第21話「異世界進化論」


 ◇ ◇ ◇


 俺達は砂丘地帯を越えて、不毛の岩石砂漠まで辿り着いた。

 まるで荒野にも見える光景だが、それが俺を一心地付けてくれる。

 岩石が増えているのは、森界と呼ばれるラジア大陸に近づいている証拠だ。

 だが砂界から森界の間には、アジカリ人殺しの異名を冠する大山脈が横たわっている。

 その山脈に挑むライダー達は、装備を整える為に街を訪れる訳だが……金を落とす者が居れば商人が訪れる。

 商人が訪れれば流通が成り立ち、その街は自然と潤っていく。

 俺達が訪れた街もE2連合の片隅の田舎だが、立派な建物が無数に生えていた。

 まぁ地価がタダみたいな物だから建物や道路が立派なだけで、岩石地帯の建材ではコンクリート製にするのが精一杯である。

 そういう意味で、この街はサカリエ王国の首都とは真逆の街だ。

 あっちは建物は雑多だし汚いが、生きる人間達はエネルギッシュで画期的。

 こっちは逆。所詮は田舎で、大通りにも人の影がないっ!

 静けさを超えて、幽霊でも住んでいそうな雰囲気の街だった。

 それでも綺麗な建物に、地面が岩盤で出来ているのはストレス発散には大きい。

 数日ゆっくり滞在するには、ぴったりだろう。


 ◇ ◇ ◇


 そんな街の旅宿のベランダで、俺は街を見下ろしていた。

 疲れた体を癒やす為に、椅子に腰かけて片手には愛読書を手にしている。

 既に物資は補給しているし、オスガキの旅装も買い漁った。

 足らない物資を何とかするアテも有る……暫くは休養日だな。

 そんな疲れた俺の耳に、男とは思えない高音の声が聞こえてきてげんなりする。

「~~?」

「んだぁ? 聞こえねぇぞぉ!!」

「リージアっ、部屋に備え付けの石鹸無い~?」

「机の上に有るぜ。お前の小遣いで買ったのに、忘れていった奴がな」

 シャワールームから、ガキの声が反響している。

 ガキは宿に来て、真っ先にシャワーを浴びに行った。

 ここ三日程、風呂に入れなかったのが余程我慢できなかったらしい。

「取って貰える?」

「男の為に、働いてられっかよ。誰も居ねぇんだから、自分で取りに来い」

「えぇ~!」

 俺は読書に戻るが……暫く待っても、ガキは取りに来ない。

 あのガキ。石鹸買ったのに、使わない気か?

