第32話 ニコニコの女子たち

 梅雨にも関わらず、晴天に恵まれた体育祭。


 順調にプログラムが進んで行く。


「おい、あいつが森崎さんの彼氏らしいぞ!」


「マジか、ヘラヘラした野郎だな!」


「ぶっ殺せ!」


 すっかり千冬の彼氏バレした俺は、まるで懸賞金をかけられたみたいになっていた。


 まあ、仕方ないだろう。千冬はみんな憧れの、高嶺の花だったからな。


 しかし――


「――まだ千冬とキスもエッチもしていないのに、死ねるかぁ!」


 俺は気合の雄叫びを上げて……逃げた。


「「「「「「「待て、こらあああああああああああああぁ!」」」」」」


 ひたすらに逃げた。


 時には、親友を犠牲にして。


「頼んだ、お前ら!」


「「「ちょっ、おまっ……ぎゃああああああああぁ!?」」」


 こうして、俺は何とか生き延びて、お昼の時間を迎えることが出来た。


「はぁ~、のど渇いたな~」


 俺はそう言いながら、


「おい、千冬」


「何よ?」


「飲み物をくれ」


「自分のがあるでしょ?」


「違う、違う。お前のおっぱいが欲しいんだよ」


「は、はぁ!?」


「えっ、ちーちゃん、まさか……お腹にもう、ゆうたんの……」


「あかり、違うから! 勇太、バカ!」


「ジョークだよ、ジョーク」


「全く、この男は……」


 千冬が怒っていると、


「ねえ、千冬ちゃん。どうして、この変態くんと付き合っているの?」


 クラスの女子たちが言う。


「へっ?」


「ぶっちゃけ、別れた方が良いよ」


「そうだよ、千冬ちゃんならもっと、かっこいい男子と付き合えるよ」


 女子って、もっと陰でひっそり噂すると思っていたけど……モロに聞える感じで言われてしまう。


 まあ、悲しいというより、ゾクゾクするから、俺はもうダメなんだと思う。


 あんな風に、みんなに言われたら、さすがの千冬も冷めて、そろそろ俺と別れたくなってしまうかな?


 残念だ、せめて別れる前に、1回くらいはエッチしておきたかった……


「……わ、私は……勇太で……勇太が良いから」


 千冬は顔をうつむけながら、ボソッと言う。


「えっ?」


 すると、みるみる内に、千冬の顔が赤く染まって行く。


「……ちょ、ちょっと、お手洗いに」


「あっ、俺も一緒に行って良い?」


「ついて来ないでよ、バカ!」


 赤面した千冬が叫ぶ。


 そして、猛スピードで去って行った。


「……全く、可愛い千冬だぜ」


 俺が言うと、


「「「「「「もげろ」」」」」」




      ◇




 お手洗いで用を足すと、少しだけ気持ちが落ち着いた。


「全く、あのバカ男は……」


 ていうか、みんなに色々と関係性がバレて、恥ずかしすぎる……


 千冬は身悶えをしてしまう。


「あっ、森崎さん」


 ふいに、声をかけられる。


 違うクラスの女子たちがやって来た。


「えっと……」


「いきなりごめんね。D組の畔上恵美はんじょうめぐみだよ」


「畔上さん……私に何か用かしら?」


「いや~、やっぱり、森崎さんってすごいなって思って」


「ねぇ~、同じ女子だけど、憧れちゃうよ~」


「さすが、高嶺の花って感じだね~」


 あまり知らない女子たちに言われて、千冬は苦笑する。


「どうも、ありがとう」


「あはは……あっ!」


 ふいに、恵美が驚いたように声を張り上げる。


「えっ、どうしたの?」


「いま、森崎さんの体操服の中に……虫が入って……」


「きゃっ!?」


 千冬はギョッとして慌て出す。


「い、いやっ……」


「あー、落ち着いて。背中の方だから、あたしが取ってあげるよ」


 そう言って、恵美は千冬の背後に回る。


「みんな、森崎さんのこと、ガードしてあげて」


「うん、了解」


 恵美の友人たちが、笑顔で頷く。


「ご、ごめんなさい、こんな……」


「良いのよ。ちょっと、体操着めくるよ?」


「え、ええ……」


 千冬は恥ずかしさのあまり、顔から火が出そうだった。


 あまり仲が良い訳でもない女子たちの前で、いきなりこんな……


「……はい、出たよ」


 恵美はケロッとした声で言う。


「ほ、本当に?」


 千冬は若干、怯えた声で聞き返す。


「心配なら、もっとまさぐってあげるよ?」


「け、結構です」


「冗談だよ、あはは~」


 恵美たちは笑う。


 千冬も愛想笑いを浮かべた。


「ごめんなさい、そろそろ戻らないと」


「うん、午後も活躍、期待しているよ~」


「違うチームなのに?」


「あはは~」


 千冬はニコニコ笑う彼女たちに会釈をしてから、背中を向けてその場を後にする。


 その時、背後で彼女たちがニヤッとしたことに、気が付かずに。




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