第43話 浸食

 ビーチ、水着、美少女。


「それっ」


「きゃっ」


「えへへ、ちーちゃんのデカパイ狙った~」


「ちょ、ちょっと、やめなさい」


「真剣にやらないと、ポロリしちゃうかもよ~?」


「あなた、本当にイジワルな子ね……」


 どうしてこうも、男どもを盛り上げてくれるのだろうか。


「「「ええなぁ~」」」


 3バカはすっかりトロけている。


 夏の陽気も相まって。


「だな。てか、あかりも可愛いけど、やっぱり千冬はレベチだな。さすが、俺の彼女」


「自慢すんな」


 明彦が言う。


「でも、あんなドスケベボディ晒していたら、確実にナンパされるぞ?」


 隆志が言う。


「ファッ◯されちまうかもしれないぜ」


 三郎が言う。


「まあ、その可能性は否定しない……けど、安心してくれ」


「何だ、彼氏らしく、ちゃんと守ってあげるのか?」


「前にも言ったけど、俺ってNTRイケる口だから」


「「「黙れ、サイコパス」」」


 3バカにハモられてしまう。


「おーい、そこのチェリーボーイズ~! いつまでもウジウジしてないで、こっちにおいでよ~!」


 あかりが手を振って呼んで来る。


「い、いま行くよ~!」


 明彦がいの一番に行く。


 続けて、隆志と三郎も。


「おい、勇太は行かないのか?」


「ああ、俺はもう少し、ここから千冬を監視しているよ」


「言い方こわいわ。ほどほどにな」




      ◇




 海の家は繁盛している。


「ちょっと、ちーちゃん。そんな乳デカいくせに、焼きそばそれっぽっちで足りるの?」


「だから、いちいち胸のことをイジらないでよ」


「けっ、肉体エリートさんは良いねぇ。あたしなんて、どれだけ食べても太らないもん!」


「あなたの方がエリートじゃない。私は油断すると、すぐにお肉が付いちゃうの」


「ちょいちょい、ゆうたん。おたくの彼女さん、スケベすぎませんか?」


「何でよ!」


「千冬」


「えっ?」


「若い内は、そのクビレをキープして欲しいけど……30超えたら、だらしなくなっても良いぞ?」


「うるさいわねぇ~……」


 静かにブチキレる千冬は、とうとう黙り込んでしまう。


 ズズ、ズズ、と焼きそばをすする音だけがしていた。


「ねえ、午後は別行動にしない?」


 あかりが言う。


「ちーちゃんも、ゆうたんと2人きりの方が良いでしょ?」


「そ、それは……」


 千冬は口元に手を添えて、モゴモゴとする。


「サンキュー、あかり。これでお前らの目を気にせず、千冬にエロいこと出来るよ」


「バカじゃないの? 周りの目も気にしなさいよ」


 千冬に睨まれてしまう。


「じゃあ、こっちはこっちで、楽しもうね~?」


 あかりはどこか意味ありげな目を向けて言うと、3バカはぽやっとした顔で頷く。




      ◇




 午後になると、日差しの強さが増した。


「そうだ、千冬。日焼け止め塗ってやろうか?」


「残念、もう塗ってあります」


「ちぇっ」


「スケベなあなたの魂胆なんて見え見えなのよ」


「そんなスケベだなんて。俺はちゃんと、お前のためを思って言っているのに」


「じゃあ、そのニヤケ面は何なのよ?」


「ひゅ~ひゅ~」


「ムカつく男ね」


 千冬はため息を漏らす。


「まあまあ、怒るなって。ていうか、喉かわいただろ? ジュースおごるから、機嫌直してくれよ」


「そう言えば、ちょっと喉が渇いたかも……あっ、ジュースは甘すぎるから、出来ればお水が……」


「あはは、千冬は意識が高いって言うか、心配性だなぁ。さっきは、若い内はくびれとけって言ったけど、少しくらいならぷよっても良いんだぞ?」


「良いから、行くならさっさと行きなさい、この変態」


「へいへ~い」


 俺は適当に返事をして、ジュースを買いに行く。




      ◇




 1人になると、やけに静かに感じた。


 ビーチの賑わいは、そのままなのに。


 それだけ、自分の世界は、彼に浸食されている。


(あんな変態に……)


