第9話 千冬の決意

 ラーメン屋を後にしてから、俺たちは適当に街をぶらついて遊んだ。


 そうしている内に、夕方になっていた。


「そろそろ、良い頃合いだし、帰ろうか」


「うん。今日はすごく楽しかったよ。ねえ、ちーちゃん?」


「えっ? そ、そうね」


「それは良かった。森崎さんも、ラーメン好きになってくれた?」


 俺が笑いながら問いかけると、


「……ええ」


 森崎さんは、ささやかながらも、優しい微笑みを浮かべながら頷いてくれた。


「じゃあ、また3人でラーメン食べに来るか。あ、今度は俺の友達も呼んでも良い?」


「え~、どうしようかな~? あたし、今度は川村くんと、2人きりが良いかも~」


 須藤さんが、俺の腕に抱き付いて来た。


「んっ? まあ、それでも良いけど……」


 俺はふっと、森崎さんと目が合う。


 彼女は、変わらず優しく微笑んでくれた。


「ごめんなさい、私ちょっと用事があるから。先に行くわね」


「うん、ちーちゃん、またね」


「森崎さん、気を付けてね」


「ありがとう」


 彼女は笑顔のまま、去って行った。




      ◇




 背後の2人の様子が気になるけど、千冬は歩みを進めていた。


 今日のデート、最初はずっとモヤモヤしていたけど……今は不思議と、胸の奥底が温かい。


『ミニラーメン、これならイケるだろ?』


 あの時の、彼の優しさを思い出す。


 千冬は小さく手を握り締めると、


「……決めた」




      ◇




 森崎さんと須藤さんとラーメンデートをした翌日。


「来やがったな、この裏切者ぉ~!」


 案の定、友人たちに絡まれた。


「お前ばかり、美少女2人を侍らせやがって!」


「しかも、清楚系巨乳と、活発系貧乳のナイスコンボを楽しみやがって!」


「許すまじ! 許すまじ!」


「お、落ち着けよ、お前ら」


 こうなったら……


「今度、お前たちも一緒に誘ってやるから。森崎さんと須藤さんとラーメンに行く時」


「「「えっ、マジで?」」」


 暴れ狂っていた奴らは、すっかり大人しくなった。


「いや~、さすが勇太くん」


「デキる男は違うね~」


「心の友よ~」


「あはは、お前ら面白いな」


 俺が軽く笑っていると、


「おっはよう、川村くん!」


 元気印の須藤さんがやって来た。


「おう、おはよう」


「昨日のラーメンデート、楽しかったね」


「うん、こちらこそ」


「約束通り、今度は2人きりで行こうね」


「あっ」


 振り向くと、友人たちが笑顔になっていた。


「「「勇太くん?」」」


「えっと……俺、ちょっとトイレに行くわ!」


 サッと立ち上がって逃亡する。


「「「待ちやがれ、この野郎ぉ!」」」


 奴らが追いかけて来ようとした時、


「おはよう」


 澄んだ声が響き渡る。


 俺のすぐ目の前に、森崎さんがいた。


「あ、森崎さん。おはよう」


 彼女の姿を確認した嫉妬連中は、また動きを止めて大人しくなった。


「朝から追いかけっこかしら?」


「ごめん、教室の中で」


「別に良いんじゃない? そうだ、昨日はありがとうね」


「いや、こちらこそ。そうだ、今度はこいつらも一緒に良いよね?」


 俺が親指で背後の友人たちを差して言うと、


「良いわよ」


 森崎さんが笑顔で頷いてくれた。


「「「うおおおおおおおおおおおおおおぉ!」」」


 すると、奴らのボルテージが急上昇した。


「あはは、うるせーな、こいつら」


 俺が笑っていると、


「ねえ、川村くん」


「んっ?」


 森崎さんが、囁くように言った。


「今日の放課後、校舎裏に来て」


「えっ?」


「大事なお話があるから」


 何だろう?……とは思ったけど、


「うん、分かった」


「ありがとう」


 森崎さんは微笑んで、自分の席に向かった。




      ◇




 放課後、俺は約束通り、校舎裏にやって来た。


 森崎さんは、まだ来ていない。


 その間、俺は少し考えていた。


「ていうか、森崎さん、何か急に優しくなったよな……」


 美人な彼女に優しくされて、もちろん嬉しい。


 けど、逆に怖かったりする。


 だって、彼女はちょっと前まで、俺に対して何かイラついている感じだったから。


 いや、待てよ。怒りが頂点に達すると、むしろ笑顔になるってことも……


「……やべぇ、説教されるかも」


 そう言えば、許可なしにまた、森崎さんに告ってフラれたこと、話しちゃったし。


 でも、須藤さんは森崎さんの友達だから、別に良いと思ったんだけど……


「お待たせ」


 森崎さんがやって来た。


 爽やかな風に吹かれて、彼女のきれいな黒髪が舞う。


「やあ、森崎さん」


 とりあえず、怒られるなら、早い内に怒られておこう。


「あの、大事な話って何かな?」


「うん、あのね……川村くん、この前、私に告白して、フラれたじゃない?」


 やっぱり、その話か……


「ごめん、森崎さん。俺、また勝手にそのことをバラしちゃって……」


「ううん、それは良いんだけど……ちょっと、困ったことになって」


「えっ、困ったこと?」


 何だろう? もしかして、森崎さんのファンクラブ的なのが存在して、俺に対して怒っているとか?


 いや、でも俺はフラれたし……いや、でも友達として、何だかんだデートもしちゃっているし……


「……私、あなたのことが、好きになっちゃったの」


 風が凪いだ。


「えっ……ああ、友達としてね」


「違うわよ。1人の男として……恋愛的な意味で、あなたのことが好きになったの」


 俺はすぐに、彼女の言葉を飲み込めなかった。


「……マジですか?」


「ええ、マジよ」


 森崎さんは、俺の方を真っ直ぐに見て言うけど、その頬は真っ赤に染まっていた。


「で、返事は……」


「じゃあ、付き合おうか」


 俺が言うと、森崎さんはガクリとした。


「……だから、何であなたは」


「えっ?」


「何でそんな風にあっさりなのよ!」


「いや、変にかっこつけて、森崎さんの気が変わっても嫌だし……俺、何だかんだ、今でも森崎さんのこと好きだし」


「うっ……嬉しいけど」


 森崎さんはモジモジとする。


「じゃあ、俺たちはもう恋人同士ってことだね」


「そ、そうね」


千冬ちふゆって呼んでも良い?」


「なっ……い、いきなりなの?」


「俺のことも、勇太で良いから」


「ゆっ……ゆゆ、ゆゆゆ……うた……くん」


「もっとちゃんと呼んでよ」


「この鬼畜! ドS!」


「いやいや、そんな……まあ、お互いに徐々にってことで」


「あなたはいきなり、グイグイ行き過ぎなのよ」


「ごめん、俺もテンション上がっちゃって」


「そ、そんなに嬉しいの? 私とお付き合い出来て」


「うん。だって、千冬って美人で巨乳だし」


「セクハラ!」


「えっ、もう俺の彼女なのに、ダメなの?」


「くぅ~……ムカつく! ムカつく!……嬉しいけど……でも、ムカつくの~!」


「あはは、千冬って、思った以上に可愛いね」


「きゅ~!」


 こうして、俺たちは付き合うことになった。




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