第25話「柔っこくて、良い匂いする」


 ◇ ◇ ◇


 太陽が西に傾き、地に落ちる。

 同時にマリーは首都に佇む、自身の居館へと帰り着いた。

 居館とは代々のゴルニーチェ家当主が詰める、伝統あるお館である。

 当然ながら館の大きさは、周りの家とは一線を隔していた。

 そもそもE2連合には、貴族や領土という概念は存在しない。

 幾つもの砂漠の民。その中でも大きな氏族が集まった国家である。

 その中でも聖氏と目される、特権階級の館としては分不相応だろう。

「お帰りなさいませ。お嬢様」

「その呼び方、止めて貰える?」

「ほほほ、私にとっては死ぬまでお嬢様ですよ」

 館の入口で直立する執事が頭を下げて、マリーを館に誘う。

 大理石で出来た館内には、贅を尽したインテリアが並んでいた。

 歴史ある絵画に、怪獣の剥製。壁に飾られた銀の燭台に至っては数えきれない。

 砂漠では稀少物であるソレらが、財力と権力の強さを知らしめている。

 だがどうしたモノか、館は全体的に掃除が行き届いているとは言えなかった。

 使用人の数も、館の大きさに比べて少なすぎる。

 だが二人が平常な事から、通常運行なのだろう。

「入浴の用意は……」

「いらないわ。食事をしたらすぐに出るから。着替えだけお願い」

 執事がマリーの入る扉を、先行して開く。

 そこは壁をガラスで囲まれた食堂だった。

 部屋の中央には長机が置かれ、純白のシーツがかけられている。

 敢えて一つ他の部屋とは違う事を上げれば、外や廊下と比べて涼しい事だろう。

 その原因は室内の隅に置かれた箱から流れる冷気が原因の様だ。

「あれっ、上手くいったの?」

「えぇ。メイド達からも好評ですよ。掃除がしやすいと」

「新技術って言うから、胡散臭かったけど……これは良い役得ね」

 マリーが気分良さげに席に着くと、食事が運ばれてくる。

 前菜、副菜、汁物、主菜。庶民ならば一生に一度あるか無いかの贅沢だ。

 だが運ばれてくる食事は、身分からすれば随分と質素な品数である。

 だが何を気にする様子も無く、食事を始めるマリー。

 その後ろでは執事が、紙束の内容を報告し始める。

 それは政治的事情から、他家から送られた品物まで多岐に渡った。

 当主であるマリーは、食事の間に全ての判断を下していく。

 マリーが食事を終えた頃、執事が何気なく言った。

「見合いが三件来てますが」

「全部断って」

 老執事が言い終わる前に、マリーはきっぱりと強い口調で断りを入れる。

 その声音には、断固とした決意が滲んでいた。

 老執事はそんな主の様子に天を仰いで、芝居がかった口調で叫んだ。

「おお、神よ。このゴルニーチェ家が潰えるとはっ。これは試練なのですか!!」

「その答えはこう。既に結婚してる女に、見合いを強要するな。殺すぞ」

 眉が細かく動く主の様子に、執事は芝居を止めて溜息を吐く。

 その様子が更にマリーを苛立たせたのか、吐き捨てる様に執事に続ける。

「身を捧げた女に、見合い持ってくるなんて……何を考えてるの?」

「ではこの老骨が死ぬまでに、子供は見れますかね?」

「さぁ? それも神に聞いて」

 老執事はもう一度、深々と息を吐く。

 その視線は食堂に飾られた、赤旗の垂れ幕である国章へ向けられた。

「この老骨の最後の願いです、お嬢様。私が死ぬまでに家を再興なさって下さい」

「するわよ。今日はその為の任務を受けたモノ」

「私はお嬢様の身を案じてですね……」

「はぁ。口うるさくて、叶わないわ」

 これで会話は終わりだ。言外にそう告げたマリーは席を立つ。

 ついて行く老執事を、マリーは扉の前で手で制する。

「一時間の仮眠を取るから。案じるなら今度言って頂戴」

 バタン。

 閉じた扉を前にした老執事の瞳は、出来の悪い孫を見る様な……。

 温かくしょぼくれた物だった。


 ◇ ◇ ◇


 マリーの私室は高貴さよりも、年ごろの娘らしい雰囲気だった。

 伝統的且つ華やかな他室とは違い、シックで無地の白と青を基調としたカジュアルさが目立つ。

 家具も機能性を重視した、さっぱりしたデザインばかりだ。

 中でも二つの私物が、異彩を放っている。

 ボロボロな、男物の外套。

 その隣に置かれた、実戦で用いる様な騎乗槍。

 マリーは徐々に薄暗くなる部屋の中で、懐から一枚の写真を取りだした。

 青年が年若い少女を抱き寄せて、楽しげに旅をしている写真だ。

 マリーはその写真を、憎々しげに睨むと握り潰す。

 特に青年への憎悪の視線は一塩だった。

 青年の名はリージア。マリーの家が没落した元凶である。

 だがマリーが次に呟いた恨み言は、世間が知る内容とは少し違った。

「私をあんなに辱めて、弄んで……逃げ出した事を、後悔させてやる」

 写真が、くしゃくしゃになる程に強く握り締めた彼女は瞳を閉じる。

 それから丁度、二十四時間後。

 過激派が国軍の意向を無視して、強硬手段に出た事を知り泡を吹く事になる。


