第9話 「乃梨子がここに通ってくれてたって知って…嬉しかった。」

 〇高原さくら


「乃梨子がここに通ってくれてたって知って…嬉しかった。」


「あたしもよ。ありがとう、乃梨子。」


「…う…ううん…だってそれは…」


「照れない照れない。」


「もっもうっ!!」


 …誓と乃梨子ちゃん、そして麗の会話を聞いて。

 この子達、みんなそれぞれ色んな事を知ってるんだと思った。

 そして今日、ここにこうして集まったのは…誓と麗が自分達の生い立ちを受け止めたって事。


 一度に全てを把握するのは難しいけど、今日みんなが幸せなら…それでいいと思う。

 …今は。



「それにしても麗、いつ来たの?」


 あたしがウキウキしながら問いかけると、麗は「んふふっ」と首をすくめて。


「いつ来たかって聞かれると、まあ…さっきよ。」


「さっき?」


「ええ。ビュンって。」


「……」


 ああ~…


 あたしが納得って顔すると、誓も乃梨子ちゃんも、そしてなっちゃんも。

 みんなが目を細めて小さく頷いた。


 そう。

 麗の旦那様である陸さんは、家を出てるとは言え…二階堂の直系。

 みんながここに来る事になった経緯は分からないけど、二階堂を使ったとなると、先に誓と乃梨子ちゃんが来る事を決めて、それから麗…って事か。


 だけど、麗だけじゃ二階堂を動かす事はできないから……


「…それで…他のみんなは?」


 まさかね。


 なんて思いながら、問いかける。


「他のみんな?」


 なっちゃんが不思議そうにあたしを見たけど、誓と乃梨子ちゃんと麗は顔を見合わせて『さすが母さん』って口パクで言った。


 リトルベニスに来るって陸さんが二階堂を使うとしたら。


「何?俺も行く。」


 絶対千里さんもそう言う。

 そうなると、知花は必然的に一緒だし。


「えー!!いいね!!」


 って…圭司さんと瞳ちゃんも来る。はず。


 そうすると、話しは瞬く間にあちこちに広まって…



「…あいつらー…スケジュールはどうした…」


 なっちゃんが、額に手を当てて溜息を吐いた。


 その視線の先…川辺に面した庭では。


「絶景!!」


「ねえ、明日はここでランチにしない?」


「そりゃ楽しいに違いない。」



 もう…!!


 みんな……



 大好き!!






