第28話「さらば、アジカリ大陸」


 ◇ ◇ ◇


「ねぇ、マリーさん隣で寝てるんだよ? こんなの……」

「良いじゃねぇか、気にするなよ。誰も見ちゃいねぇって」

「ちょっ、そんなに強くやったらっ。壊れちゃうっ!」

「おいおい、お前が言い出したんだろ?」

「そりゃそうだけど……そんな強引な」

「強引な位で、丁度良いんだよ。ほら締めろ」

 俺とガキが言い合っていると、突然マリィちゃんの悲鳴が響き渡った。

 アイツさっきまで気絶してた筈なのに……思ったよりタフだなぁ。

「何やってんのっアンタ達……っ!?」

「ぁ……ほら、起きちゃったじゃん」

「うっせ。何って、見りゃ分かるだろ」

 マリィちゃんの騎乗席を外して、ナナマキさんに付けられないか試してるんだよ。

 ガキの騎乗席も、長旅には必要だからな。

 まぁ元から胴体に回すのは無理だと分かってたけど、積荷にもダメだった。

「本当に何やってんだよっ、お前ら!?」

「お前が起きるのを、待ってたんだよぉ~~!」

 空には地平の果てから顔を出した太陽が、宙に浮かんで砂漠を熱している。

 頭の真上には程遠いから、九時を過ぎた辺りか?

 陽炎に紛れて遠くに街も見えるが、E2連合の軍隊に捕捉された様子はない。

 時間があるならと、マリーちゃんが起きるまで待っていようとはガキの提案である。

 砂漠の真ん中に転がしたままじゃ、怪獣に食われかねないと。

「この……っ!?」

 マリーちゃんが右腕で、周囲の地面を探るがお目当てのモノは無い様だった。

 ぎょっと驚愕した顔で、顔を左右に振って周辺を確認し始める。

「私の槍はっ!?」

「あぁ、これか?」

 鹵獲しておいた、怪獣の骨から削りだした槍を積荷から取り出す。

 人界東部の原住民たる、ライダーが用いる魔除けの騎乗槍である。

 もっと言えば、まだライダーじゃなかった頃の俺の愛槍だ。

 過去にE2連合から逃げる際、マリーちゃんの家に置きっぱなしにした槍だろう。

 まさか使ってるとは、思っていなかった。

「~~っ、私の槍だっ、返せっ!」

「元々俺のモンだろ。まぁ良いけどよ」

 槍を返そうとして……やっぱ止める。

「返したら、どうするつもりだ?」

「アンタの肝臓に突き刺す」

「俺死ぬだろ」

「楽しみね」

「……最悪、免疫系に異常が出ると思われますが?」

 明らかに負けを認めてねぇ。勘弁してくれよ。

 かといって寝てる間に、マリーちゃんをロープで縛る訳にも行かない。

 ライダーを拘束できるロープは一応あるにはあるが、怪獣素材だから高価である。

 後で心を折るならともかく、捨て置くのは控えたい。

「うっし、んじゃぁなっ!」

「ギャカカカァ?」

「応よっ、出発だっ!」

 という訳で、槍は返さずにスタコラさっさである。

「槍っ、てか待てやゴミカスがぁっ!」

「槍は離れた所に刺しとくなっ! あーばよっと」

 俺に駆け寄るマリーちゃんに騎乗席をパスすると、ナナマキさんの手綱を握る。

 そして俺達のやり取りを見守っていた、ガキを引っ張って騎乗席へ。

 ガキはまだ騎乗席が無いから、変わらず俺の膝の上である。

「待てぇえっ! 殴らせろぉっ。チンピラっ、宿六っ!、リージアの馬鹿野郎ぉ!」

「あぁ~、あぁ~。うっせぇなぁ」

「……あのっ!」

 走り出したナナマキさんの背中から聞こえる、俺へのマリィちゃんの罵倒。

 その声に、ガキが大声で返す。マリーちゃんが苦手っぽかったのに、どうした?

「この人っ、そんなに言われる様な人じゃありませんからっ!!!」

「……~~ッ!!!」

「それだけっ、じゃっ!」

 マリーちゃんの罵倒が、グリフォンへ追跡の命令に変わった。

 悪いなマリーちゃん。そのグリフォン、買収済みなんだよ。

 流石は獅子の体を持つ怪獣だ。上下関係さえ分からせれば一発である。

 ウンともスンとも言わねぇだろうなぁ~~、大人しく帰れよ?

