、はい!」


 言われて、俺は残った力を振り絞って腕兎の脳天に杖を振り下ろした。


「ギュビィィィ……」


 断末魔の悲鳴を上げて、腕兎が動かなくなる。

 俺の手の中では、安いと言ってもそれなりに値段のした杖が、半ばからぼっきり折れている。


「……冒険者……しんどすぎだろ……」


 へたり込んで俺は呻いた。

 ラノベみたいには都合よくはいかない。こんな雑魚モンスター一匹殺すだけで、俺は武器を失い、ヘトヘトになっていた。


「大袈裟。まだ一匹倒しただけでしょ?」

「大袈裟って……あんだけ動いて、真白は平気なのかよ?」

「そりゃ、ちょっとは疲れたけど。これくらいなら全然平気。あれだよ。多分、戦闘呼吸の効果じゃない?」

「スタミナが回復するって奴か……地味なスキルだと思ったけど、めちゃくちゃ大事だな……」


 元々の体力もあるだろうが、ここまで差が出るとは。やはり、スキルの効果は偉大と言った所か。いやまぁ、魔法職の俺がこんな風に魔物と殴り合う事が異常なのだろうが。


「まぁ、刹那は魔法使いだし、仕方ないか」


 肩をすくめると、真白は解体用のナイフに持ち替えて、おもむろに腕兎の皮を剥ぎ出した。


「……なにしてんだ?」

「解体。皮とかお肉持ち帰って、少しでもお金にしないと」


 それは見れば分かるんだが。俺なんか疲れて何もしたくないのに、たくましいというか、頼りになるというか。いかん。これじゃますます彼氏の威厳がなくなってしまう。別に彼氏面して威張りたいわけじゃないが、ダメ男だと思われたら真白に捨てられるかもしれない。それは困る!


「お、俺もやるよ……」


 のそのそと立ち上がって俺は言うが。


「いいよ。あたしは解剖学取ってるし、刹那はもうちょっと休んでなよ」

「……ごめん。役に立てなくて」


 素っ気なく言われて、俺は悲しくなった。嫌われたと思ったからだ。そりゃそうだろ。魔法使いとか言って、俺はなんにも出来なかった。お荷物で、危うく二人とも死ぬところだった。嫌われて、当然だ……。


「謝んないでよ。刹那が頑張ってくれたから倒せたんだよ? 解体くらいあたしがやんないと、役立たずじゃん」


 そう言って、真白は目元を拭った。


「……泣いてんのか?」

「泣いてないし」

「いや、泣いてるだろ」

「泣いてない! 泣いてないもん!」


 ヒステリックに叫ぶと、真白は本当に泣き出した。


「な、なんでだよ。悪いのは俺で、真白は頑張ってただろ?」


 わけがわからず、俺はオロオロするばかりだ。


「違うってば! 刹那は悪くないよ! あたし、前衛なのに、武器取られて、刹那も危ない目に合わせて、悔しいの……こんなんじゃ、刹那の事守れないよ!」

「そんな事ないって! 真白は、俺の事助けてくれただろ! 俺なんか、魔法も使えなくて、必死に杖ぶん回して時間稼いでただけなんだから!」


 ぶんぶんと、真白が首を振る。


「あんな刃物持ったバケモノ、あたしだったら怖くて無理だよ」

「そんなの、俺だって怖くて無理だよ! でも、真白の為だから、頑張れたんだ……だから、泣くなよ。真白が泣くの、俺は嫌だよ……」

「あたしだって、刹那が落ち込んでたら嫌だよ! 頑張ってあたしの事助けてくれたんだから、もっと胸張ってよ!」


 真剣な顔で見つめ合って、俺達は同時に吹きだした。


「なんか俺達、バカみたいだな」

「だね。こんなくだらない事で喧嘩してる所、恥ずかしくって人には見せられないよ」

「まぁ、あの女神さまはばっちり見てるんだろうけどな」


 異世界の空を見上げる。

 勝手に出てきた取説のページには、大きなハートが描かれていた。

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