第4話:脅威

あれから時は過ぎ、土曜日。


俺とゆなは気分転換と買い物を名目に大型の複合型ショッピングモールに来ていた。


「あんまり離れるなよ」

「分かってるよ、お兄ちゃんこそ離れないでね。結構方向音痴なんだから」


ぐうの音も出ない正論を開幕で言われた俺の心は完全に曇り空である。家の両親…父親だけだが、まぁ……なんて例えれば良いのか分からないほどに方向音痴だ。


スマホのナビがあるのに道に迷うは当たり前、ガイドさんの後ろに付いてれば勝手に着くだろう目的地にも関わらずはぐれ、迷子になる。


そんな人の血を色濃く受け継いでしまったのがこの俺。父と母のやべぇ部分を一身に受け継いだ俺はサラブレッドさながらの凄さを兼ね備えたヤベェやつなのだ。


そんな事実を実の妹に言われたせいで一大イベントで晴れやかだった俺の心は一瞬で曇ったよ。どうしてくれんの。


「ね!あっち行こ!」


俺の心境とは裏腹に喜色の声に今にも踊り出しそうな程ハイテンションだ。まぁ、来てよかったな。


…んで、気が付いたら俺の目の前から消えていたと。


やれやれと思いつつも辺りを見渡すと、見覚えのある後ろ姿が目に入った。しかも、店の入口付近でネックレスを物色中だ。


行動はや。


まぁ、いつも家事をしてくれているゆなへ労いの意味も込めての外出だから今日ぐらいはハメ外して楽しんでもらうか。


「何かいいのあったか?」

「ん〜、これはどうかなぁ?」


そう言って見せてきたものは……なんて言うか、ジャラジャラした金のネックレスだった。


「……」


……言っていいのか?似合ってないと。キラキラだねぇ、これ可愛いとか言ってるんだけど。

チラチラとこっちを見てさ、期待してんじゃん。言ってくれるのを。ネックレスを付けるフリをしている姿を見て尚更思った。


だけど言えねぇ…。口が裂けても言えねぇ……。でも、言うしかないのか…。


悩みに悩んだ俺は覚悟を決め……


「あー、良いと思うぞ」


結果、濁した。


「そ、そうかなぁ〜」

「…おう」


良かった。俺の言葉にご満悦のようだ。しかし、キラキラしたものが多いなここ。俺の趣味とは違うからなんとも言えないが…最近の女の子はこういうのが好きなのか?


(ん?)


