第19話

 週が明けたところで、早速、「小竹ぇー、先週の子たち良かったなぁ、さすがオレだろ」

 遅刻をしてきたわりには意気が上がっている。僕の後ろの席に忍び込んできた圭太が、囁きながらも声を荒げた。

「なんか自分の手柄のように言っているな」

「オレがセッティングしたんだからオレのお陰だろう」

 店をアレンジしたのは僕なのだが、まあそれは言うまい。圭太の言うとおり、その日から僕は西山恵理菜のことが忘れられなくなっていた。

「おまえはおまえで、恵理菜のこと気に入ったんだろう」

 図星だった。

「番号聞いたんだから電話しろよ。いいヤツだからな……、オレに遠慮する必要なんてないぜ」

 そう言われると確かに背中を押される。僕はいつ、どういうタイミングで、何を理由に連絡を取ればいいかを考えあぐねていた。

「簡単に言うけど、用事もないのにできないだろう」

「そんなことはないぜ、“先日は楽しかった”と言ってすればいいだろう。でも、そういうことなら……、へへっ、これをオマエにやる」

「なんだ??」

 カバンをごそごそやりながら彼が取り出した紙切れは、箱根のペンションの無料宿泊券だった。

「オヤジにもらったんだ。大学の友だちと行けって」

「おおーっ、五人まで無料じゃねーか」

「そうなんだ、いいだろ。またみんなで行こうぜ」

 圭太のなかではすでに行くことが前提になっていた。

「ちょっと待て・・・、五人までだから一人行けないな」

「山野には“悪い”ってことにするしかないな。あるいは一人分の金くらいオレが・・・、いや、三人で出そうぜ」

 そういえば、授業中だった。


 が、しかし、結局のところ、西山恵理菜は行けなかった。圭太と相談した結果、前期試験が終わったうえに紅葉がはじまるであろう初秋の一定期間に狙いを定めていた。

「……ごめんなさい。そのあたりはちょっと私、行けそうにないと思うわ……」

 しばらく間をおいているからなんとなく雲行きがあやしいと思った。電話口からの回答は、「行けない」という断定ではなく、「ないと思う」だった。せめてそこに良心を抱くべきなのか。

「そうなの・・・、じゃあ別の日で行けそうな日はある?」

 僕は僕で「行ける日」ではなく、「行けそうな」と遠慮がちに切り込んだ。すでに、だいぶ落ち気味のムードのなかでの無駄なあがきだった。

「私たちは、それくらいから試験があるし、実習がはじまるから・・・・・・どうかなぁ?」という、学生にとっては鉄壁の言い訳だった。あまり行きたくない、もしくは好かれていないというのが、さらに直感としてありありと伝わってきた。それが確実になったのは、その晩の圭太からの・・・、圭太においてのOKの返答だった。

「小竹、オレが気に入った子、行ってもいいって言ってくれたぜ!」

 深夜にかかってくる電話は圭太くらいしかいない。今夜の電話もそうだった。

「いままで電話してたんだけどな、即決で“いいよ”って言ってくれたぜ」

 本当に即決か? 盛ってないか? と一瞬妬(ねた)ましく思ったが、僕より五〇〇〇億万倍、いや比較にすらならないくらい羨ましい返答だ。

「そうか、良かったな・・・」

「んっ? 恵理菜も行くって言ったろ??」

 いつも陽気な圭太の屈託のなさが、今夜はなんとなく腹ただしかった。

「僕はダメだったよ」

 そう言うしかなかった。

「なにっ、マジかっ……、なんで!?」

「テストと実習があるから忙しいって」

「えっ、恵理菜がそんなこと言ったのか? 二人は同じ学部だろ、カルキュラムも同じじゃないのか。だったらなんでオレのほうはOKなんだ」

「そんなの言うまでもないだろう、オマエはよくて、僕はダメだってことだ」

 一瞬言葉を詰まらせている雰囲気は伝わったが、けっして同情しているふうではなかった。

「・・・・・・まっ、気を落とすな。また紹介してやるから」

 いろいろなぐさめてくれたと思うのだが、最後のこの言葉しか覚えていない。

「山野と四人で行ってこいよ、それだったら一人分追加の余計な金も使わなくてすむだろうからな・・・」

 もう眠いからを理由に、僕は、僕のほうから電話を切った。圭太には本当に申し訳なかったが、これ以上話すことはなにもなかった。

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