第23話 気苦労の絶えない千冬ちゃん

 ちゃぷ、と湯船の水面が小さく波打つ。


「ふぅ……」


 千冬は自分の白い肌となめらかな湯を触れ合わせながら、吐息をこぼす。


 父が日頃から、頑張って働いてくれているおかげで、素敵な温泉宿に来ることが出来た。


 今使っているのは、部屋に付いているお風呂だ。


 それだけでもう、この宿が高級だと分かる。


 景色も上々だし、気分も上々……とはならなかった。


 どうしも、心にかかることがあって、気落ちしてしまう。


 それはやはり、彼のことだ……


「……バカ勇太、本当に浮気していないでしょうね?」


 今この場にいない、彼のことを想う。


 どうしようもなくムカつくけど、それでも大好きな彼氏。


 そんな勇太が、今ごろは千冬の友人でもあるあかりと、デートをしている。


 まあ、彼の親友3人も一緒みたいだけど……


 あかりは元々、勇太に好意を抱いていた。


 そして、今もきっと、それは変わらない。


 友人である千冬の彼氏だから、本気で奪うということはしないと思うけど……不安になってしまう。


 あかりは、千冬にはない、明るい魅力を持つ女の子だから。


 きっと今ごろ、あの男子たちを盛り上げて、上手いこと懐に入って、勇太までも……


「……浮気したら、殺す」


「あら、怖いわねぇ」


「ひゃうっ!?」


 いつの間にか、母の由里子が風呂に入って来ていた。


「お、お母さん、びっくりさせないでよ……」


「ごめんなさい。千冬ちゃん、何か悶々としているみたいだったから」


「だったら、そっとしておいてよ。ていうか、お父さんは?」


「ちょっと夫婦でラブラブと散策して来たんだけど、お外でお酒を飲んだら気分が良くなっちゃって、帰って来たらすぐに寝ちゃったわ」


「それはまあ、楽しそうで何より」


「で、そちらの夫婦も、相変わらずラブラブさん?」


「ふ、夫婦って、私と勇太はまだ恋人だし……」


「でも、いずれは結婚するでしょ?」


「けど、あの男はサイコパスだし……」


「あら、面白くて良いじゃない。お母さん、勇太くんのこと、好きよ」


「ちょ、ちょっと、変な含みを持たせないでよ。お母さんに彼氏を取られるとか……」


「大丈夫よ、勇太くんは千冬ちゃんにゾッコンだから。この前、話してみて分かったわ」


「そ、そうかな?」


「だから、例え他の女子からの誘惑があっても、彼なら大丈夫よ」


「でも……」


「そんなに不安なら、旅先からエッチな写真をお見舞いすれば?」


「それ、あかりが全く同じこと言っていたわよ」


「あかりって?」


「友達よ。ちなみに、その子が勇太をたぶらかすかもしれないの」


「どんな子なの?」


「明るくて、小柄で、可愛らしい子」


「おっぱいは小さい?」


「まあ、そうね……」


「千冬ちゃんと正反対ね。だったら、大丈夫じゃない?」


「違うの、だから余計に不安なの。私にない価値を見出したら、勇太は……」


「ちなみに、千冬ちゃんって、もう勇太くんとキスとかエッチはした?」


「そ、そんなこと聞かないでよ」


「そう、まだなのね」


 由里子は頬に手を添えて、悩ましげに吐息をこぼす。


「う、うるさいわね。こっちには、こっちのペースがあるのよ」


「でも、勇太くんも性欲旺盛な男子高生だから、ムラムラしているんじゃない?」


「そ、そうかもしれないけど……」


「千冬ちゃん、せっかく私に似ておっぱい大きいんだから、パフパフしてあげれば良いのに」


「何かそれ、古臭いから……」


「あら、ひどい。おばさんで悪かったわね」


「そうは言わないけど……はぁ、先に上がるね」


「あ、千冬ちゃん」


「え、何よ?」


「せっかくだから、ちょっとお母さんが、娘の成長具合をチェックして……」


「もう、勇太みたいなこと言わないで、変態!」


 母親相手にひどい言い草を思いつつも、千冬はフンと鼻を鳴らして脱衣所に入った。


「はぁ、リフレッシュできるかなと思ったけど……むしろ、モヤモヤが増したわ」


 いや、モヤモヤというよりも、悶々としているような……


「…………」


 千冬は、スマホに目を向けた。


 今の自分は、裸にタオルを巻いただけの状態。


 鏡を見れば、母にも言われた通り、豊かに育った胸の谷間が、しっかりと強調されている。


「……浮気防止」


 ボソっと呟いた千冬は、スマホで自撮りをした。


 人生初のそれが、まさかこんな……


「……送っちゃった」


 スマホの画面を見つめながら、千冬は脱力する。


 ピロン♪


「ひゃッ!? ていうか、返信はやっ!?」


 動揺しつつ、画面に目を落とす。


『早速オカズにしても良い?』


 ガクリ、と肩を落とす。


 本当に、この男は……


『良い訳ないでしょうが。だいたい、みんなと一緒なんでしょ?』


『おう。こっちも、写真送るわ』


 そして、勇太サイドの写真が届く。


 そこには、みんなで楽しそうにラーメンを食べる姿が映っていた。


 千冬は、束の間、口元を綻ばせるけど……


『……ちょっと、あなたとあかりの距離が近くない?』


『えっ? まあ、あかりはフレンドリーだからな』


『とか言って、浮気していたら、殺すわよ?』


『うわ、ゾクゾクする~。ヤンデレチック♪』


『誰がヤンデレよ。浮気したら、本当に、本当に、ただじゃおかないんだからね!』


『お前、可愛すぎるんだよ。友達と遊んでいる最中に、あまり俺を興奮させるな』


『し、知らないわよ』


『決めた、お前が旅先から帰ったら、セッ◯スするわ』


『はっ!?』


『あ、でも、まだキスもしていなかったから。まあ、セットにすれば良いか♪』


『こ、この……変態いいいいいいぃ!』


 実際に大声を出した訳でもないのに、千冬は肩で息を乱していた。


「全く、勇太のやつ……許さないんだから」


「あら、痴話ゲンカ?」


「ひゃッ!?」


 またいつの間にか、すぐそばに由里子がいた。


「ちょ、ちょっと、お母さん!」


「ねえ、もし勇太くんと致したら、報告してね?」


「し・ま・せ・ん!」


 いつもどこでも、気苦労の絶えない千冬ちゃんだった。




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