第40話 ゾクゾク

 夏休み。


 誰しもが、ウキウキ、ワクワクする、この時間タイム


 俺はリビングでソワソワしていた。


「そろそろかな……」


 呟いた直後、ピンポーン、と玄関チャイムが鳴る。


「おっ、噂をすれば」


 俺は立ち上がって、リビングから出た。


 玄関へと向かい、ドアを開くと……


「……こんにちは」


 絶世の美女がいた。


 白いノースリーブワンピースの……


「……クソほどエロいな」


「はっ、はぁ? いきなり何なの?」


「おい、千冬。ここに来るまでに、襲われなかったか?」


「襲われてないわよ」


「だって、こんなドスケベな女……変質者が放っておかないだろ?」


「自分のことかしら?」


 千冬は笑顔のまま、こめかみをひくつかせる。


「大丈夫だよ、千冬。俺、前にも言ったけど、NTRもイケる口だから」


 俺はサムズアップして言う。


「……はぁ~。とりあえず、お邪魔しても良いかしら?」


「良いよ」


 俺は千冬を招き入れる。


「てか、俺の方からお前の家に行っても良かったのに」


「だって、お母さんがいるから、集中できないし」


「ああ、エッチに?」


「ぎろっ」


「冗談だよ」


「いちいちウザい男ね」


「いちいち可愛い女め」


 また怒られること覚悟で言ったけど、千冬は何も言わない。


 けど、逸らす頬が、わずかに赤く染まって見えた。


「そんなことより、私との約束は覚えている?」


「ああ、夏休み中にしこたまセッ◯スするために、7月中に宿題を終わらせておけってやつだろ?」


「……正解だけど、改めて言われるとムカつくわね」


「理不尽だな~、千冬が言ったんだろ?」


「そうだけど……べ、別に、セッ……エッチばかりしたい訳じゃ……」


「分かっているよ。2人でいっぱい、夏の思い出を作ろうぜ」


「……うん」


 しおらしく頷いた千冬は、テーブルの前に座る。


「ちょっと進捗を確かめるわね」


「おう」


 千冬はパラパラと俺の問題集をめくる。


「あら……思った以上に進んでいるわね」


「ああ、早く千冬とセッ◯スしまくりたいからな」


「変態……」


「褒めるなって」


「はぁ~……この調子なら、私の指導もいらないかしらね?」


「いや、そんなことないよ。千冬がそばにいれば、尚のことスピードアップするから」


「本当かしらね?」


「俺の信じろよ」


「……はいはい、分かったわよ」


 相変わらず、澄ました様子の千冬だけど。


「じゃあ、私も一緒にやりましょうかね」


「うん。あ、飲み物、何が良い?」


「お気遣いなく、自分で持って来たから」


「えっ、何で?」


「基本、出掛ける時は常温の水を常備しているから」


「へぇ~、さすが千冬。意識が高いなぁ」


「それに、あなたの家のモノは、ちょっと信用できないから……何か変な薬を盛られそうだし」


「ちっ……」


「ちょっと、何よその舌打ちは」


「頭の良い女は、嫌いだぜ?」


 俺がキメ顔で言うと、千冬は冷めた顔になる。


「さてと、始めましょうか」


「くぅ~、そのスルーっぷりがたまらん!」


「黙りなさい、変態」


「うひょ~!」


「本当に黙りなさい!」




      ◇




 宿題を始めてから、1時間が経過していた。


(……勇太、すごい集中力)


 いつも変態でおちゃらけている彼は、すぐに集中力が切れるかと思ったけど……


(……やる時は、やる男なのよね)


 初めてのエッチの時も、そうだったし……って。


 自分の方が、何だかおかしな気持ちになってしまう。


 水を飲んで気持ちを落ち着けようとするけど……


「あっ」


「んっ? どした?」


「いえ、その……持参したお水を切らしちゃって」


「おう、じゃあ何か飲むか?」


「え、ええ……ごめんなさい」


「謝る必要ないだろ」


 勇太は立ち上がる。


「俺のチョイスで良いよな?」


「えっ? ああ……うん」


 先ほどの失礼な発言のこともあり、殊勝に頷いてしまう。


 そして、勇太がコップを持って戻って来た。


「あっ……オレンジジュース?」


「ああ。健康志向も良いけど、たまには良いだろ?」


「ふ、太っちゃう……」


「太らないだろ、おっぱい以外」


「変態……」


 ジト目を向ける千冬の前に、勇太が立ち止まった。


「……どうしたの?」


 ジッと見下ろして来る勇太を前に、千冬は不安になってしまう。


「……白いキャンバスって、汚したくなるよな」


 彼の言葉に、ゾクリとしてしまう。


「ゆ、勇太……?」


 彼の目は静かで、けどそれが逆に怖かった。


 もし、本当にそのジュースを千冬にかけて、汚したら……とんだ変態、最低男だ。


 将来のためにも、きちんと注意すべきなのに……どうしてだろう?


 ドキドキが……いや、ゾクゾクが止まらない。


 嫌だ、こんな変態になりたくないのに……


「なあ、千冬……」


 囁くような彼の声が、脳内で響き渡る。


 まともな理性が、思考が、とろけてしまいそうになる。


 ああ、もう、このまま……


 ぴとっ。


「……へっ?」


「なーんて、冗談だよ」


 額を通して感じるひやりとした感覚によって、目が覚めた。


「俺は確かに変態だけど、鬼畜じゃないし」


「……もう十分、鬼畜なんだけど」


「ごめんって。もう意地悪なこと言わないから」


「信用できないわ」


 千冬はぷいっとそっぽを向く。


「さてと、また気合を入れて宿題やりますか~!」


 勇太はぐるぐると腕を回して言う。


 その時、ガッ、と。


「あっ」


「えっ」


 グラスが倒れ、オレンジの液体が、宙を舞い。


 びしゃっ、と濡れた。


「アウチ! やっちまったぁ~!」


 勇太は自滅した。


「千冬、見てくれ! 急所にヒットした!」


「ちょっ、いちいち見せなくても良いから!」


「拭いてくれ!」


「嫌よ!」


 そんなすったもんだが、しばらく続いた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る