第26話「怪獣・ライダー、世界の果てへ」


 ◇ ◇ ◇


「ギュキキ、ギチチィァ……」

「警戒より、国を出る方が先決っ。国境さえ越えちまえば、こっちのもんだ!!」

 時刻は朝焼けの直前だった。砂漠に吹く風に熱が帯びてきた。

 まだ暗い砂漠だが、ナナマキさんなら問題ない。

 俺達は街の外でナナマキさんに乗り込むと、速攻で砂漠を東進する。

 砂塵を飛ばさずに……なんて考えてる暇は無い。

 座席の後ろにガキを縛り付けて、普段の運行速度で駆け出す。

 一時間もあれば、七十キロは走れる……E2連合の戦力なら、二時間も走れば振り切れるだろう。

「ねぇ、リージアっ! 話し合いは……」

「はあぁ? 俺には話す内容なんてねぇし~?」

 舌をピロピロ出して、ガキの質問に答えてやる。

 俺の緩んだ頬から、クケケケと笑いが零れた。

 E2連合が、どれくらいの戦力を寄越すかは分からない。

 だが会話を正午に求めた以上、その前には動きを補足されている。

 今、この時刻。このタイミングより減る事は無い。

 ならさっさと逃げるに限る。

「あの女の人が……」

「マリィちゃぁん? アイツが一方的に言ってきただけだろぉ~?」

「ぅぅ……さいってぇ……」

 そういう訳だ。さっさと逃げちまおう。

 航続速度の心配は、走る事そのものの衝撃が一つ。

 その衝撃は騎乗技術で、出来る限り和らげる。

 もう一つの問題は風圧。コレばっかりは、どうしようも無い。

 俺がガキの盾になって、風を受け止めてやるのが一番だと思ったが。

「案外平気そうだな。ガキ」

「え。何が……?」

 俺が盾になってるとはいえ、ガキの様子は明るい。

 普通の人間じゃ、喋る事もままならないんだが……。

 まぁ俺よりも力が強いんだ。もしかしたら思った以上に、頑丈なのかもしれない。

 試している暇が無いけどな。試すのは今度にしよう。

「……ねぇ、リージア」

「んだ?」

「アレ、何?」

 ガキが背後の空に向かって、指を指し示す。

 未だ上らぬ太陽を目指す俺達とは逆方向……西の夜空に浮かぶ黒点があった。

 随分と遠い。それでも見えるって事は……それだけデカいって事だ。

 黒点は雲を切り裂かんとばかりに、俺達目がけて飛んで来ている。

 速い……!

「ッチ」

「ねぇ……もしかして」

「追いつかれるな。このままじゃ」

 航続距離と速度ならば、ナナマキさんが負ける筈が無い。

 だが……瞬間速度では、俺達が負けている。

 大型怪獣に着いてくるとは、中々気骨があるな。

「おいっ、お前のロープを解け」

「えぇっ!? ボク吹き飛ばされちゃうよっ!!」

「何もしねぇで、ナナマキさんの動きにミンチにされるよか。マシだろ!」

 さっさとしろ! と俺が怒鳴ると、ガキはおっかなびっくりロープを解きだした。

 解く瞬間、ガキは騎乗席の背もたれを、掴んでいたのだが……。

「うわっ!?」

「ったくっ!」

 風圧を甘く見ていた所為で、指先が座席から外れる!

 だが飛ばされる寸前。ガキの手を俺が掴んで、引っ張り寄せた。

 その間に黒点は俺達を追い越し、頭上で旋回を始める。

「立つぞっ! しがみついてろっ!!」

 俺の胴体にしがみつくガキを、右手で支えて立ち上がると手綱を引く!

