第10話「五月蠅ぇええっ! 知らねぇええっ!」
◇ ◇ ◇
ズ ォ ォ オ ン !
響き渡る衝撃。村を覆う砂塵。
合計百二十本の節足が岩山にふんばり、全身の黒甲殻が月光を受けて村を影の世界へ落とす。
岩山の上に、三十メートル大のナナマキさんが現出したのだ。
彼女の頭部座席に立っている俺は、息を深く吸った。
「おっさぁああんっ!」
静かな砂漠に、ビリビリと響き渡る叫び。
俺を見上げている村人達から、見慣れた巨体を探す……見つけた。
そのおっさんに向かって、俺は懐に抱えた可愛い娘ちゃんを見せびらかす。
沢山厚着した、フレンダちゃんである。
彼女は俺に体重を預けながら、下の光景に顔を青くしていた。
「アンタの娘ぇっ! 貰ってくぞぉぉっ!」
はぁっ!?とか、何言ってんだぁ! とか村人の声がする。
だがそんなのは、大した話では無い。
肝心な声は、誰よりも大きく砂漠に響き渡った。
「好き放題言ってんじゃっ、ねぇぞガキィッ!」
おっさんが酒瓶を放り投げすと、下品なハンドサインを向けてくる。
俺も負けじと、中指を立てて大声で怒鳴った。
「娘を貰ってくなら、礼儀位はしっかりして行きやがれぇええ!」
「五月蠅ぇええっ! 知らねぇええっ!」
怒鳴り合う俺達を尻目に、二人の女が動いた。
老婆がおっさんを、フレンダちゃんが俺を抑える。
「お父さんっ、行って来ますっ。何時か……帰って来るからっ!」
老婆が何かおっさんに言ってる。
……良く見たらあのババア、俺に一時間も肩を揉ませたババアじゃねーか!
おっさんは不本意そうに、肩を何度か震わせた後で俯いた。
「……気を付けてなぁあっ!」
おっさんの、トドの鳴き声にも似た大声。
フレンダちゃんが頷いたのを見て、俺は手綱を引く。
ナナマキさんが踵を返し、大岩の上から降りる。
その巨体に見合った重量の衝撃は、家屋なんて紙くずにも等しい。
『契約』で肉体が強まったライダーでも無ければ、到底耐えられないだろう。
俺という腕利きのライダーが居なければ……だが。
「ギャカカカァ」
「問題無いかってさ。大丈夫かい?」
「は……はい」
まるで紙が重力に従って落ちる様に、滑らかに砂漠へと着地する。
砂漠に降り立つ時の砂塵さえ、完璧な体重移動によって節足の第一関節までしか立ち上らなかった。
俺は騎乗席に座ると、膝の上にフレンダちゃんを抱き抱える。
柔らかで、暖かな肉の感触が俺の腕に伝わる。
だが余韻を楽しんでいる暇も無い。
彼女に俺のマントとライダーゴーグルを着けさせる。
砂漠の旅に慣れない人間には、必須の旅道具だった。
「しっかり荷物は持ったな? 宅配便はたけーぞ」
「はい。でも雑貨も何も……」
「いいんだよ。フレンダちゃんが、学府に入るのに必要なモノだけ持ってりゃ」
俺は酒場跡から見つけ出した、学府への入学通知を彼女に押しつける。
「……本当に良かったんだな? オヤジさんに何も伝えないで」
「はい……きっと、決心が鈍っちゃいますから」
毛布を頭から被ったフレンダちゃんを見て、俺は鼻を鳴らす。
華奢なお嬢様かと思ったが……何だかんだ、あの村の女だったな。
口では鈍るなんて言ってるが、もう覚悟を決めてやがる。
「砂漠の夜は冷えるからよ、俺が君を温めとく……体力温存の為に寝とけよぉ」
「それは……悪いのでは?」
「おいおい、舐めるんじゃねぇ。可愛い娘ちゃん抱っこしていれば、それだけで幸せなのが男なんだぜぇ?」
俺がそう言うと、フレンダちゃんは困った様な顔で見上げてきた。
