第10話 睨まれる
正に春が訪れました。
「あっ」
今日も、廊下を颯爽と歩く、彼女の後ろ姿を見つけた。
きれいな黒髪が、サラサラとなびく。
「千冬、おはよう」
俺が声をかけると、彼女はビクッと震えた。
それからゆっくりと、こちらに振り向く。
「……おはよう」
「あはは、何でそんな風に睨むんだ?」
しかめ面の彼女に対して、俺は笑いかけながら言う。
「べ、別に……ただ、ちょっと恥ずかしいだけよ」
「ああ、俺たちもう、付き合っているんだもんな!」
「ちょっ、バッ、声が大きいわよ!」
とか言う千冬の声の方が、ボリューム大になった。
「ほら、早く教室に行こうぜ、千冬」
「いちいち名前で呼ばないでよ……」
俺を睨み文句を言いつつも、言葉尻は弱い。
そんな彼女を可愛いと思いつつ、一緒に教室に入った。
「おっはよう、川村くん!」
ピョン、と跳ねながら言うのは、今日も元気印の須藤さんだ。
「おはよう、須藤さん」
「あっ、ちーちゃんも、おはよう!」
「お、おはよう……」
千冬は友人の彼女に対して、視線を逸らしながら言う。
やっぱり、まだ照れ臭いのかな?
「ていうか、2人仲良く教室に来るなんて、怪しいな~?」
須藤さんは、口元でニヤつきながら言う。
「まさか、付き合ってたりとか……しないよね?」
「んっ? ああ、実は……むぐっ?」
付き合っているよ、と答えようとした所、口をきれいな手でふさがれた。
森崎さんが俺の口をふさぎながら、またキッと俺のことを睨んでいる。
「ちーちゃん、どったの? 何か、今朝は様子が変だよ?」
「そ、そんなことないわよ。ゆ……川村くんが、ちょっとベラベラとお喋りさんだから」
「ああ、そっか。この前、ラーメン屋さんで、ちーちゃんが泣いて可愛かったこと、バラされたくないんだね?」
「こ、こら、あかり……」
「あっ、ごめん、ごめん。大丈夫、完璧じゃないちーちゃんも、可愛いよ。ねえ、川村くん?」
「むが、むが」
俺は口をふさがれたまま、頷く。
「ていうか、そろそろ離してあげたら?」
「あ、そうね……」
ようやく、千冬が手を離してくれた。
「ぷはっ……は~」
「ごめんなさい、苦しかった?」
「いや、千冬の手が良い匂いだったから、平気だよ」
「バッ……こ、この変態!」
「あれ? 千冬って……いつの間に、名前呼びになったの?」
「あ、えっと、その……」
「ズルーい! あたしのことも、名前で呼んでよ~。一緒にラーメンを食べた仲でしょ?」
「分かったよ、あかり」
「わーい! 勇太くん、嬉しい~!」
須藤さん――あかりがピョンと跳ねて言う。
俺が笑いながら、ふととなりの千冬に目をやると、なぜか頬を膨らませていた。
「どうしたの?」
すると、千冬はふくれっ面のまま、俺の耳元に口を寄せた。
「今日の昼休み、お話があるから」
「うん、分かった。じゃあ、一緒に弁当食うか」
「え、何々? あたしも、一緒に良い?」
あかりが言う。
「え、えっと……」
千冬が困った様子だったので、
「ごめん、あかり。今日は、千冬と2人きりで食べたいんだ」
「へっ?」
「えっ?」
千冬もあかりも、きょとんとする。
そして、千冬は顔が赤く染まって行く。
「ちぇ~。何か、やっぱり怪しいよね~?」
「あはは」
「笑って誤魔化すし~。まあ、今日の所は、身を引きますか」
あかりはおどけたように言う。
そして、他の友達の輪に入って行った。
一方、千冬は……
「……あなたといると、ハラハラが止まらないわ」
「ドキドキじゃなくて?」
軽口を叩いたせいで、また睨まれる。
腕をつねられた。
ちゃんと、加減をしてくれているから、いた気持ち良い感じだけど。
「言っておくけど、私はあなたみたいに、心臓に毛が生えていないから……もっと、言動を慎みなさい」
「ごめん。千冬が彼女だなんて嬉しくて、ついついハシャいじゃったんだ」
俺は苦笑しながら、謝る。
すると、千冬はうっと言葉に詰まりつつ、
「……そ、それなら、仕方ないけど」
頬を赤く染めたまま、モジモジして言う。
「じゃ、じゃあ、今日のお昼休みにね……」
「ああ、楽しみにしているよ」
「……ふん」
最後に小さく鼻を鳴らして、千冬は自分の席に戻って行った。
「さてと……」
俺も席に戻ろうとしたところで、背後からガッと肩を掴まれる。
「んっ? 何だ、お前たちか」
いつものメンツがいた。
「勇太くん、ちょっと便所行こうや?」
「何だ、連れションか? 仕方ないなぁ」
「笑っていられるのも、今の内だぞ?」
「貴様の命は……もう無い」
「あれ? もしかして、何か怒ってる?」
俺が半笑いで言うと、奴らはギロリと睨む。
さっきの千冬の睨みは可愛かったけど、こいつらはひたすらに怖いだけだ。
「お前、森崎さんと、デキてんの?」
「んー? まあ、それは……」
「ていうか、須藤さんともデキてんの?」
「えっ? いやいや、それは……」
「とりあえず、便所に行こうや」
「分かった、分かった」
ギラギラと怒りをたぎらせる友人たちを、俺は笑いながらたしなめた。
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