第39話 助走
放課後。
俺は千冬の家に来ていた。
「クンクン、相変わらず、良い匂いがするなぁ、千冬の部屋は」
「ちょっと、やめてちょうだいよ、変態」
千冬が露骨に嫌そうな顔をして言う。
コンコン、とノックの音がした。
「お邪魔しま~す、可愛いカップルさん」
千冬の母親、由里子さんがひょこっと顔を覗かせる。
「お紅茶とケーキを持って来たんだけど……お邪魔だったかしら?」
「いや、平気っすよ。まだおっぱじめてないんで」
「このバカ、変態!」
「あらあら、相変わらず、面白い子ね~」
由里子さんは、微笑みながら、
「じゃあ、お母さんはお買い物に行って来るから。どうぞ、ごゆっくり~♪」
パタン、とドアが閉じる。
「相変わらず、きれいなママだな」
「むっ……ええ、そうね。私よりも大人で、胸も大きくて」
「まあでも、千冬が1番だけどな」
「……ところで、今日は大事な話があるの」
「えっ、まさか……妊娠した? ちゃんと着けたのに?」
「違うわよ、バカ! そうじゃなくて、夏休みのこと」
「ああ、もうすぐだな」
「勇太、あなたいつもどれくらいのペースで、宿題を終わらせるの?」
「俺か? まあ、8月いっぱいかけて、終わらせるかな」
「そう……けど、今年は7月であらかた終わらせてちょうだい」
「え~、それキツくね?」
「大丈夫、私も手伝うから」
「ていうか、何でそんなに急ぐの?」
「そ、それは……先に終わらせていた方が、気持ちが楽だし……」
「千冬?」
「……来年の夏休みは、受験で遊びどころじゃないから……今年が彼氏といっぱい……イ、イチャつける……ラストチャンスなの……高校生活で」
「千冬、お前……」
「ちょっと、そんなに見ないで」
「いつの間に、そんなにドスケベになったの?」
「ド、ドスケベって言わないで。嫌なら、別にしなくても良いわよ……」
「あー、ごめん。嘘だよ、嘘」
俺は笑いながら、千冬をなだめる。
「嬉し過ぎて、頭がおかしくなりそうだわ」
「……あっそ」
千冬はそっぽを向く。
「でも、俺こんなに幸せで、ちょっと申し訳ない気持ちになるよ」
「ふぅ~ん?」
「今日も昼休み、つい親友たちに千冬との初エッチのこと話しちゃったし」
「えっ?」
「しかも、割と詳細に」
「……紅茶、私の分も飲む?」
千冬がちょっと怖い笑顔で、ティーカップを投げる構えに入った。
「わー、ごめんって。でも、嬉しくて、つい話しちゃったんだ。あいつらにも聞かれたし」
俺が言うと、千冬はふと顔をうつむけて、ティーカップを戻す。
「……ごめんなさい。私も、あかりに話しちゃったの」
「えっ、マジで?」
「し、仕方なかったのよ。しつこく聞かれちゃって……ちょっと、脅されたし」
「そっか。まあ、仕方ないよ。千冬はドMでチョロいもんな」
「刺すわよ?」
千冬がフォークを構える。
「良いよ、俺もこの前、お前に刺したし」
ニカッと笑って言うと、千冬は赤面しつつ、フォークを下ろした。
「……変態」
「じゃあ、別れる?」
「……楽しい夏休みを前に、鬼畜な男ね」
千冬が涙目で睨んで来る。
「冗談だよ。俺、もう千冬がいないと、生きていけないカラダになっているし」
「それは……私も、同じ……かも」
「ドスケベだな~、千冬は」
「やっぱり、刺しても良い?」
「良いぜ、千冬なら許す」
「はぁ~、サイコパス……」
あきらめたように千冬は脱力する。
「じゃあ、セッ◯スするか」
「ちょっ、だから、そんな風にあけっぴろげに言わないで」
「え、じゃあ、何て言えば良いの?」
「……もっと、ちゃんとムードとか作って欲しい」
「まあ、そうだな。由里子さんも、ゆっくり買い物してくれるって言ったし」
「いま、お母さんの名前は出さないで」
「なに、嫉妬しているの?」
「……もうこの男、本当に刺したい」
「残念、これから俺が刺しちゃいます」
「……優しくしなさいよ」
「分かっているよ」
◇
「はぁ、はぁ、はぁ……」
優しくしてと言ったけど、無理な相談だった。
だって、彼らは血気盛んな、男子高校生だから。
「わっ、た、大変だ、血……血がっ!」
「お、落ち着け、今すぐ救急車を……!」
「ピーポーピーポー鳴らして来いやぁ!」
慌てふためく3人を見て、ベッドに寝転んで吐息を弾ませていた彼女は、ニコッと微笑む。
「大丈夫だよ」
そう言って、起き上がる。
3人とも、マヌケな顔で振り向く。
それが何だか、可愛らしい。
「初めてだったから、仕方ないよ」
「で、でも、あかりちゃん……痛くないの?」
「うーん、痛いけど……でも、これも大人になるための痛みだから、仕方ないよ」
あかりはくすっと笑う。
「まあ、所詮はロリ体型なあたしだけど。1回くらい、エッチしたからって、そうそうナイスバディにならないし」
「で、でも……すごく可愛かったよ」
「ありがとう、明彦くん」
あかりは微笑む。
「隆志くんも三郎くんも、良く出来ました」
「「お、おふっ」」
2人はふやけた顔になる。
あかりはくすっと笑う。
「ねえ、3人とも。このことは、内緒にしておいてね」
「「「えっ?」」」
「親友のゆうたんにも、言っちゃダメだよ?」
あかりは3人の手にそっと触れて言う。
「わ、分かった。ちゃんと内緒にしておくよ」
「うん、ありがとう。そしたら、またしてあげるね」
「えっ、マジで!?」
「ただし、夏休みの宿題、ちゃんと終わらせたらね」
「そ、それって……」
「つまりは、早い者勝ちってこと♡」
あかりがニコッとして言うと、3人はポカンと顔を見合わせる。
直後、その目付きがギラッと輝く。
「っしゃあ、俺が1番乗りだぁ!」
「何を言うか、俺だ!」
「ザコ共が、俺なんだよ!」
ワーギャーと騒ぎだす3バカ。
あかりは微笑ましく彼らを見守りつつ、別の2人の顔を思い浮かべていた。
「……今年の夏休み、すっごく楽しくなりそう」
彼女は初めての痛みと引き換えに、経験とそれから悪魔的な色気を獲得した。
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