第24話「何、お前が酒を奢ってくれる所があるさ」
◇ ◇ ◇
「漸く見つけたか……まさか我が国に居たとはな」
リージア一行が襲撃される前日。
E2連合の国主の間にて、一つの勅命が下された。
国主の間とは華やかな白亜の大理石のホールであり、国王の謁見の間である。
その壁際には常に十五人ずつ兵士が並んでおり、全員が整った顔立ちをしていた。
だがこの部屋で最も美しいモノは彼らでは無い。その背後にある織物だろう。
その紅地の国旗には竜を象った金糸の刺繍が、生き生きと施されていた。
この竜こそが、E2連合のシンボルである。
数年前までは……。
「失敗は許さない……連れ戻さねばならん」
「はっ、必ずや」
玉座の間の主。国王ハーンは純白のゆったりした布服を纏い、頭には側頭部と後頭部を覆う紅の頭巾を被っていた。
国王としては若く、優れた頭脳は持つ彼は凡王として治世の王だと噂されている。
だがその知慮深い風貌と、涼し気な顔立ちを見れば侮る者はいなかった。
そして今。その穏やかな眼差しは、目の前に平伏す少女に向けられている。
少女はアジカリ人の平均的な褐色肌を持ち、年頃は十七位だろう。
前髪を七三に分けたボブカットで、金に緑を指した様な明るい色をしている。
顔立ちもその体型に比例して、下手な男よりも凜々しい。
体型はスレンダーだが、引き締まった肢体はむしろ扇情的であった。
アジカリ国の軍服を身に纏う、この女軍人の名はマリー=ゴルニーチェ。
この国の貴族階級であり、他国では侯爵家に値する上級貴族である。
そんな華やかな出自と見た目とは裏腹に、その眉間には皺が刻まれていた。
「うむ。お前の、いや……お前と『神殺し』の因縁は知っている。この事態の解決には適任だろう」
「……」
「あー、余計な事だったな。許せ」
「いえ、陛下のなさる事に間違いなんてありません」
「……ぅぅぅ。話を進めよう」
国主が己の隣に立つ年若い官僚に頷くと、マリーに一枚の封筒を差し出された。
マリーが封筒を恭しく受け取り、中を開いて写真を取り出すと目を見開く。
写真には巨大な怪獣に乗った、青年と少女の姿が映っている。
少女は汚れの目立つ服装をしており、目つきの悪さも相まって少年にも見えた。
右目を隠す様な前髪に、ローポニーテール。どこか軟弱そうな雰囲気。
快活そうなマリーとは、似て非なる少女である。
そして少女を膝の上に乗せている男の顔は、この国では知らぬ者は居ないだろう。
『神殺し』リージア
『導火線』リージア
『一人災害』リージア
そして国家が敗北宣言を喫した個人に送られる、最悪ならぬ災厄の称号。
『国定騎手』を複数の国家から送られた男。
『国定殿堂騎手』のリージア。
その性格は傍若無人にして、気紛れ。
人を人とは思わず、それに対して老馬の為に軍隊を敵に回した事もある狂人。
だがその戦力は、人類最大と噂されている。
人の形をしたケダモノ……人類の天敵にして大敵。
それが人類史にも載るだろう、大犯罪者リージアの素性である。
「大陸境に敷いた見張りの一つに、穴が空いていた。そこから侵入したのだろうな」
ハーンの言葉に、マリーが苦々しい表情を浮かべる。
近衛兵も数名も、マリーと同じ反応を示した。
彼らの言葉も代弁する様に、マリーが「御言葉ながら」と前置きをおいてから言う。
「……賊なんて信用できません。前から言っていますが」
「そうか。お前は反対派だったな……だが決まった事だ」
国王が言った見張りとは、他国で活動している賊の事である。
犯罪者に金銭と物資を影ながらに支援し、その代わりに情報を貰う。
軍人からすれば屈辱的な策だ……そして言葉とは裏腹にハーンも不快げだった。
「今回の件が上手くいけば、我が国威は戻る。この様な下策は取らずに済むだろう」
「……はっ」
「必ず奴を捕縛しろ。他国に渡る前にだ……」
下がれ、その言葉を最後にマリーは立ち上がる。
王に背を向けて、歩く彼女の拳は血の気が引く程強く握り締められていた。
それを見たハーンは、マリーが消えた後で女官にボソッと呟く。
「煽りすぎたかな?」
「まぁ私が父親に言われたら、三日は口を利きませんね」
「……姪っ子に嫌われるの、辛いんだけど」
自分の愛妹の娘が可愛いハーンは、項垂れると溜息を深々と吐いた。
