第20話 ただ可愛いだけ
季節は初夏の頃合い。
「なあ、千冬」
教室にて、静かに自分の席に佇む彼女に、俺は声をかける。
「何よ?」
「GWって何か予定ある? 無かったら、一緒にどっか行かね?」
「ああ、ごめんなさい。ちょっと、家族と出かけることになっていて……」
「ああ、そっか。じゃあ、仕方ないな」
俺は笑いながら言うけど、千冬はなぜかムスッとした顔になる。
「どした?」
「……別に?」
ふん、とそっぽを向かれる。
「ていうか、前に千冬の母さんにはあいさつしたけど、父さんにはあいさつしてないんだよな。あいさつがてら、俺も同行して良いか?」
「バカじゃないの? 図々しいを通り越して、サイコパスよ」
「あはは、冗談だよ。家族水入らずの所、邪魔しちゃ悪いからな」
「全く……ていうか、勇太は家族で出かけないの?」
「まあ、外食くらいはするかもしれないけど……気合入れて、どこか遠出するってことはないな。ちなみに、千冬はどこに行くんだ?」
「旅館よ」
「旅館……てことは、温泉、浴衣か」
「何よ、また嫌らしい想像でもしているの?」
「当たり前じゃん。巨乳の千冬と温泉、浴衣とか、エロまっしぐらじゃん」
「殴っても良いかしら?」
「俺は別に構わないし、むしろ千冬にはいくらでも殴られたいけど。クラスのみんながいるし、やめとこうぜ」
「う、うるさい男ね……バカじゃないの」
その時、
「やっほ~♪」
「あれ、あかりじゃん」
「ごめんね~、ラブラブカッポーさんの邪魔をしちゃって」
「あ、やっぱり、そう見えちゃう?」
「うん。ていうか、クラスのみんな、もう薄々と感付いているし」
「そっかぁ~。どうせなら、盛大に暴露したかったけどなぁ」
「やめてちょうだい……で、あかり、どうしたの?」
「ああ、うん。ゆうたん、GWヒマなんでしょ?」
「まあな」
「だったら、あたしと遊ぼうよ♪」
「えっ?」
「はっ?」
「良いでしょ~? だって、あたしとゆうたんは、お友達だし~? 一緒にラーメン屋めぐりしない?」
「おっ、それ良いな~。初夏で気温が上がった所で食うラーメンは、また美味いからなぁ」
「でしょでしょ~?」
「ちょ、ちょっと……」
「でも、あかり良いのか? いくら高校生で代謝が良いからって、あまり食べ過ぎると太っちゃうぞ? 女子はそこら辺、男子よりも気にするだろ?」
「だって、ゆうたんが言ったじゃん。あたしはもっと、おっぱい大きくした方が魅力的だって♡」
「ああ~、なるほど。一旦ちょっと太って、痩せて胸だけ残っているパターン狙い?」
「そっ。育成が成功したあかつきには……サービスするよん?」
と言われた時、
「……浮気者」
「えっ?」
千冬が涙目になっていた。
「やっぱり、私みたいに陰気で面倒くさい女よりも、あかりみたいに明るく楽しい子の方が、勇太ともノリが合うもんね」
「えっ? 俺と千冬は相性が良いだろ? まだ、キスも何もしていないけど」
「う、うるさいわね!」
「えー、じゃあ、うっかりあたしが奪っちゃうかも☆」
「あ、あかり……あまり言いたくないけど、あなたケンカを売っているのかしら?」
「そんなんじゃないよ~。ただ、ちーちゃんの反応が面白いから、からかっているだけだよ~」
「ああ、分かるわぁ。千冬の涙目とか、最高だよな~」
「だよね~♪」
俺とあかりが笑顔で言い合うと、千冬がものすごく悔しそうな顔で睨んで来た。
まあ、本当に可愛いだけだから、むしろご褒美でしかないんだけど。
「「「……リア充め」」」
ぬっとした声が聞こえる。
「……って、お前らかよ」
ゾンビみたいな顔で近寄って来たのは、俺の親友3人だった。
「え、勇太。お前って、ラブコメ主人公なん?」
「俺は人妻好きだから、うらやましくなんて……ない」
「ファっ◯! ファっ◯! ファっ◯!」
とりあえず、めっちゃご立腹のようだ。
「よし、殺すか」
「うん、殺そう」
「ファッ◯ユー!」
そんな彼らに、
「あ、お前らも一緒に来る?」
「「「えっ?」」」
「GWにあかりとラーメン屋めぐりするやつ。あ、お前らも家族と予定があった?」
「「「いいえ、ありません」」」
何か急に紳士面になって言う。
「おい、
「バカか、
「はっ、彼女持ちの男に揺さぶりかけるビッチとか……たまらんぜ、ヒュー!」
とりあえず、テンション上がっているみたいだ。
「あかり、大丈夫か?」
「うん、良いよ。ゆうたんのお仲間たち、楽しそうだから。あたしも仲良くなりたいな~」
あかりが笑って言うと、
「「「……可愛い」」」
親友どもは、すっかりハートを撃ち抜かれたようだ。
「ちょ、ちょっと、待ちなさい」
すると、千冬が慌てた様子で言う。
「ん、どした?」
「わ、私も……親に断りを入れて、一緒に……」
慌ててスマホを取り出す千冬の手に、そっと触れた。
「千冬、それはいけないよ」
「な、何で?」
「だって、親御さん、特にお父さんなんか、お前と旅行をするのがきっと楽しみで、今日まで仕事をがんばって来たんだから。こういう時、ちゃんと親孝行するもんだよ」
「勇太……それもそうね。あなた、たまには良いこと言うじゃない」
「まあな」
「でも、あかりと浮気したら……コロス」
「ああ、大丈夫だよ。俺、最近はもう、千冬以外の女じゃ抜けないし」
「はっ?」
「最近の俺のオカズは、お前の隠し撮り写真だから」
「…………」
無言で睨んだ後、千冬は俺のほっぺを両手で引っ張る。
「アイへへへッ!?」
「せ・め・て、普通に一緒に撮った写真を使いなさい」
「いやだってさ、お前とのきれいな思い出を、汚したくないじゃん?」
「うっ……って、あなたの判断基準はメチャクチャなのよ! この変態、バカ!」
「とりあえずさ、俺が浮気するなんてあり得ないから」
「だとしても……」
千冬は、あかりをチラッと見る。
「大丈夫だよ、ちーちゃん。あたし、友達の彼氏に手を出したりしないから。せいぜい、オカズにするくらいだよ」
「ちょっと、全くもって信用できないんだけど?」
「じゃあ、そんなに心配なら、旅行先からゆうたん宛てに、エロ写真付きのメッセを送りまくれば良いじゃん」
「はっ?」
「おお、それナイスアイディア! 千冬、頼むぜ!」
「そ、そんなもの、送らないから!」
「おい、勇太。その写真、俺たちにも見せてくれよ」
「え~、でもなぁ」
「金なら、いくらでも積む」
「他の男に対して発情しているメスを拝むとか、癪だけどな。ロッキュー!」
「う~ん……千冬さん、どうっすか?」
「とりあえず、みんなまとめて、ビンタしても良い?」
「えっ、マジで!?」
「お、お願いします!!」
「誰がこんな発情ビッチに屈して……フォオオオゥ!」
「あはは、千冬は男を喜ばせるのが上手だなぁ。何だかんだ、エロい女だぜ」
俺が笑いながら言うと、千冬はまた涙目になって、プルプルと震える。
「……覚えていなさいよ」
そんな風に言っても、やはり可愛いだけの千冬さんだった。
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