第3話「俺をリスかラクダと勘違いしてんのか。おっさん」


 ◇ ◇ ◇


 部屋は大きなベットにサイドテーブルが一つ。椅子が二つあった。

 香草の匂い袋が飾られ、花の蜜に似た匂いが充満する部屋だ。

 薄暗いが灯りはない。夕暮れの紅が頼りだった。

 暫くして届いたお湯とタオルで、全身を拭く。

 オアシスに寄っていたとはいえ、三週間の垢はとんでもない。

 タオルを二枚ダメにして、漸く全身がさっぱりする。

 渡された服は、通気性の良い砂漠地帯の民族衣装だ。

 俺が鏡を見ていると、室内に控えめなノックが転がる。

 フレンダちゃんが、洗濯物を取りに来たみたいだ。

 扉を開けて、彼女を招き入れる。

 その綺麗な瞳は充血しており、頬には涙の跡が残っていた。

「気持ち良かったぜ。残りの服も洗っといてくれ」

「……砂洗いになり、ますけど」

「砂漠の風習は知ってる。砂だけ綺麗に払っておけば良い」

 服はライダーの標準装備に、土地柄に合った追加品のみである。

 砂漠なら皮鎧に、フード付きのマント。皮ブーツだけだ。

 手袋は旅中でダメにして、雑巾代わりに使った後に捨てた。

 装備品を入れた布袋を渡すと、フレンダちゃんは困惑している。

「んだ? ここじゃ皿やら服は砂洗いしないのか?」

「いっ、いえ。そうです、けど……都市の人は嫌がると思ってて」

「お坊ちゃんはな。俺がんな血に見えるか?」

「えっと……あの、その。す、すみません」

 俺が頬を吊り上げて笑うと、フレンダちゃんは言葉に詰まる。

 素直で宜しい。

 だけど俺は客だぞ客。何て事を言うんだ。

「おいおい、可愛い娘ちゃんじゃなかったら、酷かったぜ?」

「ぅ、えぇっ……ぁっ、すみません」

「まぁ、許してやるよ」

 彼女は飯は何時でも出せるから、来て欲しいと言い残し、部屋から去った。

 俺は華奢な背中を、真剣に見つめる。

 おっぱい三角形ばかり目にいってたが、尻の形も良い。

 服上からでも分かる位、ケツがムチムチ張っていた。


 ◇ ◇ ◇


 三十分後。俺は軽やかな足取りで一階に降りた。

 橙色の灯りに歓声。食器が鳴る音が聞こえる。

 昼間見た時は寂れた印象だったが、酒場は男連中やガキで溢れかえっていた。

 適当な席に座り、フレンダちゃんを呼ぶ。

「おぉ~い、フレンダちゃぁぁん」

 ウワッハッハッハと、遠くの席でクソ五月蠅い男共の笑い声が被る。

 俺の声が届かん、村の男連中が五月蠅ぇ。

 普段ならキレる所だが、俺の心は水面の様に穏やかだ。

 この世の全ての罪を許せる気がする。

「おぉ~、おぉっ! 遅かったな、アンタ!」

 突然、後ろから肩を組まれた。

 耳元を掠める汗と酒臭に、俺のボルテージが跳ね上がる。

 赤ら顔で酒瓶片手のおっさんが、肩を組みやがった。

「ヒーローじゃねぇかっ!! 皆ぁ、この人がマックスの恩人だぞ!!」

 知らない野郎が、俺を立たせて叫ぶ。

 酒場の野郎共やらガキんちょ共に、顔合わせのつもりか。

 妙に馴れ馴れしいなコイツ……。

「誰だぁ? おっさん」

「宿に案内してやっただろうがっ!」

 あれ、お前だっけ? 野郎には興味がないから、覚えてねぇや。

 目が二つ、口が一つ有ったのは、覚えてるが。

 首を傾げて記憶を漁ると、酒場の半数が酒瓶を掲げて挨拶してくる。

 ソイツらは良い。問題は残り半数である。

 押しかけてきて、数名が揉みくちゃにして来た。

「へぇ、アンタが。ご馳走になってるよ!」

