第3-2話 時間稼ぎしたい魔王様の相談


「急にお呼びしてすみません、ランさん」


 ぱしゅん!


 俺が転移魔法でフェルの私室に到着するなり、てててっと走り寄ってくる魔王フェル。

 ピコピコ動くケモミミが今日も可愛らしい。


 ……そういえば魔王様に比べてウチの勇者はキャラが薄いな?

 むしろヘルハウンドのポチコに食われ気味なルクアのペッタンコ大平原を思い出す。

 まあそのおかげで男性勇者に偽装しやすいのだが。

 無いなら無いで利点はあるものだ……脳内のルクアが猛然と抗議してくるが黙殺し、俺はフェルに促されるままソファーに腰掛ける。


「おー、ランっち! こないだぶりだにゃん!」

「……して、今度のしゅくせーはなにかにゃ? ポンニャいつでも準備おっけーだにゃ!!」


 スタイル抜群の肢体にボンテージスーツという煽情的な格好をしているくせにソファーに寝転んで魔界せんべいをパクついているポンニャからはまったく色気を感じない。

 どうやらこないだの粛正でドM属性に目覚めたらしい……四天王第二柱がこんなのでいいのだろうか?


「……ポンニャちゃん。 今からランさんと大事なお仕事の話なんだから……シャキッとする!」


 バキイッ!!


 あまりにだらしないポンニャの姿にイラッ☆としたのだろう。

 体重の乗ったフェルの回し蹴りがポンニャのみぞおちにヒットする。


「げふぅだにゃっ!?」


 べしゃっ!


 闇の闘気を纏った蹴りに吹き飛ばされ、異様に頑丈な部屋の壁に張り付くポンニャを目で追いながら俺はフェルに話しかける。


「それで……今日の相談というのは?」


「実はですね……」


 お土産に持ってきたカスタードシュークリーム(レンディルにある名店で俺のオススメ)に目を輝かせる魔王様、咳ばらいを一つするとゆっくりと話し出す。



 ***  ***


「なるほど……」


 フェルの話を要約するとこうだ。

 ここ最近、世界各国で四天王の居城を守る”塔”に対する勇者候補の攻撃が相次いでいる。

 ルクアが”塔”を攻略したことで、人間たちが勢いづいているらしい。


 土木魔王(フェルが自分で言っていた)の異名を持つフェルーゼが塔の守りを強化したことで、空詠の塔以外に攻略された塔はないが各四天王……特にゴーリキのいら立ちが頂点に達しており、いくら恐怖政治を開始したフェルが抑えているとはいえ、堪え性の無いゴーリキが人間界への大攻勢を開始しかねない。


 そうなれば、なし崩し的に全面戦争に突入してしまい、時間稼ぎなどしている場合ではなくなる。


「オーソドックスな手法としてはダンジョンの増設だが……」


 困り顔のフェルに、まずは無難な提案をする。


「はい……それは余も考えたのですが」

「もしかしたらご存じかもですが、ここ数百年魔界資材のお値段が高騰してまして、既存ダンジョンの補修はともかく……ダンジョン新設に必要な大量のムキムキ鉱の買い付けが出来なくて」


「ふむ……」


 俺はフェルから手渡された資料に目を通す。

 資材のネーミングセンスはともかく、確かにカタログに記載された資材の値段は年々高騰している。


「……ん?」


 資料に記載された沢山の表とグラフ……数十ページにわたる資料を斜め読みした俺は、わずかな違和感に気付く。

 あるページから主契約先の名前が”ダ魔ソン商会”という名前に代わっており、それ以降じりじりと資材価格が上昇しているのだ。


「なあフェル、このダ魔ソン商会というのは何だ?」


「もぐもぐ……わぷっ。 300年ほど前にM&A(企業買収)で誕生した巨大魔界企業で、ムキムキ鉱などのレア資材の魔界シェアの大半を握っているんです」


 急に話を振ってしまったので、10個目のシュークリームに手を伸ばしていた食いしん坊のフェルは、少しせき込みながら商会について説明してくれる。


 なるほど……世界シェアのほとんどを握る巨大企業、魔王軍は150年に一度編成される巨大な臨時組織……ここから導き出される答えは。


 もしかしてコイツらにぼったくられているのでは? という疑問が俺の脳裏に浮かぶ。


「よし! フェル……この商会の営業マンを呼べるか?」


「ほえっ?」


 こくり、と首をかしげるフェル。

 こういう時は俺の【認識改変】の出番だ!



