第三章「神殺し(ディサイド)」

第20話「『割れ目』を目指して」


 ◇ ◇ ◇


 砂漠を爆走している、三十メートル近い影があった。

 一時間で五十キロを超える距離を移動して尚、疲れを見せないその影は怪獣だった。

 だが見た目は、生物というよりも兵器に近い。

 納屋くらいは両断出来る、巨大な顎ハサミ。

 あらゆるモノを細かく砕く、無数の顎肢。

 槍を十本は束ねた太さと鋭さを持つ、百二十本の節足。

 太陽の光を反射し巨岩さえを打ち砕く、二メートル弱の剣尾。

 大型百足型怪獣ナナマキは砂を蹴散らし、今日も走っている。

「おぉ~い、ガキ~。岩塩取ってくれぇ」

「ベニカだってぇっ! なんで名前で呼ばないのさっ!」

「シャラァプッ。耳元で叫ぶなっての! 後、お前は俺の二倍は舐めろよ」

「えぇ~っ!? もうソレ欠片じゃん!」

「一回でじゃねぇよ!! 回数の話だっ!!」

 その上には、子供と青年が乗っていた。

 青年はナナマキの背中に括り付けた橙色の騎乗席に座り、手綱を握っている。

 体格は中肉中背で、筋肉質には見えない。

 漏らす口調から育ちの悪さがみてとれ、表情も腕白そのものだった。

 燃える様な刺々しい赤髪を風になびかせている彼の名は、リージア。

 あらゆる国家で指名手配ないし、無条件降伏を宣言された第一級犯罪者にして危険人物である。

「走ってる時に背中で動くと、落ちそうで怖いんだけど……」

「この位は慣れて貰うぜ?」

「意地悪っ!」

「違ぇつ~の!! 大事な時に怖くて出来ません、は困るんだよ」

 子供は文句を言いつつ、ナナマキの背中に張られたロープを握る。

 そのまま恐る恐る、走行中の背中を歩きだした。

 端から見れば、異質な光景である。

 細身な体は二次成長期前で、声は少年というよりも少女に近い。

 片目が隠れた前髪とローポニーテールの艶やかさも、第一印象に一役買っている事だろう。

 その上、髪から覗く顔立ちは砂漠の民の物では無かった。

 薄味の顔立ち。焼けた肌の有色肌。黒色の三白眼が特徴的な、異邦の子供である。

 服は暗色系で、紺色のジャンプスーツと染み付きコートが陰気な雰囲気に良く似合っていた。

 だがコートの染みを見る度に、嫌がる素振りから本人の要望では無いらしい。

 ベニカと名乗る子供は、リージアとナナマキの旅に同行中の一般人である。

 その為にリージアからは、オスガキと呼ばれてコキ扱われていた。

 そんな二人と一匹は、砂漠を東進し続ける。

 世界の果て、そこにある異世界への道。

 『割れ目』を目指して。


 ◇ ◇ ◇


 俺は手綱を握りながら、岩塩を差し出すガキを尻目に地図を広げた。

 四枚の紙から成るこの地図は俺。お兄ちゃん。師匠の三世代に渡り、世界中の伝聞を書き記した秘伝の地図である。

 世界中とは四大大陸。砂界、森界、人界、氷界の事で……世界最高にして唯一の冒険記録だろう。

 俺にとってはお兄ちゃんから一人前と認められた証でもあり、家族と仲間を除けば二番目の宝物だ。

「あれ、リージア。地図を見て唸ってるけど、どうかしたの?」

「どのルートで行くか、悩んでるんだっつの。普段は大きな街には寄らねぇんだけどな」

 今回の旅は、そうも行かない。

 まず単純に、物資の量が二倍いる。

 ガキがストレスから離れて、ゆっくり休める環境も必要だろう。

 必然的に、村や町に寄りながら走らねばならない。

「ふぅ~ん。『世界の割れ目』がどこにあるかは分かるの?」

「いんや?」

「えぇっ!?」

「だけど四大大陸のうち、三つの大陸は制覇している」

 地図四枚の内、三枚。砂界、森界、人界をめくる。

 各大陸の東西南北を巡り、調べた結果……三つの大陸には、無い事が分かった。

 残るは氷界……氷の大地と万年の吹雪が待つ、極限環境に在る筈だ。

「じゃぁ、真っ直ぐ向かうんだ?」

「あぁ、それでもトンデモ無い道だぜ。ションベンチビるなよ」