インクの中に、柑橘系の果実の様な爽やかな香り。
女の子特有の、滅茶苦茶良い匂いがする。
「そんな……私なんて、可愛くも何とも。体はだらしないし……陰気だし」
「男っつーのは、ちょっと大人しい女の子を好き放題するのが好きなんだよぉ~! それに、女の子はムチムチした方が良いもんさっ!!」
「ギチチチァ……」
「ぁ、今のマズかった? ナナマキさん」
「カカカ……」
ナナマキさんから呆れられちまった。
今の女の子の扱いは、ゼロ点らしい。
そんなぁ……。
◇ ◇ ◇
俺達の逃避行から、丸々三日が経過した。
馬とは比べものにならない速度で、俺達は日々走っている。
それも当然だろう。馬とナナマキさんではガタイが違う。
問題はフレンダちゃんだった。
俺とナナマキさんは無理すれば、三日間は寝ずとも走り続けられる。
だが彼女は、そうは行かない。
怪獣に乗っての移動は相当な体力を消耗する上、ここは砂漠地帯である。
仮眠も含めて、一日に三度の大休憩。
数時間毎の小休憩を取っても、まだ足りない。
なるべく優しく進んだが……本来なら素人が乗り越えられる荒行では無かった。
それでも弱音を吐かないフレンダちゃんは、偉いもんだ。
走り続けた俺達の目に、都市が見えて来たのは明け方近くだった。
遠目から浮かび上がる、ガスライトと高層建造物の群れ。
都市なのだから当然だが、フレンダちゃんの故郷みたいな辺鄙な村では無い。
学府がもたらす、経済価値。
それを理解している、商人達。
そのおこぼれに預かる、無数の人間達で溢れている。
中でも中央に聳え立つ巨大な建造物こそが、フレンダちゃんの夢の場所。
学府と呼ばれる建物である。
街まで辿り着いた俺達をまず歓迎したのは、高さ五メートル程の防壁だった。
防壁の入口は四箇所有り、危険物やご禁制の商品への厳しい検問がある。
まぁ俺には関係無い話だ。
俺はナナマキさんに騎乗したまま、都市の外壁へと近づく。
そして守衛に、ライダーギルド員の証明書を見せる。
訝しげな表情だった守衛は……顔を青くすると、検問を取りやめてくれた。
さぁ、後は入るだけだ。
検問を無視する俺を見て、強突く張りの商人共が騒ぎ立てるが……無視だ無視。
そうして門を潜れば都市に到着だ。
「この街は相変わらずだなぁ。今が昼間なのか、夜中なのか分からなくなる」
「カカカァ……」
俺はフレンダちゃんを撫でると、耳元で到着を知らせる。
彼女は俺の胸に顔を埋める様にして、静かに寝息を立てていた。
「着いたぜ、フレンダちゃんの目的地だ」
「ぇ……ん、むぅ。お父さん……?」
「ある意味パトロンだから、パパではあるけどよぉ……こんなイケメンをおっさん呼ばわりするんじゃねぇよ」
彼女が毛布から顔を出すと、驚きで目を見開いた!
「え? あれ……っ!? 私、さっきまで砂漠に……」
「言ったろ? 間に合わせるって。ほら、宿屋に向かうぜ」
ナナマキさんを出しっぱなしにしていると、とにかく目立つ。
見つかれば俺を鼻息荒く捕まえようとする、憲兵野郎共がやってくるだろう。
わざわざ相手にしたくは無い。
俺とフレンダちゃんが一緒に歩いてる姿を見られるのも、後々厄介になるしな。
「あの……」
「んだ?」
「ありがとう、ございました」
「……へへ。俺にかかれば余裕よ、ヨユー」
俺はニッと笑うと、滑車を使って彼女と共に都市へと降り立った。
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