第22話 時に王様

 早朝、例の隠し通路を伝ってマーカーのある部屋に向かうと。


「……」


 昨夜倒した銀髪の少女が地面で眠りこけていた。

 毛嫌いしている貴族の出身とはいえ、悪いことしてしまった。

 なんのお詫びにもならないけど、少女をベットに戻して、っと。


 僕は部屋に浮かんでいる臙脂色の焔に触れ、キリコの部屋に転移した。


「ん……」


 キリコはベットの中で寝息を立てている。


 久しぶりに来た彼女の部屋を窺うと、以前のぬいぐるみだらけの乱雑とした印象とは違い、スマートな内装になっていた。昨夜はタイオウは無事に逃げ切れたのだろうか? そうだと信じたい。


 キリコの家の人を起こさぬよういそいそと玄関に向かい、扉を開けて朝日を拝み、僕はその格好のまま登校した。今日は水曜日、文化祭のことを考えると猶予はもうなかった。


 § § §


 放課後になると僕らはキリコの家の前に集った。


 平日のこの時間だと、キリコのお父さんは働きに出ているので問題ない。

 玄関から靴を脱いで堂々と部屋に上がらせて貰う。


「じゃあ、行くぞ。もう猶予はそう残されてないから、これがラストチャンスのつもりで臨もう」


 みんなに忠告すると頷いて、確認した後はすぐに転移した。


「待っていたぞ、悪党め」


 転移先の部屋には昨日倒した銀髪の少女が騎士みたいな姿で仁王立ちしていて、彼女の周囲には同じ騎士の格好をした男女が僕らを取り囲むように控えている。キリコがその光景を不思議がっていた。


「デュラン、昨日何が遭ったの? やけに厳戒じゃない」

「貴方は確かアイラート王の姉のライア様を自称していたな?」

「ええ、そうよ」

「アイラート王が、貴方達に面会したがっている。ついて来い」


 銀髪の少女がそう言い、キリコの両腕に錠をかけた。

 周囲にいた他の騎士が僕らの両腕に錠をかけ、僕らは銀髪の彼女に玉座へと案内される。


「本当に昨日何が遭ったのよ」


 道中キリコがそう言うと、先導していた彼女が口を開いた。


「昨日か? 私はそこの男になぶられたのだが、聞いてないのか?」

「それって具体的には何をされたの?」

「暴力を振われ、意識を失った私の身体を弄ばれた」


 はぁああああああ!?


「そんなことしてないだろ!」

「……」

「そして黙るなよ!」


 これだから貴族の輩は好きになれない。

 彼女の部屋がある塔の階段を降りて、玉座の間に向かうと。


「おお、デュラン、待っていたぞ」


 チャールズ氏も、玉座の間にいた。


 石造りの玉座の間には赤い絨毯が敷かれ、壁には王家の紋章が刻まれた豪華な垂れ幕が林立して掛けられている。赤い絨毯を辿ると、小さな階段の先に黒茶に塗装された古風な玉座がある。


 玉座には白い毛皮のマントを着た王がいて、チャールズ氏は王の隣に控えていたのだ。


「……尋ねるが、貴方は本当に我が姉、ライアなのか?」


 王はキリコに端的にそう聞くと。


「逆に聞きたいんだけど、貴方はあたし達の知るアイラートであってるの? ちょっと、こっちはアンドロタイトの時代感覚がなくてね」


 キリコの台詞に、王は僕達を黙視していた。


「王よ、私からも進言するが、彼らは大英雄のデュランパーティーで間違いないだろう」


 チャールズ氏は王に直接進言できるほどの、権威だったのか?

 彼の進言を受けた王は、重たそうにしていた口を開く。


「ではデュラン殿にお尋ねするが、今回は何用で参った?」

「……先ず、魔王を倒した後、僕らの身に何が起こったのか、そこから説明致します」


 そこで僕は魔王を倒してから地球に転生した顛末を語り。

 魔王の存在は伏せ、カレーを完成させるためにアムリタが必要なことを語った。


「女神に新たな人生と恩恵を授かった、そう申すのだな」

「そうですよ」

「それで、転生先の学び舎の祭りで提供するためのカレーのために、アムリタを使うと?」

「アムリタを使うのは主に僕達の正客と考えて頂きたい」


 王から寄越された問いに答えると、隣に居たチャールズ氏が動揺していた。


「デュラン、お前が儂にカレーを教わりに来たのは、そんな理由だったのか」

「貴方達にとっては小さなことかもしれませんが、僕にとっては重要だったんだ」


 すると玉座にいた王の家臣達がさざめく。


 ――大英雄達はその後転生していたのか。

 ――地球? 一体どんな所なのだろう?


 ざわつく家臣達に対し、王は肘をつき、キリコを注視している。


「……よかろう、お前達の言う事を私は信じよう」

「えっらそうに、でも安心したわアイラート、いつも震えていた貴方が立派になったみたいで」

「姉さん、今の私には王の立場がある。余りうかつなことは口にしないでくれ」

「それで、アムリタはくれるの? くれないの?」


 キリコの不遜な態度に、護衛していた銀髪の騎士が「無礼であろう、態度を弁えよ」と注意していた。今も昔も、ヒューグラント王国の封建制度は変わってないみたいで、疲れるよ。


 王は騎士に向かって手をかざし、キリコの態度を許していた。


「アムリタは条件付きであげてやってもいい」

「と言うと?」


「あれは明日、王都で行われる闘技大会の景品になっている。ならば、デュラン殿も大会に参加してみてはどうか。貴方が本当に魔王を討った大英雄であれば、優勝できるはずだ」


 王の言葉に、キリコは深々とため息をついた。


「はぁあぁあぁあぁ~、なんでカレーのためにそんな苦労しなくちゃいけないのよ」


 それ、言っちゃう? ここまで来ると僕だってそう思う。

 しかもそのカレーを差し出す相手は魔王、などとは口が裂けても言えなかった。

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