女子やべぇと慄いたその時だった。一瞬、ほんの僅かに何か感じ取った。背中をゾクリと刺すような寒気…これを俺は第六感とよんでいる。…そして、その勘は嫌な形ではよく


その勘が当たっている事を告げるように、突然地面が大きく揺れたと同時に大型怪獣の鳴き声のようなものが耳に大きく届く。


「逃げろ!!」

「し、死ぬ」

「良いから立てって!!」


ショッピングモールのタイルが剥がれ落ち、商品は床に散らばり、ガラスが砕け散る。その影響で負傷者は続出していき血の匂いが鼻を刺激する。


「お兄ちゃん!」

「大丈夫。ゆな、掴まれ」


手際よくゆなをお姫様だっこの要領で抱えて、2階から一気に1階まで降りようと脚に力を溜めるが…それは成功せずに不発に終わった。


『ただいま、ショッピングモールにC級の魔物が現れています、速やかに遠くに避難してください』


アナウンスの終わりと同時に目の前に降り立つ存在によって。


「グラァァォァ!!!」


C級。それは魔物の強さを表す指数表でE~SSSまであり、Eは攻撃系の能力者であれば大体倒せるがSSSだと凄く限られてくる。

そして、C級は大小関係なしの村や町を破壊できる力を持っている。それなりに強い能力者でなければ対象が出来ない相手だ。そうでなければ簡単に殺されるからだ。


目の前に降り立った魔物はまるで神話に出てくる巨人のようで、その禍々しい見た目はC級だなんて思わない、恐怖をかき立てる。


体長約3m程の人型。右腕がやけに大きく膨れ上がり、ツギハギの胴体とツギハギの顔は人々に恐怖と失禁を与えるぐらいトラウマを引き起こす不快な姿をしている。


その姿を見るや否や、悲鳴を上げて逃げ出す者。

我先にと人を押しのけて逃げ惑う者。

その場で泣き叫ぶ者。


こういう場面になると、人の本性ってものが顕著に現れるっていうのは真実のようだ


まぁ、それも仕方ないと言えよう。普段あまり出くわさない怪物が唐突に現れたんだ。冷静に出来きなくて可笑しくない。


それでも俺が冷静なのは単に逃げるタイミングを伺ってるに過ぎないからだ。変なタイミングで逃げてもあの魔物に見つかるだけだからな。今は周りを見ていて大人しいが…あの目は捕食者の目だ。


時期に襲いかかってくるだろう。


その予想は当たってるようで、魔物の身体が元の何倍も膨れ上がった。何かを溜め込んでいると誰にでも容易に想像が出来る。


すると、口を大きく開き声を放った。放たれた声は風を起こし、耳に劈く声に顔を顰めるが、魔物は止まらず右の膨れ上がった剛腕を真上に掲げた。


(今がチャンスだ!)


再び脚に力を入れ、飛び降りようと助走をつけ────


「お、お兄ちゃん…」


不意に聞こえた声に足を止めた。


不安そうな顔で俺を見つめ、小刻みに震えて俺に身体を寄せている。その顔はとても真っ青で…。




あぁ、そうか。お前は……踏み込んだんだな。



周りがやけに大きくクリアに見え、とても鮮明に聞こえる。フツフツと腹の奥底から湧くこの感情を表すならこれは……。


俺の中で逃げるという選択肢は消えた。


……



「グロォォォ!!」


真上に掲げた右腕を、地面に向かって思いっきり振り下ろし、辺り一帯を壊すはずだった。しかし、地面に当たる寸前にゾクリと背中を襲う寒気を感じ取り、ナニカから逃れるように咄嗟に身を大きく引いた。引いてしまった。