 千冬は悔しいと思いつつも、それは毎度のこと。


 結局、彼がいないと寂しいことも事実。


 ジュースを買いに行くほんの数分さえも、長く感じて……


「ねえ、君ひとり?」


 背後からの声に、ビクッとする。


 振り向くと、いかにもチャラそうな男が3人いた。


「うわ、メッチャ可愛くね?」


「てか、美人?」


「しかも、巨乳」


 3人とも、興奮した様子で言う。


 やめて欲しい、人目があるのに、恥ずかしい。


 けど、周りはチラッとは見ても、素通りして行く。


 ビーチでのナンパなんて、珍しくないのかもしれない。


「ねえ、何か寂しそうだし、オレらと遊ばね?」


「いえ、その……か……友達と来ているので」


「でも、今は1人じゃん」


「ジュ、ジュースを買いに……」


「あー、良いね。オレらもちょうど、ジュース飲みたかったんだわ」


「そうそう」


「喉かわいたわ~」


 だったら、さっさと買いに行けば良いのに。


「じゃあ、君が提供してよ」


「はっ?」


「分かるでしょ? ラブ◯◯◯ス♡」


 ニコッと笑って言う男の意味が、分からなかった。


「おいおい、お前。この子、大人っぽいけど、たぶんJKだべ?」


「そんな下品なこと、言ったらダメでしょ~? 処女かもしれないのに」


「いや、この感じは……既に貫通しているっしょ?」


 何なの、この男たち……


 初対面なのに、こんな風に嫌らしいこと……


 叫びたい……でも、出来ない。


 千冬は先ほどとは違う悔しさが溢れて、涙がこぼれそうになってしまう。


「俺だよ」


 その声に、ハッと振り向く。


「あんっ? 誰だ、お前?」


 チャラ男が眉をひそめる先にいたのは……


「その子をモノにしたのは、俺だよ♪」


 いつもながら、サイコパスな物言い。


 けど、今この場においては、頼もしく感じてしまう。


「モノにしたって……」


「てか、お兄さんたち、喉かわいているでしょ?」


 両手に持っていたジュースを構えると、きゅぽっと。


「それっ」


 バシャッ。


「「「うおっ!?」」」


 男たちの顔面にヒットした。


「千冬、行くぞ」


「えっ?」


 困惑する内に、彼に手を引っ張られる。


 背後でチャラ男たちが何か喚いていたけど、聞こえなくなった。


「はぁ、はぁ……」


「ここまで来れば、大丈夫だろ」


 気付けば、人気の少ない岩場に来ていた。


「……あ、ありがとう、勇太」


「んっ? いや、お礼は良いよ」


「でも……」


「だって、お前がナンパされている様子、ちょっと眺めていたし」


「は、はぁ~!? この変態! 最低! 鬼畜!」


「冗談だよ……まあ、少なからず、興奮したけど」


「死ねば良いのに……」


 千冬は両手で顔を覆って、うずくまってしまう。


「てか、走って喉かわいたけど、ジュース無くなったなぁ」


 勇太がへらへら笑いながら言う。


 千冬はおもむろに顔を上げた。


「……ツバでも飲んだら?」


「うわ、それ久しぶりに聞いたな~。ていうか、いつの時代だよ」


 勇太は笑う。


「そうじゃなくて……」


「んっ?」


 千冬はひどくためらう。


 でも、言い出したのは、自分だ。


「……私の……飲む?」


 勇太がポカンとする。


 千冬はボッと顔が燃えるようだった。


「じょ、冗談、忘れて!」


 すぐ彼に背中を向けて、直視できない。


 とうとう、自分も彼の変態性に侵されてしまったか……


「……千冬」


「へっ……んっ!?」


 抱き寄せられ、そのままキスをされる。


 いつもより、しつこく攻められた。


「……ぷはっ……はぁ、はぁ……」


「……ごめん、まだ足りないんだけど」


「……バカ」


 湯気が蒸発する。




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