第18話

 大学で真っ先に仲良くなった友だちは、福島県の沿岸部、南野馬市出身の小野寺圭太(おのでらけいた)だった。名前の順で僕の次の出席番号だったから、同じ実習グループを組むことが多かった。だから自然と仲良くなった。いかにも海の近くで育った青年という感じで、眉毛が太く丸顔、ほどよく日焼けしたがっちり体型、ちょっと単純だが人懐っこくて陽気。父親は病院経営をしているから、きっと金持ち。たいして不自由なく育ったのだろう、気さくでいいヤツだった。彼も一人暮らしで、住んでいる場所も偶然近かったから、ちょいちょいそいつのマンションに行って一緒に夕飯を食べたり、ゲームをしたりして遊んでいた。

 

 二年に進級したある日の朝、彼がいい話をもってきた。

 僕の顔を見るなり高揚した面持ちで、「実はオレも知らなかったんだけど・・・、最近正確な情報をキャッチしたんだ」と。何を言い出すのかと思いきや、「近くの医療福祉大学に、高校時代にわりと仲の良かった女が進学しているんだ!」とのことだった。

 朝からテンションが高い。

「それはかなり偶然だな、その子もわざわざ福島から来たのか?」

「そうなんだ。昨日やっと連絡先がわかって電話したんだけど、久しぶりだからって、つい、ながなが話し込んじゃってな」

 なるほど、それは楽しい会話だろう。彼が興奮するのも無理はない。

「で、だからどうだっていうんだ?」

「鈍いなぁ、決まってんだろ……、今度飲もうぜって話しになったんだ」

 ここで始業ベルが鳴ってしまった。次の休み時間までの間(ま)が待ち遠しかった。

「そうか、それはデカしたな!」

「ああ、いい話しだろう。それで、その同級生の西山恵理菜(にしやまえりな)っていうんだけど、ソイツもそこそこ可愛いのだが、ちょっと真面目で堅いんだな。だから他にもっといい娘を連れてこいと言ってあるから、どうだ小竹、行くか?」

「要は、コンパってことか?」

「まあ、そういうことだ」

 少しだけ考えるフリをしてから、「そうだな、行ってやってもいいよ」

もちろん行く気はある。本音を言えば喉から手が出るほど行きたい。が、男子陣は圭太と僕の二人、女子は圭太の同級生と、他に二人の子を連れてくるとのことで……、それは、新たな女友だちの誕生を予感させる一方で、ちょっと負担が大きいという気もした。

「初対面で、二対三かぁ……」

 僕が不安そうに圭太に尋ねると、「大丈夫、オレとオマエがコンビを組めば、女子の三人や四人、五人や六人相手にできるぜ」と、即答だった。

 どこからその自信が生まれるのかよくわからなかったが、確かに圭太は盛り上げじょうずだった。こう言ってはなんだが田舎の豪快なヤツって感じで、都会的なスマートさはなかったけれど裏表(うらおもて)のない、わかりやすい性格だった。彼はラグビー部だったから、マネージャーなどを含めて、それなりに女子との対話を重ねてきたのだろう。

「あまり自信はないが、圭太がいるならなんとかなるか。がんばるわ」

 僕にとっては大学に入学してはじめてのコンパだった。軽音学部の飲み会というのは何回か経験したけど、まあ男ばっかりだったし、自主的に催す女子との飲み会というのははじめてだった。いったいどのように段取ったらいいのだろうか。いまから考えればなんてことはないのだが、当時としては、店の選別に続いて予約と予算決め・・・・・・、どうすればいいのだろうか。女の子の足を考えると駅近くのほうがいいのか。あらかじめ何品かの料理を準備しておいてもらったほうがいいのか、だとすると彼女らの好みはなんだろうか、でもそうするより、到着してから銘々が好きなものを注文したほうがいいのか・・・・・・。