 もちゃもちゃと野郎共が一塊になって、俺にくっついてくる。

 汗臭いし、ぐいぐい来る。しかも人の気も知らないで、話しかけて来た。

「ライダーだってな? ここには何日居るんだ?」

「あぁ~ん?」

 滞在日聞いて、どうするんだよ

 予定はナナマキさんと、可愛い娘ちゃんにしか教えねぇし空けねぇぞ。

「マックスが助けられたな。サボテンの葉っぱ食うかっ!?」

 爺さんが食いかけのサラダを差し出してくる。

 俺の脳の血管が、プチッと切れた錯覚の音が聞こえた。

「ウルセぇぇ!」

 周りを雄々しく威嚇して、両手で押さえつけてくる野郎共を押し退ける。

「男が抱きつくんじゃねぇっ!! オレぁっ、男に抱きつかれる趣味はねぇんだよぉ!! 葉っぱも食わねぇなら寄越せぇ!」

 男達を追っ払って、根菜をフォークに刺し出してきた爺さんから毟り食う。

 俺は貰えるモンは、風邪以外は貰う主義だ。

「好き嫌いすんな! 感っ謝っしろっ飯にっ!」

 魂のシャウトが、酒場に響く。

「酒ぇ! 飯ィ! 女ぁ! フレンダちゃぁあああん!」

 後で知ったのだが、フレンダちゃんは自室に戻っていたらしい。

 誰も止める奴はおらず……俺はその後も、野郎共に絡まれ続けた。

 十数分後。漸くジャガイモ共を追っ払った。

 俺が頬杖を付いていると、薄皿を敷いた不格好な深皿が机に置かれる。

「悪かったな。皆、久しぶりに肉を食えるもんで喜んでるのさ」

「アンタか、もう良いのか?」

「あぁ。お陰さんでな」

 狩人野郎だ。

 片足は添え木をされた上に包帯でグルグル巻きにしている。荒い治療だな。

 それで歩けるんだから、この野郎は……。

「気づいたんなら、黙っててくれよ?」

「野郎なんて、どぉーでも良いさ」

 深皿を覗くと、ごった煮スープだった。

 一匙、スプーンで掬う。

 肉が入ってねぇ、野菜しか入ってないごった煮だ。

 さっきの奴らは、肉食ってたぞ。

「俺をリスかラクダと勘違いしてんのか。おっさん」

「良いから食いやがれ、若造」

 マズかったら覚えとけよ、お前。お礼参りは感謝だけじゃねぇぞ。

 スープは人参と玉葱にトマトが煮込まれて、大半が溶けている。

 砂漠じゃ水は貴重だ。だから野菜を使った無水ポタージュを飲む。

 それは知っている。だがここまで蕩かすスープは初めて見た。

 俺が無造作に、スプーンを口に入れると……。

 その瑞々しさと甘みで、今まで熱中症だったのかと錯覚した。

「うっめぇっ!」

 野菜の食感。香辛料の香りが、脳みそに直撃する。

 アドレナリンが放出され、感覚が研ぎ澄まされていく。

 人参と玉葱の甘みが、後味に残るのが美味い。

 深皿を手に取ると、浴びる様にかっ込む。

 人参は噛む必要がない程、柔らかい。

 玉葱は形があるだけで固形でさえない。

 トマトの酸味は飛んでいて、スープを吸って腹が膨れる。

 俺が皿に口を付けて、ガツガツ食ってると……じんわりと肉の味がした。

「この皿、内臓かっ!?」

「気づいたか」

 卵を半分に割った形の不格好な深皿。

 それは香辛料をたっぷり振って、カリカリに焼いた怪獣の内臓だった。

 不細工な皿は娘にセクハラした、腹いせじゃなかったのか。

「食えるじゃねぇかっ! グーだぜ、グーっ!」

「本当は一日は臭み抜きすると、美味いんだけどな……ライダーなら臭みなんて気にならねぇだろ?」

「気にするに決まってんだろっ。この臭みが美味いんだよ」

 スープと一緒に弾力が残ったカリカリ内臓を毟る。

 か、噛みきれねぇっ!