 ***  ***


「ゲヒヒヒヒ……魔王様、ムキムキ鉱がご入用とか」

「我らも魔に属する者ですから、ご奉仕価格で提供させていただきますでゲス」


 中型ダンジョン3つ分のムキムキ鉱の見積もりをしたい……貼り付け状態から復活したポンニャが通話魔法で連絡したわずか1時間後、俺たちはダ魔ソン商会の営業マンを名乗るメイジゴブリンの訪問を受けていた。


 ゲスイ笑みを浮かべるしわくちゃの顔にやけにパリッとしたスーツ。

 魔王城の中庭に鎮座する輸送用大型モンスター(ボーロボックスという種族らしい)の背中には、大量のムキムキ鉱が見せつけるように鈍い光を放っている。


「…………うっ!」


 奴から受け取った見積書に、思わずうめき声を上げるフェル。

 ちらりとのぞくと、たくさんの数字が並んでいる。

 魔界の通貨はよく分からないが、フェルの表情が予算オーバーであると物語っていた。


「商会殿、これはぼったくりではないのかね? ……【認識改変:誘導尋問】」


 ロードメイジに化けた俺は、質問を投げると同時に認識改変のスキルを使う。


 パキンッ!


 これで、奴には俺の質問が客からではなく上司から聞かれたものだと認識される。


「キヒヒッ! もちろんでございますとも部長!」

「これは魔界辺境の部族をだまして格安で採掘させたムキムキ鉱……利益率は2000%! ワイの評価アップをお願いしますぞ!」


「にゃ、にゃにっ!?」


 正直に白状したメイジゴブリンに憤慨するポンニャを視線で押さえる。

 俺はヤツの自白を記録すると更なる誘導尋問を行う。


「今回の取引は魔界法人税対策でな、赤字にする必要があるのだよ」

「君の評価は最高レベルにしておくから、見積もりを9割引きにしたまえ」


「おお、承知しました部長! 合法的な脱税ですな!」


 俺の言葉を上司からだと認識しているメイジゴブリンは急いで見積書を書き換える。

 ヤツが魔法印を押したことを確認すると、俺は受け取った見積書をフェルに手渡す。


「はい! 魔王フェルの名に於いて決裁します」


 ぽん! と魔王の決裁印が押され、代金をメイジゴブリンに手渡すポンニャ。

 メイジゴブリンはホクホク顔で大量のムキムキ鉱を降ろすと、輸送モンスターに乗って帰って行った。


「す、すすす……凄いですランさん!!」

「これだけ大量のムキムキ鉱をこんなお手頃価格で!!」


 頬を紅潮させたフェルがムキムキ鉱の山の周りでぴょんぴょんと飛び跳ねている。


「ふふ……連中は不法にコイツを買い叩いていたようだからな、9割引きでも利益が出ているだろうよ」


「そうでした……ダ魔ソン商会の悪事は許せませんね!」

「魔王の権限で天罰を与えておきます」


 ブワッ!


 ギラリと瞳を光らせたフェルの全身からどす黒い魔闘気が立ち上る。

 悪事を嫌う魔王とか意味が良く分からないが、あくどい商売をする輩は滅せられるべきだろう。


 これで魔王軍はダンジョンの増設が可能になった。

 俺はノリノリで”天罰の光”を打ち上げたフェルに声を掛けると、魔王城に併設されているというダンジョン設営部門に向かうのだった。

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