◇ ◇ ◇
「一本!! そこまでっ!!」
E2連合。その王宮の最も近い場所には近衛隊の詰所がある。
五百人が常に詰められる大きさに、真新しい怪獣の厩屋。
そこでは連日の様に、ライダー達の厳しい訓練が行われていた。
今日の訓練は敷かれた円の中で、怪獣の体型毎に分けられた組取調練である。
「たるんでるぞ、テメェらっ!」
組取の勝者。マリーは鷹の上半身と獅子の下半身を持つ怪獣の騎上で怒鳴る。
それは自分に負けた者だけではなく、その場に居る全員に向かってだった。
「で、でも……」
「でもも、ヘチマもアジカリにあるかぁ!! 次、来なさいっ!!」
「お、お願いしますっ!」
負けた者が言い訳を口にする前に、マリーが怒鳴って止める。
マリーの愛獣たるグリフォンが唸ると、言い訳した相手は弾ける様に逃げ出した。
中型の怪獣であるグリフォンは、E2連合では最強の怪獣である。
像の体格を持つ、翼ある獅子と言えばどれほど強いか分かるだろう。
圧倒的な瞬発力と速度を両立する空の王者。それがグリフォンである。
そして代わりに入った男が、ディーノを魔石から解放してマリーに挑む。
だが三合も持たずに、騎上から蹴り落とされた。
それを見つめるライダー達の中で、若い二人が独り言の様子を崩さずに話している。
「おいおい……隊長殿。随分と気合い入ってんな」
「お前、知らないのか? リージアが見つかったんだってよ」
「え……死んだんじゃ」
「死んで無かったから、荒れてるんだろ」
うわっと呟いた男が、周りに聞こえない様に続ける。
ディーノの代わりに次のライダーが入るが、腰が引けてる事を怒られていた。
「俺、辺境の出だから詳しく無いんだけど……あれってマジなのか?」
「何がだよ?」
「『神殺し』だよ」
その言葉に、聞かれた側はぎょっとした顔をした。慌てて隣の兵士の口を抑える。
「馬鹿っ、嘘だったら俺達が訓練する理由無ェだろ……っ」
「そうだよな……うん」
「古い家の奴らに聞かれたら、顔真っ赤にして怒られるぞ」
『神殺し』
E2連合の最新の神話だが……同時に最古の神話を滅ぼした事件である。
そもそもE2連合という大国は、固有の軍事力が存在しなかった。
たった一匹のドラゴンが王家縁の氏族の長をライダーにして、数百年に渡って国を守り通していたのだ。
そんな守護神たるドラゴンを殺し、自らの怪獣の餌にした男こそ……。
『神殺し』のリージアである。
お陰でE2連合は軍事力を失って、一気に国力を落とす。
そんなE2連合が、他国から襲われなかったのは皮肉な理由だった。
総合戦力はともかく、アジカリ大陸最強の怪獣を殺したライダーが居る。
しかもそのライダーは、人類に敵対的でE2連合周辺に出没するという。
そのインパクトは、周囲の国の動きを鈍化させるには十分過ぎた。
結果的にE2連合は、国軍を備える事に成功し……今に至る。
「はぁぁ……そりゃぁ隊長殿も荒れるわ」
「隊長殿の家はドラゴンライダーだからこその、特権階級だったからな」
「まぁそのお陰で、俺は飯が食える訳だけど……」
「俺もだよ。軍が解体されてヤベェって訳じゃなきゃ、ここに居なかった」
「おいおい。お前が居ない中型隊とか、隊長が可愛い以外に良い所が無ぇぞ」
「何、お前が酒を奢ってくれる所があるさ」
二人の兵士がじゃれあったその時、鼻先を何かが掠める!
地鳴りの様な音と共に、詰所の壁に突き刺さったのは槍だった。
兵士が槍の投射元を見ると……そこには投擲後の体勢で、マリーが睨んでいる。
「お前らぁ、随分と余裕があるな?」
「えっいや、コイツがっ!」
「バっ、お前が教えたからっ!」
「……別にお喋りしてても良いのよ? アタシが悪かったわ」
マリーが名前の通り、花の様に可憐な笑みを浮かべた。
それに反する様に、二人の軍人の顔は血の気が引けていく。
「訓練が生温くて、お喋りする余裕があったのよね?」
そしてマリー笑みが、凶悪な軍人の顔へと歪む。
慣れ切った周囲の軍人達は、そっと耳を手で塞いだ。
「怪獣の手綱握って、首都を百週走って来ぉおおおいっ!!!」
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