「よぉ~し、一件落着だなっ!」

「うぅ~ん。何か気になるぅ……」

 ガキが俺の膝の上で、後ろを気にしている。

 振り返っては、前を向いて考え込む動作を繰り返して俺を見上げてきた。

「リージア、マリーさんに何をしたの?」

「あん? 何をしたって……何がだよ」

「ただ恨まれてるだけには見えないんだ……」

「あぁうぅ~ん。ガキに言ってもしょうがねぇからなぁ」

「教えてよ。仲間でしょ?」

「お前は……」

 お客様だという言葉は、喉から出てこなかった。

 それを言われると弱い。俺は仲間には嘘を付きたくない。

「ぶっちゃけると、アイツと結婚させられかけてなぁ」

「……はい? 竜を殺す前?」

「うんや。殺した後だよ」

 溜息を深々と吐いて、ポツポツと話す。

 俺にとっては愉快な思い出では無い。

「俺が殺した三つ首の竜。ズメイは守護竜なんて言われてるが……実際はその逆だ」

 奴は民衆の知らない裏で一年に一度、生贄を要求していた。

 財宝と人の命……ゴルニーチェ家とは、ドラゴンへの貢物の家系である。

 その上。ドラゴンライダーなんて名ばかりで、ズメイとは契約さえ結んでいない。

 だからズメイの吐く毒の息を浴びて、ゴルニーチェ家歴代当主は死に至る。

 マリーちゃんの親父の死因もそうだ……そして次はマリーちゃんの番になった。

 ある日。俺の居ない間にマリーちゃんは、ズメイと顔合わせをさせられ……。

「今でも思い出すぜ。館に帰って来たあの子が、肌を焼け爛らせて死にかけた姿を」

「……」

「あの子を助けるには、ドラゴンの血が必要だった……ドラゴンの血は薬になる」

 あの時の俺はライダーでも、何でも無かったから大変だった。

 しかも俺は反抗期で、ナナマキさんにも反抗してたし……。

 それでもやるしか無かった。

「俺はそれまで色々あって、友達なんて居なかった。身内はババアとナナマキさんだけで……あの子が初めての人間の友達だったんだ」

「だから友達の為に?」

「違う。俺の財宝を守る為に……だ」

 誰かの為に戦うつもりは無い。俺が壊した物も、殺した奴も俺の責任である。

 冗談で押し付ける事はあるが、友達の事だけは言い訳できなかった。

 軍人じゃねぇんだ。着いた糞を他人に拭かせる訳には行かない。

「あれ、じゃぁ何で結婚させられたの?」

「ズメイを殺した俺に、E2連合が代わりをしろとか抜かしやがったんだよぉ~!」

「あぁ~。マリーさん、も代わりだとか何だとか」

「危なかったぜぇ。タダ飯をくれるって言うから教会に行ったらよぉ~。結婚式の準備整ってて……誰の結婚式かって聴いたら、俺のだって言うんだ」

 しかも聴いたら、戦略兵器として国から出られなくなるとか。

 俺マジギレ案件である。旅が出来なくなるじゃねぇかっ!

「マリーさんは……?」

「生贄なら慣れてるから気にしないで、なんて言うもんだから腹が立ってよぉ~。教会ぶっ壊して逃げてやったぜ!」

「……」

「あん。どうしたよ……?」

 ガキの顔が強張ると、俺の膝から身を乗り出して背後を振り返る。

 見れば顔中、冷や汗まみれだった。

「あの、マリーさんもしかして……」

「昔はなぁ兄さま、兄さまって可愛かったんだぜぇ? 女の成長って早いなぁ」

 ガキがブツブツと虚ろな目で、呟き始める。

 白馬……泥棒猫、宿六……駆け落ち。

「ねぇ……リージア」

「あん?」

「リージアの事嫌いじゃないけど言わせて……サイッテェェェエエエエ!!!!」

「~~っ、耳元で叫ぶんじゃねェっ!」

「サイテェッ!、サイテェエッ! サイッテェェエエエッ!!!!」

「シュカカカカァァ……」

 俺の膝上で語彙力の無いガキが暴れだし、ナナマキさんが呆れた様な声をあげる。

 どういう事だ。味方が居ない……。

「女の子を、何だと思ってるんだよっ!」

「あぁ~、あぁ~~。うっせぇ、うっせぇ、うっせぇっ!」

 俺は旅が好きだ。自由に生きて死にたい。

 女にモテるに越した事は無いが、それ以上に旅をしてぇんだ。

 だから家族や友達にも、同じ様に望まぬ形で縛られて欲しくない。

 だが困った事に、ガキにはその理屈が通じないらしい。

 巨大な山脈が、蜃気楼の様に薄っすら見える中。

 砂界を超えた感動を味わう事も無く、砂漠を超えるまで罵られ続けた。

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怪獣ライダー、世界の果てへ ~女の子に頼られ、救って、逃げる旅~ シロクジラ @sirokuzira1234

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