 皆でタクシーを乗り合わせて行くからどこでもいいということだった。結局一周回って、行ったことのある大学近くのちょっとおしゃれな居酒屋でいいかってことになった。

「知らないところより、勝手がわかっている店のほうがいいだろう」

 圭太のアドバイスは理にかなっていた。ヤツもそれなりに緊張し、それなりにこの飲み会に賭けていたのだろう。料理に関しても電話口でまごついていると、店主から「来てから適当に注文していただければ、なるべく早くお出ししますので」の一言でクリアされた。


 そして当日の朝を迎えた。もうひとつ、僕らにとってのカードを切った。これは完全に勝負の世界なのだ。早速声をかけてきた圭太からの切り札は、「もうひとり男を増やしたぞ。ヨット部の山野に声をかけたら“暇だ”って言うから誘ったぜ。すぐに飲み屋に追加人数の連絡をしておいてくれ」だった。

 やっぱり彼もちょっと不安だったのかもしれない。

「ああ、そうなのか・・・、わかった」

 僕は、返事をしながらこれはいいヤツが助っ人に加わったと思った。山野と言えば、圭太とはまた違った意味での爽やか系“陽キャ”だ。ヨットも格好ではじめたようなもので、ちょっと見るとチャラいが、話せば感じが好い。彼とは去年の夏、近くの川で遊んで依頼、気心の知れる友だちのひとりになっていた。僕らは万全の体制でコンパに臨んだ。

 三人の女子が揃えばきっとこんなパターンだろうと思う、まさにそのとおりの人選だった。同級生は、面食いの圭太が紹介するだけあって顔はまずまず、素朴で真面目タイプ、穏やかでおっとりした人柄だった。福島から志をもって来たわけだから考えはしっかりしている。もう一人は明るく社交的、というかちょっと破天荒、ルックスは好み次第だけれど、派手な顔立ちだから化粧によってはかなり映える。そして、最後の一人は、遠慮がちと言えばそれほど悪い響きではないが、不思議タイプでお世辞にも取っ付きやすいとは言えない。が、これがよく見ると相当な美人。

 三者三様、だが、まったくもって軽く平均点越え、女子大生との合コンってこういうものなのかと思った。そして、人気は二番目と三番目に傾いた。人畜無害な山野はノリのいい二番目、海やマリンスポーツに関する話題で盛り上がっていた。そして圭太の面食いにハマったのが三番目、彼のしゃべりによって、ミステリアスなタイプの彼女も少しずつ女性としての持ち味が出ている気がした。ラグビーには興味なさそうだったので彼のもうひとつのこだわり、映画とかドライブとか、それからちょっと地元の話題など、そんな話しをしているようだった。

 

 そして僕はというと・・・、これがちょうどいいことに、圭太の同級生の恵理菜だった。

 おとなしくて無口だったが、そうした引いたところが逆に、その子の魅力を引き立てているような気がした。逆三角形の顔立ちに澄んだ瞳、すらっとした鼻筋にきめ細やかな肌、伏し目がちで物憂げな表情、肩まで伸びたストレートの黒髪に姿勢の整った佇まい。パープルのシャツに、短めのキュロットスカートの下は黒のレギンスを履いていた。クールな印象に対してちょっとだけ訛った言葉使い。それが妙なギャップを生んでいた。洋楽ポップスを中心に音楽もわりと聴くようで、僕とも話しが合った。月並みだけれど、「料理はわりと得意よ。オーブンを実家から持ってきているから、ひととおりなんでも作れるわ」という言葉が、特に印象に残った。

 なんだかんだで二次会を含めて一二時近くまで飲んで、だべっていたような気がする。二件目は静かなバーのようなところに行った。僕らも彼女らも大学二年生、まだ十代の子もいたが、でもやっぱり大学ってこういうところだ。話しの中心は恋愛に関することで、酒の力を借りることでかなりぶっちゃけた話しにもなったような気がする。恵理菜に恋人がいるのかいないのかの真実を聞き出すことはできなかったものの、はっきり言って、いやはっきり言うまでもなく、僕にとっての人生最初の合コンは……、素晴らしく楽しかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る