第二話「百人の画家」

 いつからかふたりで会うようになった。どちらからともなく連絡先を交換した。それからというもの彼女が仕事を終える時刻に間に合うように自分の職場を飛び出すようになった。残した仕事は次の日の朝済ませた。それが午前三時四時になろうと全く問題なかった。むしろくらくらするような朝の日差しや憂鬱なほど目指す場所に進まない通勤時間を回避できることは性に合っていたと思う。


 それでも彼岸を過ぎてなお日中の太陽は余力たっぷりに遠慮なく皮膚を貫くように差し込んではくるし、そうして一日仕事をした勲章として私のシャツがかぐわしい匂いを放つ。彼女に会う前に急いでシャワーを浴びて万全の状態でいたいとも思ったが、それよりも早く彼女を見つけてできるだけ長い時間を過ごしたい思いのほうが強かった。


 爽やかなレモンの香りのする香水を全身に振りかける。十年来の古びた愛車を毎回洗車して、車内には自分にふりかける香水よろしく消臭剤を充満させた。そうこうしているとこれまでにこの車が乗せた誰かが残していった何によるとも分からない染みに対して無性に腹が立った。


 しかし、彼女の姿が視界に入った途端にその感情は朝霧のように晴れてしまう。彼女は私の車を見つけると目尻を下げて近寄ってきてくれたが、いつもすぐには乗ってはこなかった。ノックをする仕草をする日もあれば、口真似で「乗ってもいいですか」と尋ねてから扉を開けることもあった。彼女が親しくなってからも同じように「失礼します」と言いながら、遠慮しつつもどこかとても楽しそうに乗り込んできてくれることが嬉しかった。


 隣に座る彼女の横顔は信じられないほどに美しかった。百人の画家に女性の美しいと思う横顔を描いてほしいとお願いしたらきっとほとんどはこのようなまつ毛の長さになって、このような瞳の輝きになって、このような鼻の高さになって、このような顎のラインになるだろうなと思った。むしろそう描かないのはとても変な人間できっと現世では大成することがない画家なんだろうとも思った。




 いち段落、

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