 ◇ ◇ ◇


「リージア、血生臭い」

「うっせっ、水浴びても落ちなかったんだよ」

「……まぁ良いや。リージアの匂いって、何だか落ち着くし」

 雲一つ無い砂漠の夜空には、月が出たばかりだった。

 そんな時間帯なのに、俺は銃撃戦跡のある部屋で女と同衾をしている。

 自慢したいが、相手がメスガキなので自慢にならん。

 でも柔っこくて、良い匂いする。緊張してきた。

「ねぇ。もうちょっと詰めてよぉ」

「俺の図体を考えろよ。お前こそ詰めろぉ?」

 俺が壁側で、ガキが部屋側。

 俺はガキを胸下で抱きしめ、包む様に二人で寝ている。

 俺達は二人部屋を予約したのに、なぜ一つのベットで寝てるのか?

 単純な話である。護衛だった。

「アイツらさえ居なけりゃ、ポールダンス見に行こうと思ってたのによぉ~!」

「……サイッテェェ。ボクの事、襲わないでよね」

「お前みたいなガキに発情すっかぁっ!! 五年してから言え!!」

 違う部屋は危険だ。何が仕掛けられているか分からん。

 違うベットだと、何かあった時にワンテンポ、遅れる。

 俺なら両手の触感で、遠くから近づく重武装の奴らを感知出来る。

 だから一緒に居た方が良い。

 外から銃撃や爆撃を受けても、俺の背中がガキの盾になるだろう。

 そんな俺の優しさを……このガキめぇ~!

「おめェが二十……いや十六か十七もあれば守り甲斐もあるってのに」

「……? ボクは十六歳だよ」

「はぁ?」

 何言ってんだ、このガキ。

 布団の中に潜り込んでいるガキが、俺を覗きこんでいるが……どう見ても、十五以上には見えない。

 あどけなくも薄い顔立ち、痩せた頬。

 それを隠す様に少しだけ長い髪は、珍しく後ろでバンドで止めている。

 デコも子供相応に大きくて、色白い。

 更には相変わらずの、スレた目をした三白眼。

 そしてスットン体型……美しい谷間がこのガキには見当たらない。

 Cカップは間違いなく無い。残念なガキだ。

「っぷ……」

「あ”ぁっ! 何か馬鹿にしたでしょっ!?」

「あ”ぁ”~~。うっせぇ!! さっさと寝ろ!!」

 ……寝たか?

「ねぇ。リージア?」

「寝てねぇんかい……なんだ?」

「あの電話の人とは、どういう関係なの?」

「あぁマリィちゃんの事か。大した関係でも無ぇぞ」

 五年前。俺は師匠に連れられて、E2連合を訪れた。

 師匠はマリーちゃんの親と仲が良く、国王に謁見出来るまで館に滞在していたのだ。

 その時に、マリーちゃんと俺は仲良くなった。

 俺がニ十歳、彼女が十二歳の時だったか。

 師匠が国王に、何を言いに行ったのかは知らない。

 マリーのオヤジも、俺が滞在中に病で死んでいる。

「昔、友達だっただけだ」

「……ふぅん。今は違うの?」

「様子を見るに、向こうはそう思ってねぇだろ……俺もちょっとな」

 俺はあの国の守護竜と喧嘩をして……ナナマキさんとぶっ殺した。

 その結果は国軍を持たないE2連合の瓦解。

 ドラゴンライダーだった、ゴルニーチェ家も衰退。

 残されたのは、十二歳になるマリィちゃんだけになった訳だ。

 まぁここ数年、国力を取り戻してるらしいけど恨み骨髄だろうな。

 俺がザっと経緯を説明するも、ガキは話半分な顔だった。

 お前が聞いたんだろうがったく。

「お前こそ、何か隠してねぇか?」

「……リージアに関係ある?」

「無いと思ってるのか?……まぁ関係有るか、分からねぇけど」

「じゃぁ、良いじゃん」

「気になるだろ」

「……」

 ガキが口ごもり、 俺の様子を伺いだす。

 もごもごしながら、俺を見て、胸に顔をうずめてを何度か繰り返した。

「えっと……「やっぱ良い」うぇ?」

「言いたく無いなら、言うな」

「……そんなに怒らないでよ」

「怒ってねだろっ!? お前の事考えてやったんだよ、ったく」

 俺の優しさが通じて無ぇな。このガキィ~~!

 男の優しさを、男の口から言わせるなんて。なんて奴だ。

「面倒事を抱えてるなら、対策したかっただけだ……言いたく無いなら、それで良いぜ。ただ解決法に駄々こねるなよ」

「……良いの?」

「『世界の割れ目』に辿り着くまでは、何があってもお前を守ってやる……お前が俺達の敵にならない限りはな」

「あ、ありがとう……」

「その言葉は、五年後にボンッキュ、バーン! な可愛い娘ちゃんになって、チューしながら言ってくれ」

「……サイッテェェ」

 うっせェよ。可愛い娘ちゃんに、チューされる機会を逃す俺じゃねェぜ。

 そう思っていると俺を罵ったガキが、目を瞑って俺に体重をかけてきた。

 見かけよりも重く、そして暖かい。

 俺は布団越しに、頭を撫でてやって呟く。

「少しは眠れそうか」

「うん……おやすみ」

 まぁ六時間後に、叩き起こす訳だが。

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