それがとても愚かな過ちだと気付かずに。


着地した魔物は違和感を覚えていた。それはまるで嵐前の静かさ。身を駆け巡る呆然とした違和感。

おかしい…さっきまで人間が悲鳴を上げて逃げ惑っていたはずだ。なのに何故、こんなにも音がないのだ。


いや、これは違う。周りがおかしいのではない!我がおか……し…………い………………


「グ……ラ…」





─────バチン。


魔物の首から上が消え失せ、雷の迸る音と共に、命の幕は閉じた。絶たれていた事も気付けずに。




「雷切」


紫色の雷を纏った刀身を鞘に納め、カチンと金属を擦る音が静かに響いた。刀にバチバチと雷が迸ると、存在自体がなかったかのように雷と共に消失した。


それを行ったであろう少年。いや、それは間違ってはいない。 紫電を纏い、何も映してない瞳と表情は冷酷な印象を与える。

その姿は、とても年相応の少年ではなく、まるで幾多の戦場を経験した戦士のよう。


その傍らで少年を不安そうに見つめている少女は身体は未だに震えているが、踏ん張って何とか立っているのが分かる程に弱々しかった。


少年の劇的な変化を見ても、少女には戸惑いや困惑はなかった。


何故なら知っているから。理解しているから。それが…真の姿だと。


それでも、堪えるものがある。全てを無価値と思っているような、道端の石ころのように無関心で、無機質な瞳。無表情だが、明確に怒っていると分かる程周りが歪んで見える。


いつものお調子者で、優しい兄ではなかった。凄く、怖い別の誰かに見えてしまった。


だからだろう、私は兄の袖を掴んでいたのは。


「…お兄ちゃん…」


気が付けば、私は涙を流していた。



_______________




…馬鹿だ。本当に馬鹿だ。守るべき者を傷つけ、あまつさえ泣かしてしまった。不甲斐ない自分を殴りたくなった。


「……ごめんな」


奥底から湧く程の怒りは鎮まり、ゆなのたった一言で冷静になれた。その事実がとことん馬鹿だなと自嘲する。


優しく宥めるように、ゆなの頭を撫でる。もっと安心させてやりたい気持ちはあるが…どうやらそれは叶わないみたいだ。


「大丈夫。ゆな、離れていて」


その一言でゆなは俺の言わんとしてることを察し、離れて行った。


……無理しないで、か。


離れる間際に言われた言葉。ははっ…これは怒られるかもな。


「…まだ終わらないか…」


そんな都合の良い展開は小説の中だけのようだ。気を引き締め、俺が身構えたと同時に─────目の前の空間が歪んだ。


「マジかよ…」


驚いた。

突然空間が歪んだはいいが、驚いた部分は別の所…その大きさだ。二桁を優に超える歪みがやがて罅になり────砕かれた。


「っ!?」


瞬間、音の速さで何かが飛来し、あまりの速さに対処しきれず、咄嗟に腕をクロスして防いだが、ショッピングモールの壁にぶつかり危うく外に放り投げ出されるところだった。


「お兄ちゃん!?」


心配したゆなが此方に来ないよう、左腕で制止させ、立ち上がる中で目の前の怪物を見据える。


体長は人間程度。細かく言えば180を超える身長に、膝下まで伸びる白い髪。それに加えて、青白い肌という病弱な印象を与える姿はどことなく不気味さを醸し出している。


なにより特徴的なのは、その身を包んだスーツ姿に…鼻と口以外判別がつかないのっぺらぼうのような顔。


魔物の中ではとても人間らしい、魔物。だが、それと同時にとても人間とは思えない、生きる死者のよう。


その怪物を記した本にはこう書かれていた「まるで実態のある幽霊のようで、そのか細い身体からは想像のできない力を持った破壊者である」


その名も、スレンダーマン。


アメリカの都市伝説の一種、スーツを身に纏った手足が異様に長い、真っ白い肌をした怪異。その名を冠している魔物。

そんな見た目とは裏腹に、その危険度は────限りなくAに近いB級…都市を破壊できる怪物だ。


何故、スレンダーマンなのか。理由は容姿が限りなく近いっていうのもあるが、それだけではこの名前は付かなかった。

その名で呼ばれるようになった要因は、その能力だ。


「キシャア……」


呻き声のような鳴き声が聞こえたと同時に俺の真横に現れたスレンダーマンは細い左腕を俺に向けて薙るように振りかぶった。


数々の伝承がある中で、スレンダーマンの能力で有名なのは…そう、瞬間移動だ。この力を扱い、スレンダーマンのような容姿をしている事が相まってこの名が付けられた。


俺はその事を知っていた為その場で屈んで攻撃を躱し、軽いステップを踏んで一時的に距離を取る。


(っぶねぇ…幾ら知ってても難しいな…!)


スレンダーマンの持つ能力、瞬間移動には移動系能力特有のが感じ取れず忽然と現れる為予測が難しく、気配も音も風の向きも何もかもがまるで何も無かったかのように感じれない。


まるで存在しない殺し屋を相手にしているんじゃないかと錯覚してしまう。


と言ってもこの瞬間移動には欠点がある。それは発動するまでの小さなラグ…精々0.1秒程度だが小さな誤差がある。


それに加えて瞬間移動は連発ができず、距離に応じて1秒から最大数分までのタイムラグが発生してしまう部分だ。


確かに予測は難しい。だが、とある箇所を見つめればそれは解決する。


────淡い光が小さく迸った。


一見万能のようで欠点はいくらもある。でなければ、B級程度の難易度では無い。









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異能使いと転生者 アルましろ @AdidasAdidas222

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