 ミチミチと三倍程に伸びるんで、大人しく細かく千切りながら食べた。


 ◇ ◇ ◇


「ふぅぅ……腹一杯だ」

 肉の皿も食って、蒸溜酒を半分も空にした。

 酒場に居た野郎共や、がきんちょ共は既に帰っている。店仕舞いだ。

 俺は思わずブルリと震える。少し肌寒いな。

「もう夜だから冷えるか。上で暖炉を用意させてるから暖まってくれ」

「あん?」

「部屋に暖炉台があるから、使えば気持ち良く眠れる」

「……」

「明日の分はねぇぞ?」

「そりゃそうだろ」

 この砂漠で、どれだけ木が貴重だと思ってんだ? 

 乾枝なんて、緊急時の燃料だろうが。

 ……それこそ村の木を切らなきゃ、手に入らねぇだろ。

「命の礼って訳じゃねぇよ……でもアンタのお陰で皆助かった」

「俺は助けたつもりねぇけどな」

 気づいたのも助けたのも、ナナマキさんだ。彼女に感謝しろ。

 おっさんは分かってるのか、分かってないのか。ヘッと笑う。

「アンタ。こんな辺境より奥の、何処から来た」

「ずぅーっと、もっと辺境さ」

「……正直に言いたくねぇなら良いか」

 この村の男共は、俺の体と仕事に興味津々すぎる。

 俺のプライベートを話してたまるか。

「何処に行くんだ?」

「首都に帰って、ナナマキさんのお肌のチェックだ。女の子だからな」

「そうか……」

「んだよ。何が聞きてぇんだ?」

 野郎が歯切れを悪くするのは、金か女の話だけ。俺の持論である。

 野郎にモジモジされてると虫唾が走る。

 会話を終えたい俺は無茶を言うことにした。

「仕事の依頼は受けるつもりねーぜ。肉が売れて金はある。それともフレンダちゃんでも報酬にくれんのか?」

「ワシは娘を、ライダーの嫁にくれてやるつもりはねぇよ」

「あぁん?」

「苦労するのが、目に見える」

 言い返せねぇ事言いやがる。

 おっさんはその後も、愚痴をぼそぼそと吐き続けた。

「フレンダは母親に似て、出来が良い子なんだ。器量良しで俺と違ってセンスがある。本当なら今頃、都市部で……」

「都市部でぇ? 何がだよ」

 その時、外が騒がしくなった。

 幾つかの民家から鈍い悲鳴と、扉に閂をかける音がする。

「……ッチ。疫病神が来やがった」

 聞こえるのは複数人の足音と、鉄製品がぶつかり合う金属音だけ。

 俺が外に目を向けると、狩人野郎が忌々しく呟く。

「近くの野盗だよ。お行儀が良い……な」

「へぇ、お行儀が良いのと賊は両立すんのか」

「金は払って、村人に滅多に手は出さねぇ。だが近くの商隊を襲うから、村に商人が寄りつかないだけさ」

「ふーん……この村には何しに来るんだ?」

「買物と警告だけ。でも商人が来なきゃ、村は生きていけねぇし……金でも払わなきゃ、アイツらは出ていかねぇだろうな」

 成程。ゆすり屋か。

 このド素人狩人が銃なんて骨董品を持って、怪獣狩りを決意した理由も分かった。

 根無し草には分からない苦労だが、根っこの生えた草なりの苦労ってもんだろう。

 俺はショットグラスに注いだ蒸溜酒を口に含む。

 どうでも良い。世界中で良く起きる問題だ。

 だが問題とやらは、大抵寄って来るんだからタチが悪い。

 金属音と訛りの強い会話が、酒場に近づいて来る。

「……さっきの話だがな、アンタが口説けるんならそうしな」

「はぁ?」

「フレンダを幸せにできるなら、攫っても何しても良いって言ったんだよ」

 雰囲気が変わったおっさんが、俺の皿を片付け始める。

「酒瓶は上に持ってけ。今日は店じまいだ、クソして寝ろ」

「へぇへぇ、そうかい」

「……上にはフレンダも居る。手を出すなよ、若造」

 俺は発泡酒の瓶とショットグラスを手に、酒場を後にする。

 背後からは下卑た笑い声が複数、扉を開けて入って来た。

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