 〇桐生院知花


「そりゃ楽しいに違いない。」


 千里がそう言って、あたしの肩を抱き寄せる。



 大部屋で父さんと母さんがリトルベニスに行って来る。って言って。

 誓と乃梨子ちゃんが仕事でカナダに行って来る。って言って。

 その翌々日、陸ちゃんから。


『二階堂から特別機出してリトルベニス行くけど、どうする?』


 ってSHE'S-HE'Sに連絡が回って来て…

 だけどそれは『世界一イケてる男たち』グループにも回ってたらしく。


「よし。スケジュール調整するぞ。」


 スマホを見てるあたしの隣で、千里がすぐに動き始めた。



 どうして?なんで二階堂を動かしてまで?なんて思ったけど。

 麗から…衝撃告白があった。



「あたしと誓、容子母さんと、高原陽路史さんの子供らしいの。」


「……」


 深夜の招集にもかかわらず、全員が集まった大部屋は。

 その告白に一瞬静まったものの…


「えーと…高原陽路史って…あたしの伯父貴だよね…」


 聖子が額に手を当てて言った。


「そう。高原陽路史さんと桐生院の父は腹違いの兄弟で。」


「え――っ!?」


 その情報にはあたしも目を丸くした。


「おまえ…知ってたか?」


「う…ううん…初耳…」


 さすがに千里も驚きを隠せないようで、『親父さんと…ん?いや、高原さんは…ん?』なんて、頭の中で相関図を展開してる。


「桐生院の父は子供が出来ない体質だったそうで、母はおばあちゃまの策略で、陽路史さんと…」


「麗、言い方。」


「だって策略って本人が書いてたんだもの。」


「…本人?」


 麗は手に持ってた白い封筒から、丁寧に折られた便箋を広げて。


「おばあちゃまの手紙。」


 みんなに、その名前を見せた。



 桐生院雅乃



「…確かに…おばあちゃまの文字…」


 あたしが途方に暮れながら呟くと。


「若い頃だったら、受け止められなかったと思うけど…何だか今は『あ、そう』って感じ…ううん…『何で早く言ってくれなかったの?』かな…」


 そう言った麗の頭を、陸ちゃんがわしゃわしゃと撫でた。


「こんな事ってある?って、この事は墓場まで持って行くって思ってたけど…」


 麗の視線は、おばあちゃまも父さんも笑ってる家族写真。


「…おばあちゃまも父さんも、ずっと何かを抱えたままだったなんて…って…あたし、届かないとしても、動かなきゃって思ったの…」


「麗…」


 麗の手を取って、抱きしめる。


 あたしはずっと愛されてたのに、愛されてないと思い込んで…そのせいで、麗と誓には不憫な思いをさせた。

 そのせいか、麗との間にはいつも溝があった。


 だけど、子供の頃は振りほどかれてしまってた手も、今は笑いながら握り返してくれる。

 あたしの失敗も笑い飛ばしてくれる。

 愛のこもった小さな嫌味も、麗ならではで…


 あたしは、血なんて関係ない。

 家族は、そんなもんじゃない。って…本気でそう思えてる。



「届かない?んなわけねーだろ。」


 鼻で笑うような、千里の声。


「そうよ。おじ様もおばあ様も、きっと喜ばれる。」


 瞳さんが、あたしと麗を抱きしめるように包むと。


「あたしも混ぜてっ。」


 聖子がそこに加わって。


「伯父貴、ずっと連絡取れなくなってて心配してたんだ…良かった…」


 少し涙ぐみながら言った。




「えー!!みんな来たの!?」


 庭に居るあたし達を見て、母さんの笑顔が咲いた。


 もう、何人で来たかなんて分からない。

 結局、二階堂は特別機を二基も飛ばしてくれて。

 職権乱用にならないの?って…海さん聞いてしまった。(大丈夫って言われた)



「篠田、久しぶりだな。」


「千里様、いつも父の墓を」


「あああああ…その話はいい…」


「え?千里、今の何?」


「いや、何でもない。いいから飯の用意しようぜ。」


「篠田さん、後で教え…」


「知花、いいからキッチンに行くぞ!!」



 …おばあちゃま、お父さん…容子母さん。


 そこに天国があるなら。

 そして、そこから見えるなら。


 みんなを、見守ってて。




 〇桐生院 誓


「…ん…」


 乃梨子と麗と一緒に、紺野陽路史さんが休まれてる部屋に生けた花を飾った。


 寝ている姿は…息をしてるのか?って心配になるほどで。

 そして、聞いてはいたけど…予想以上に高齢の方で…ついつい凝視してしまった。



「あっ、紺野様…うるさくしてしまいましたか?」


 うっすらと目を開けた紺野陽路史さんに、乃梨子が問いかけると。


「…君は…ああ…花を………」


 一旦、花に留まった視線が。


「…容子…?」


 麗を捉えた途端、輝きを取り戻した。



 ゴクン



 束の間の、だけど長く感じられる静寂の中。

 誰かが息を飲んだ。


 麗だったか、乃梨子だったか、はたまた…僕か、紺野陽路史さんか。



 紺野さんの視線に打ち付けられたかのように、動けないでいた麗は。

 すぅ、と小さく深呼吸をして。



「残念でした。あたしは麗。はじめまして、お父さん。」


 満面の笑みでー…紺野さんの枕元にしゃがみこんだ。


「…え…?おと……え?」


 紺野さんは動揺のあまり、言葉が出て来ない。


 …これ、体に良くないんじゃ?


 と思ったけど…


「…はじめまして。お父さん。誓です。」


 僕も、麗の反対側にしゃがみこんで言った。


「ちょっと誓、こっちに来なさいよ。お父さん、あっちこっち向くの大変でしょ?」


「あ、そっか…って、でもリハビリになんないかな。」


「んもうっ。あ、乃梨子。説明してあげて?」


 麗がそう言って、乃梨子に位置を譲る。

 しかも、椅子まで持って来た。

 麗…優しくなったなー…って…


「…乃梨子、大丈夫?」


 乃梨子の涙腺が崩壊してる。


「ふっ…んっ…うんっ…だいじょ…ぶ…ありがと…」


 乃梨子は麗が置いた椅子に座ると。


「…紺野様…あたしの、大事な旦那様の誓君と…双子の麗ちゃん…二人は、紺野様と…容子さんの…ううっ…」


 そこまで言うと、また泣き始めてしまった。


「……まさか……」


 全部を聞かなくても、解ると思う。

 僕も麗も、母さんに似てる。

 特に…今日の麗は、数少ない笑顔の母さんの写真と同じ髪型だ。


「色々あって今まで来れなかった…遅れてごめんなさい。」


 麗がそう言いながら、陽路史さんの手を握る。

 昔はこんな事が出来る性格じゃなかったよな…なんて思いながら、その光景を眺めた。


「それは…いや…申し訳ないが…嘘では…?」


「あたし達、母さんに似てない?」


 麗は鞄の中から母さんの写真を出して、自分と僕との間に並べた。


「…容子…は…今…」


 絞り出すような陽路史さんの言葉に、僕らは一瞬息を飲んだ。

 母はこの人より一回り以上若かった。

 今も生きていると思われていても不思議じゃない。


 若くして亡くなった…しかも家族中から疎まれた状態だった母。

 僕は…憎んだまま、愛する事も出来なかった…

 そしてその事が、ずっと僕の心の奥底に深い傷として残ったままだ。



「…今日は連れて来る事が出来なかったけど、次は必ず連れてきます。」


「!!」


 僕の言葉に、麗と乃梨子が目を見開いたのが分かったけど。


「だから、元気でいてください。」


 そう言わずにはいられなかった。




 こんな嘘、ダメかもしれないけど。




 僕のできなかった親孝行を…


 少しだけ、させて欲しいんだよ…。

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