 ナナマキさんがかま首をあげ、ぐぅん!と俺達の目線が跳ね上がった。

 慣性を弱めるのは後半身に任せて、俺達は敵の正体を見抜こう。

 黒点は徐々に高度を落とし、遂には輪郭がはっきりと見えた。

 猛禽類の上半身。獅子の胴体。ゾウにも匹敵するその大きさ……間違い無い。

「グリフォンたぁっ、景気良いのに乗ってるじゃねぇか!! マリィちゃん!!」

「リィィジァアアアアッ!!」

 その背に乗る女の顔立ち。そして軍服に見覚えがあった。

 金に緑を差した特殊な髪色は、あの家系特有のモノである。

 前に見た時は、十二歳でちっぽけなガキだったってのに……。

 今や人間じゃ録に持ち上げられ無い、穂だけでも二メートルは越える騎乗槍を握って雄叫びをあげている。

 マリィちゃんは俺達の間合から僅かに外れて、地上へと降りた。

 ナナマキさんでも、ノーモーションでは襲えないギリギリの距離だ。

「久しぶりじゃねぇか……見違えたぜぇ?」

「お生憎様。アンタが居ないから、気ままに育ったのよ」

 太陽を背にするマリィちゃんが、頬を吊り上げて笑う。

 雌猫というよりは女狼だな。ライダーらしい風貌である。

 俺はナナマキさんに、こっそり足踏みで合図を送った。

 間合から僅かに離れているなら丁度良い。

 数歩踏み込んで、間合に入れてやる。

 だがマリィちゃんも、グリフォンの手綱を引いて同じだけ後退した。

「……」

「……」

「リージア……」

 俺の胴体に、手を回しているガキが不安げに呟く。

 ナナマキさんを突撃させるのは構わん。

 グリフォンなら、ぶつかり合いで負ける道理は無い。

 ルチノス以上に、一瞬で挽肉にして終わりだろう。

 だが突撃の衝撃に、ガキは耐えられるだろうか? 

 分からん……最悪は死ぬ。

 隙を見せるのもダメだ。守り切れない。

「大丈夫だ。俺にしがみついてろ……何があってもだぞ」

「……うん」

 俺の胸の中に飛び込む小さな熱を抱きしめ、マリィちゃんを睨み付ける。

 見れば彼女の眉間は、更に荒々しく角度をあげていた。

 殺意が滲みでて、ユラリと立ち上るかの様だ。

「俺を殺しに来たか?」

「アイツらは裏切り者だって言ったでしょ」

「なら放っておいてくれ。俺達は『世界の割れ目』に行くからよぉ」

「……はぁ?」

「襲われた事は水に流してやるって、言ってんだよ」

 何だか会話が噛み合わねぇな。

 俺を殺す方法でも思いついたか、報復が怖くて交渉しに来たんじゃねぇのか?

 何かピースが足りない……食い違ってる。

 マリィちゃんもそれは感じた様で、不審な顔をして「あぁ」と頷いた。

「リージア。アンタ……気づいて無かったのね」

「何がだよ」

「騙されたんでしょ、その女に」

「あぁ”?」

 女に騙されただと?