「いつもセクハラしてくる……さいってぇ」

 俺の肩に顎を乗せたガキが、汗の匂いを滲ませてジト目で俺を睨む。

 俺は横目でガキを見てから、話を続けた。

「まず森界に入るには、アジカリ人殺しって呼ばれる霊峰を昇らなきゃならん」

 アジカリ人殺しとは、山の事である。

 めまぐるしく変わる自然環境。

 広大過ぎて、現在地が分からなくなる自然の迷宮。

 砂界と森界の境界線とも言える難所である。

 麓には褐色肌で服の生地が薄い、可愛い娘ちゃんが多い。

「森界に入れば熱帯草原が広がっている。怪獣共の楽園だな」

 あらゆる怪獣達が生息し、中でも中型怪獣の数は他の大陸とは比較できない。

 当然の様に種類も豊富で、常に縄張り争いが勃発している。

 エキゾチックで野性的な、エロい可愛い娘ちゃんが多い。

「熱帯草原さえ越えちまえば……亜氷地帯だ」

 氷界に限り無く近い環境、万年凍土の土地……亜氷地帯。

 怪獣の数は一気に減るが、代わりに大型怪獣の数は激増する。

 唯一つの帝国が支配する、閉鎖国家だ。

 色白でセクシーな、可愛い娘ちゃんが多い。

「人界は……行ったことあるか?」

「ううん。聞いた事も無いよ。二つ隣の大陸でしょ?」

 ふぅん。まぁ一般人ならそんなもんか。

 俺はガキへ顔を向けると、ニッと笑った。

「なら秘密でェ~す」

 俺はグリンと白目を剥いて舌をべっと出すと、懐に地図をしまう。

 ガキがいきり立って、俺の地図を奪おうとする。真面目に止めろ!!

「えェェッ!? 教えてよぉっ!」

「俺が居なくちゃ隣の大陸にも行けねェんだ、教えてもしょうが無いだろぉ?」

「そうだけどぉ~、腹立つぅうう」

 ガキが馬鹿力で、白目を見せて油断していた俺の頬を叩く!! 痛ェっ!!

 ライダーでも痛いってどういうこったっ!!

「じゃぁ近場のアジカリ人殺し? に登る事を悩んでたの?」

「ソレも悩まなきゃならんが、目下の問題は……近場の国だな」

 サカリエ王国の隣、E2連合国。

 連合と名乗っている通り、過去に二つの国が合併した王権国家だ。

 嘗ては大工業大国だったらしいが、俺が生まれる前から不景気が続いている。

 まぁそれだけなら良いのだが、問題は……。

「俺、その国から生死問わずの指名手配受けてるから。遠回りしねぇとなぁって」

「……何やってんの」

「別にその国だけじゃねェよ。分かってる限り、八ヶ国からされてる」

「何やってんのっ!?」

「昔、E2連合に俺のモノを奪おうとしたクソ野郎が居てな。喧嘩したら……まぁ、軍事力を滅ぼしちまった」

「……ボク、この人に付いてきたの失敗だったかも」

 七年位前の話だけどな。

 実際には国としちゃ衰退したが、二年前から随分と技術が発展したらしい。

 ライダー戦はともかく、治安維持には相当の力を入れているとか。

「で、当然だが俺が会いたくねェ奴も居る訳だ」

「ふぅん。やっぱり軍人とか?」

「軍人っつーか、なんつーか……まぁ大回りするから会わねェだろ」

 俺の脳裏に浮かぶのは、一人の女のおっかない顔である。

 別れ際は、そりゃぁもう酷かった……とんでも無かったな。

 ちょっとおイタしていたら、俺は旅を続けられない体にされていただろう。

「そういう訳で、砂界アジカリ大陸を抜ける最後の街になる。森界に付くまで大きな街は無いからゆっくり休めよ」

「分かったよ!……はぁ。服が血塗れだなぁ」

「あぁ~、そりゃ良くねぇな。大銀貨三枚やるから、旅の用意をしてこい」

「三枚!? そんなに良いのっ!?」

「お前と同じ毛布に入るのは、ゴメンだからな」

「あぁ、うん。色々買わないとね……何買えば良い?」

「……俺も着いて行くかぁ」

 溜息交じりに呟くと、俺は地平線の果てに見えてきた街を見つめる。

 夕方前には辿り着けるだろうか?

 なんとか夜の前には、旅の準備を整えておきたかった。

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