第52話 変態がやって来た

「そういや、千冬ぅ」


「何かしら?」


「俺があかりと学園祭の漫才の練習で忙しい間、何をしていたんだ?」


「それは……」


「もしかして……同じく寂しそうにしていた明彦とシちゃった?」


「冗談でも刺すわよ?」


「こわっ。てか、マジメな話、どうしていたのかなって、気になって」


 俺が言うと、千冬は少し押し黙る。


 何かまずいことでも聞いてしまったのだろうか?


「……実は、道場に通い始めたの」


「えっ、道場って……格闘技か何か?」


「まあ、空手というか、護身術を習うために」


「護身術……」


「ほら、その……私、海でナンパされたでしょ? ああいったことも、きっかけにあって……」


「……そっか。彼氏としてはちょっと複雑だけど、千冬が自分の意志で決めたことなら、応援するよ」


「勇太……ありがとう」


「てか、俺も見学に行っても良い?」


「えっ?」


「千冬がどんな感じにしているのか、気になるし」


「いや、でも恥ずかしいから……」


「それが良いんじゃん」


「……身近にこらしめないといけない男がいたわね~?」


「いやん、千冬ちゃ~ん♡」


「はぁ~……分かったわよ」


「やった~!」




      ◇




 後日、俺は千冬と一緒に、その道場にやって来た。


「こんにちは」


「あら、千冬ちゃん……と、そちらは?」


「あ、えっと……」


「初めまして、千冬の彼氏の川村勇太です」


「まっ、彼氏?」


「ご、ごめんなさい。私が道場に通い出したことを言ったら、どうしても見学したいって……」


「ああ、気にしないで。師範の東雲紅葉しののめくれはです」


「いつも、うちの千冬がお世話になっています」


「あなた、余計なこと言わなくても良いのよ」


「うふふ、ラブラブね?」


「いえ、その……す、すぐに支度をします」


「ええ。そうだ、せっかくだし、彼氏くんも一緒にどう?」


「えっ? 俺も良いんすか?」


「もちろんよ。道着、これでサイズ合うかしら?」


「じゃあ、ちょっと着てみます」




      ◇




 道着に着替えた俺たちは、畳のスペースにやって来た。


「男でも、襲われることはあるから。護身術を覚えておいて損はないわ」


「そっすね。たまに、からかい過ぎた千冬がヤンデレ化して、俺のことを痛めつけようとするので」


「勇太ぁ?」


「冗談です!」


「ふふ、面白い彼氏ね」


「いえ、恥ずかしい男です」


「じゃあ、せっかくだし、2人でペアになってやってもらいましょう」


「はい」


「じゃあ、勇太くんが痴漢役ね」


「はい、了解です!」


「何でそんな元気に返事するのよ。ちょっと、怖いんだけど……」


 千冬は両手で体を隠すようにして身を引く。


「安心しろ、千冬。俺が本気を出すのは、ベッドの上だけだぜ?」


「すみません、ちょっとこの男の口を塞いでも良いですか?」


「あはは、本当に仲良しね~」


 とか言いつつ、練習が始まる。


「じゃあ、勇太くん。千冬ちゃんの胸倉を掴んで」


「そうっすね。痴漢はだいたい、千冬の巨乳を狙うと思うので」


「いちいち言わなくてもいいのよ、エロ勇太!」


「こら、イチャつかないの~」


「イ、イチャついなんて……」


「はぁ、はぁ……姉ちゃん、良い乳してんな~」


「ちょっと、演技が迫真すぎて怖いんだけど!?」


「そう言えばこの前、ユーレイコスでエッチしてくれるって言ったけど、それいつしてくれんの? ねえ、いつ?」


「あくまでもお芝居に現実のあなたの欲望を持ち込まないで! ていうか、あなたこそヤンデレじゃない!」


「はいはい、分かったよ」


 俺はサッ、と千冬の胸倉を掴む。


 そのまま、キスでもしてやろうかと思ったけど……


「えいっ!」


「……アイテテテテテ!?」


「はい、ストップ、ストップ!」


 制止される。


「ち、千冬、お前ちょっと離れていた間に……」


「フフン、何だか久しぶりに、良い気分だわ」


「何か悔しいな~……よし、次は寝技ありでやろうぜ」


「って、何でよ! この変態!」


「怒るなって」


 結局、千冬はまたワーキャーとキレてしまう。


「ふむ、なるほど」


「紅葉さん、どうしました?」


「いや、やっぱり男子がいると、緊張感が生まれるなって」


「ええ、そうですね。とても不快な感じの」


「よし……勇太くん」


「はい?」


「良ければ、君もこの道場の門下生にならない?」


「俺がっすか?」


「そう」


「ちょ、ちょっと待って下さい! この男は、あくまでも見学に来ただけで……」


「う~ん、そうっすね……分かりました、なります」


「えぇ~!?」


「おめでとう、君はこの道場の男子門下生、第1号よ」


「マジっすか? これって、まさかのハーレム?」


「勇太……浮気したら、コロス」


「大丈夫だって、千冬。俺が痴漢したいのは、お前だけだから」


「バカじゃないの……」


「いや~、何だか楽しくなりそうね」


 こうして、俺も千冬と一緒に道場通いをすることになった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る