第10話

 付き合っているというか、そうでなくとも特別な関係ということにはなるだろう。周囲に向けておおっぴらに打ち明けることはなかったし、尋ねてくるような同僚もいなかったから、僕の彼女に対する接し方は、最初からずっと変わらなかった。

 

 僕は三年目から大学院に進み、診療はもちろん研究をはじめたことで、めまぐるしいほどの忙しさに襲われることになった。愛里だって、まさに仕事のスタートを切ったばかりだ。お互いが成長のときで、暗黙の了解として“色恋”をそんなに発展させる余裕はなかった。スペシャリストの職に就いたという自覚はあったから、まずは仕事を覚え、進化させていくことに注力したい時期だった。だから、付き合うだとか、彼女彼氏だとか、そういう甘ったるいカテゴリーに自分らを括る必要はないと思っていたし、そんなことにいちいちこだわる意味もないと考えていた。好きであるという気持ち以外に何が必要なのかと。

 そういうところは彼女もサッパリしていた。良い悪いは別にして、形やスタイル、もっと言うと“恋人同士はこうあるべし”という特別な執着はなかった。もちろんだからと言って疎遠になっていくということはいっさいなく、むしろお互いを求める気持ちは日に日に募っていった。

 一、二か月に一回くらいの割合で食事に行ったり飲みに行ったり、ときにドライブをしたり。三年目から大学院を卒業するくらいまでの四年間――年齢にすれば二七から三一歳――、この期間が僕にとってもっとも充実した、医者を天職と思った輝かしい時間だった。

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