 ここに居るのは俺、ガキ、ナナマキさん、マリィちゃん、グリフォンしか居ない。

 つまり……・。

「……ナナマキさんの事か?」

「……」

 違うらしい。他に女なんて居ねぇだろ。

 …・…いやまさか、そんなはずは。

「グリ……フォンの事か?」

「相変わらず怪獣のメスも、女扱いしてるのね。イカレ野郎」

 違うよな。そのグリフォン、オスだもん。

 だが他に女なんて……。

「アンタが抱きしめてる女の事よっ! その女っ!」

「……あぁ」

 このガキが女って事忘れてたわ。そういや、そうだったな。

 俺がガキを横目で見ると、ガキが胸の中で体を強ばらせた。

 抱きつく手も力が弱まり、離れそうになる。

 代わりに俺が強く、ガキを抱き留めた。

「……」

「んだよ。何か知ってるなら、さっさと言えや」

 グリフォンに乗ったマリィちゃんが、眉間に皺を寄せて怒っている。

 騎乗槍を指揮棒の様に振り回しながら、俺達を指して怒鳴り散らす。

「ソイツは異世界から来た、人型の怪獣なのっ!」

「……はぁ?」

「リージア、あのっ」

 俺は思わず、二人を何度も見返した。

 その度にガキと出会ってからの思い出が、脳裏でフラッシュバックする。

 ライダーでも無いのに、大型怪獣のライダーである俺を越える怪力。

 どこで学んだか分からない知識……変な所で物知らずな所もあった。

 世界中を回った俺でも、見た事の無い黒い軍服……。

「……」

「アンタが殺したドラゴン。ズメイの代わりとしてE2連合が保護したのよ」

 ……確かに最近のE2連合は、力を増しているとは聞いた。

 強力なライダーやら特産品も無しに、科学技術に力を入れていると。

「兵器技術は、こっちより劣っているみたいだけどね。竜やアンタの代わりを務められる位には、異世界は生活が豊かみたい……まぁ逃げられちゃったけど」

「……ゴメン。リージア」

 成程。大体読めてきたぞ。

 E2連合は異世界の技術を導入し、産業革命を起こそうとしてるのか。

 昨日、俺達を襲った兵士が狙ったのは……俺では無く、ガキなのだろう。

「黙ってて、ゴメン」

 そしてガキも、自分が異世界人だと認めた。

 俯いているガキの顔色は窺えないが、その声は震えている。

 俺が抱き抱えてやってる癖に、まるで迷子の子供の様だ。

「相変わらず、女に弱いのね……その様子だとソイツが元男だって事にも気づいてなかったの?」

「あんっ?」

「……~~っ」

 待て待て待て。それはおかしい。

 昨日俺はシャワールームでコイツが女だと確かに見た。断じて男では無い。

 ……ぁ。

「異世界進化論……」

 怪獣は異世界から来た。とある男がそう言った。

 だが低重力環境から来ただけでは、あぁまで肥大化はしない。

 だからこそ著者は、とある予測を立てた。

 集合的無意識……この世界における生命体の精神と繋がる事で、怪獣達の細胞は肉体を作り替えたのでは無いかと。

 ライダーと怪獣が、互いの肉体的特徴を与え合う理屈こそ、その証明である。

 恐らくは子孫を残す為に、自らの体を雌へと作り替え、サイズさえも肥大化。

 そうして怪獣は、異世界に適応したのでは無いかと……。

 だが集合的無意識とは精神的な話で、肉体的繋がりは無い。

 学会ではそう反論されて終わったが……あぁ、繋がっていたのか。

「……」

 マリィちゃんが、複雑そうな顔をしている。

 俺達二人への哀れみと、怒りと悩み。

 三つの感情が混ざった複雑な表情を浮かべている。

 それに対して俺は今どんな顔をしている? 

 ……分からない。だが分かる事がある。

 俺の爪先から、頭のてっぺんまで沸々と血が昇り……脳汁が沸騰している事だ。

 熱い。燃え滾る様に熱い。

「ボク行くよ。ありがとう……リージア」

 俺が自問自答し考え込んでいると、ガキはそう言った。

 俺の手を剥がして、一歩離れて振り返ってくる。

 俺を見上げるガキの顔が、登りだした太陽の逆光で見えなかった。

 ちっぽけでやせっぽちなガキは、俺を労る様に抱きつく。

「騙してごめんね、地球に帰れるかもって。逃げ出して来ちゃった」

 俺の胸に頭を押しつけて、何度も擦り付ける……匂いを付ける様に。

 その良い匂いがした。甘いミルクの香りだった。

「少しだけだけど、旅が出来て楽しかった」

 上る陽射しに映ったガキの顔は、泣きながら笑っていた。

 女が別れの時に流す涙だ。

 俺の中で沸騰していた、錯覚の脳汁が爆ぜる。

「……冗談じゃねぇぜ」

「ふぇ」

「冗談じゃねぇっつってんだよぉ、カス共がぁっ!」

 俺の手から零れ落ちようとした、手を無理矢理引っ張って抱き上げる。

 ガキとマリィが目を丸くする中、俺の激情が溢れ出す。

 雷鳴よりも響き渡る、咆哮が砂漠に木霊したっ!

「コイツは酷ェ胡散臭い話さっ!! 出来損ないのお伽噺だぜっ」

 ガキの小さくも、柔らかい顎に手を差し伸べる。

 抵抗も何も無い、驚いて成すがままだった。

「でもな……そのお伽噺が、この旅の正しさを証明してくれた!!」

 吐息がかかる零距離で見るガキの瞳には、俺が歯を剥き出して笑っていた。

 そりゃそうだっ。こんなに興奮したのは久しぶりだっ!

「お前は俺が掴んだ、異世界への鍵だっ!」

 人型の怪獣。ベニカ。

 コイツが生きている事が、異世界の実在を証明している!

 俺は間違って無かったんだっ!!

 世界の果ては……『割れ目』はあるっ!!

「ちょっ、リ、リージアっ!?」

「黙ってろっ!」

 ガキを肩に俵担ぎすると、マリィちゃんに中指を立てる。

 肩ではガキが騒いでいるが、知った事じゃない。

 お前が求めた。俺が応じた。それだけだっ!

「誰が渡すかっ……国が敵に回るぅ? 上等だボケェッ!!」

 これだから旅は面白れぇっ。世界にはまだまだ未知が溢れてるっ!

 そんな俺の内心に反して、マリィちゃんの顔がどんどん怒りに染まっていく。

 それでも俺は笑いながら、大声で言ってやろう!

「世界の全てを滅ぼしてでも、このガキは渡さねぇ!! 俺のモンだ!!!」

「リージィアァァッ!!」

 ナナマキさんの手綱を引き絞る!

「ギャカカカカカカッ!!!」

 彼女が喜びと肯定の唸り声と共に、一心不乱の突撃を敢行する!

 その衝撃が砂塵を貫き、獣が食い抉る様に進路上の大地を吹き飛ばした。

 マリィは慌てる事も無く、怯えも無く飛びすさるっ!

 遮るモノの無くなった俺達は、東に向かってひた走った。

 景色が後方へ流れていく中、肩に担いでいるガキが呟く。

「良いの? ボク……男の子だよ?」

「知った事かっ!! お前が世界の果てを目指す限り、俺達は一緒だっ!!」

 俺のモノじゃない涙の雫が、過ぎ去って行く後方の景色に滲む。

 顔は見えないガキは頷くと、俺にしがみついた。

「行こうぜっ、ベニカっ!! 世界の果てまでっ!!!」

「うんっ!」

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