「旅の途中じゃ録に使い道が無いんだぞ? 分かってるのかアイツ」

 俺は愛読書を置いて、ベランダから室内に戻る。

 旅宿は豪勢では無いが、広々としていた。

 ベットが二つ有り、薄暗いが静かなベットルーム。

 ゆったりできるチェアに、パンパンのマットが溢れている。リビング。

 シャワールームは見ていないが、ガキがゆっくりしてる辺り湯船もあるのだろう。

 そして良く分からん観葉植物に、テーマ性も感じない謎の絵画達。あるある。

「~~♪」

「はぁ、アイツ。暢気に鼻歌歌ってやがる」

 石鹸はリビングの、ガラス製のテーブルに置かれていた。

 砂漠の中心部では高額な石鹸だが、この辺りは鉱物資源が豊富だからか安い。

 だからといって、無駄金にするのは気に食わん。

 俺は包装もされていないむき出しの石鹸を手に、シャワールームへと向かった。

「おい、クソガキ。持って来たぜ」

「リージッ!?」

「速く取りにこいっつぅ……の?」

 扉を開けた先の脱衣室ではガキが、タオルで体を拭っていた。

 前よりも僅かに肌が焼けているが、手首から内側は陶器の様でもある。

 しっとりと濡れた前髪は、ヘアピンで留めていて隠れていた顔が見えた。

「ッ!!」

「あん? お前、もしかして……」 

 ガキが俺の言葉に、顔を赤くすると拭いていたタオルで体を隠した。

 濡れていた体にタオルがぴったりと張り付いて、腰のくびれや臍の緒の穴さえ丸見えである。

 体は全体的に華奢で細いが、腰と太ももは随分ともっちりしていた。

「……え、いや。リ、リージア」

「……」

 俺が脱衣室に押し入ると、ガキが一歩後ろに下がる。

 二歩進むと、ガキは隠してるタオルを掴んで体をよじった。

 遂に目の前に俺が立った時、ガキがわなわなと震えて叫んだ。

「あ、あのっ!」

「お前……片目、見えてたのか」

「……へ?」

 前髪で隠してたから、酷い火傷跡やら目が潰れてるのかと思っていた。

 だが見る限り、そんな傷も何も無い。

 ファッションなのかよ、アレ。

「まぁどうでも良いか」

 俺は石鹸を手渡すと、シャワー室を後にする。

 背後ではガキがタオルを巻いたまま、わなわな震えていた。

「……いや警戒すんなよ、ガキに欲情する筈ねぇじゃん。そもそも男じゃねぇーか」

「ボクは女だよぉっ!! とっとと出てけェっ!!」

 石鹸が剛速球で放たれると、俺の頬にメーカーの刻印がめり込んだ。


 ◇ ◇ ◇


「隠してた事はごめんって……怒らないでよぉ」

「キレてんのは、テメェの投げた石鹸でだよっ!! ファック!!」

 頬を真っ赤に腫らした俺は、ベットソファに寝っ転がって本を読んでいる。

 ガキは普段よりも艶やかな髪を垂らして、対面に座っていた。

 どうもガキは男装をしていただけの、女だった様だ。

 まぁ男ってのは、俺が勝手に思い込んでた訳だしな。

 女で一人暮らししてるなら、良く有る話だ。知り合いにもそういう奴は居る。

 問題は俺が、ガキに欲情していると思われている事だ。

「俺はガキに欲情しねェよ」

「初対面の時にしてたじゃん……」

「娼婦はエロいから別」

「サイッテェ……」

 まぁ実際には、金払って青薔薇についてでも聞くつもりだったけどな。

 そんな事を知らないガキは、俺を生ゴミを見る目で見ている。

 慣れたもんよ。後三年は成長しねェと、ダメージにもならねェぜ。

「それで……何読んでるの? いつも読んでる本だよね」

「あん? ぁ~。まぁ良いか」

 俺は本を閉じて起き上がる。

 この本は兄貴と師匠から託された地図よりも大切な、俺の一番の宝物だ。

「コイツは、大昔に自費出版で出された論文でな」

「論文っ!? リージアが読んでるのにっ!?」

「ぁ”……いや俺はバカなのはマジだし、許してやるよ」

 この本に書かれてる内容を、ザっとガキに教えてやろう。

 ぶっちゃけると、怪獣は何処から来たのか。その正体についての推論文だ。

 何せ確認されている怪獣の半分以上は、進化論に当てはまらない。

 ルチノスの様な亜竜はともかく、ほぼ全ての怪獣は化石が見つかっていないからだ。

 まるで虚空から降ってきたかの様に、進化の歴史が始まっている。

 そこで博物学の権威である学者が、幾つかの実験からとある論文を出した。

 怪獣の始祖達は、異世界から来たのでは無いかと。

「それが俗に言う異世界進化論だな」

「……何と言うか」

「嘘っぱち学説だと思うか?」

「うぇっ」

「怒らねぇよ。ただ言葉は選べ?」

 まず著者が目を付けたのは、ここまでの巨大化を伴う進化はありえない事だった。

 それこそ高重力環境の生物が、低重力環境であるこの世界に来たのでは……ってな。

 まぁこれは著者自身も否定している。

 低重力環境に来たからといって、安易な巨大化は起きないらしい。

 それこそ体長が、数%伸びるだけだろうと。

 そこでもう一つの論説が生きる訳だが……まぁ良いか。

「でも……」

「俺は信じてる。誰に言われようがな」

「……」

「元々は俺じゃなくて、家族が信じていたからだ。それでも……」

 文字の読み書きを覚えたのは、ここ数年だし学会なんて俺にはどうでも良い。

 俺には分かる。

 この学説は事実なんだ。勿論、確証なんて無い。

 それでもこの本は、世界の真実が記されている本だ。

 だから誰に何と言われても構わない。でも……。

「俺のババアが信じている事を、世界中が罵りやがった。それだけは我慢ならねぇ」

 思い出すのは背筋を常に張っていて、皺だらけで白目しか無いババアの姿。

 僅か数年だけ一緒に居た……俺が師匠と呼ぶクソババアである。

 俺はそこまで話してからガキが呆然としている事に気づき、思わず舌打ちを弾く。

 何でガキに、自分語りをしなくちゃならねぇんだよ。

 こういうのはボンッキュバーンな可愛い娘ちゃんと、ベットの中でしてぇわ。

「それで、リージアはどうするの?」

 なのにガキは、先を促してくる。

 俺は溜息が漏れない様に、ゆっくりと言葉を吐いた。

「だから俺は、この学説が正しい証拠を探している」

「それが前に言ってた……」

「世界の果て、お伽噺の『世界の割れ目』だ」

 異世界に行ける穴。ソレさえ見つければ、異世界進化論も信憑性が上がるだろう。

 少なくとも、頭の良いお偉いさんが研究を再開する切っ掛けにはなる。

「リージアってさ……」

「待て」

「……?」

「お客さんだ」

 ソレは俺の言葉と同時に始まった。

 始まりは光。次に音。空気が圧縮されて押し出される何か。

 ソレが部屋の窓硝子を四方八方から叩き割って、壁一面に穴を空ける!

「銃撃だっ!」


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