第8話 直視できない

「お待たせしました~!」


 目の前にどんぶりが3つ置かれる。


 いずれも、良き湯気を立てている。


「「うわ~! 美味そう!」」


 俺と須藤さんは声が重なって、お互いに顔を見合わせた。


「ふひひ、ハモっちゃったね」


「うん、そうだね」


 俺たちは笑い合う。


 一方で、森崎さんの表情は、やはり沈んだままだ。


「森崎さん、大丈夫?」


「へっ? え、ええ」


「心配しないで。もし食べきれなかったら、俺がもらうから」


「え~、川村くんばかりズルい~! あたしも食べる~!」


「じゃあ、もし森崎さんが残しちゃったら、2人で仲良く分けようか」


「うん」


 すると、


「……大丈夫よ」


「森崎さん?」


「私だってこれくらい、1人で完食できます」


 不機嫌な口調で言われてしまう。


「ごめんね、森崎さん。からかいすぎた」


「ごめんね、ちーちゃん」


 俺と須藤さんが謝ると、ジッとこちらを見てから、


「……いえ、気にしないで」


 少しうつむき加減でそう言った。


「じゃあ、食べようか。いただきます」


「いただきまーす!」


「いただきます……」


 俺たちは、美味いラーメンを食し始めた。




      ◇




 苦しい。


 何でこんなに、胸が苦しいんだろう?


 慣れないラーメンを食べているから?


 ううん、そうじゃない……


「美味いなぁ、このラーメン!」


「美味しいねぇ、このラーメン!」


 さっきからずっと、勇太とあかりが息ぴったりで、2人だけすごく仲良さそうにしているから……


(……何を考えているの、私)


 自分は、勇太の告白を断った女。


 だから、そんな嫉妬のような感情を抱くなんて、お門違いも良い所。


 それなのに、どうして……?


 2人が仲良さそうにすればするほど、胸が苦しくなって……


「森崎さん?」


 ハッとする。


「大丈夫か? さっきから、苦しそうだけど……」


 勇太が気遣うような目を千冬に向けていた。


「あっ……ご、ごめんなさい。やっぱり、私にとっては少し重いのかしらね。とても、美味しいのだけど」


 なるべく、この場の空気を壊さないように、千冬は気遣って言う。


 そもそも、初めは勇太とあかり、2人のデートに自分が割り込む形になってしまっているのだから、余計に……


「森崎さん、ちょっと良い?」


 勇太が千冬のラーメンを自分の方に寄せた。


「箸とレンゲも貸して」


「えっ? な、何を……」


 まさか、見かねて食べてくれるのだろうか?


 まあ、自分はもうラーメンの味は十分に堪能したし、彼はラーメン好きだから、その方が良いのかもしれないけど……


「……よし、これで良いな」


 勇太は何やら、レンゲを見つめて言う。


「ほら、森崎さん」


「へっ?」


 千冬の目に映ったのは、レンゲに少量の麺と少量の具材、それにスープが注がれている光景だった。


「ミニラーメン、これならイケるだろ?」


「あっ……」


 さっきから、勝手に1人で陰鬱になって、空気を悪くしかけていた自分を、こんな風に気遣ってくれるなんて……


「……ありがとう、川村くん」


「どういたしまして」


 本当は、ちゃんと真っ直ぐ目を見てお礼を言いたかったのに、無理だった。


 目を伏せて堪えていないと、涙がこぼれてしまいそうだったから。


 動揺する心を、彼に覗かれてしまいそうだったから。


 何だかんだ、プライドが高い千冬は、自分の弱みを見せたくないという思いがある。


 そして、となりには、勇太のことが好きだと言うあかりがいるから。


 色々と遠慮してしまうのだ。


 だって、この2人は、傍から見ていてお似合いだから。


 きっと、付き合ったら、いつも明るく楽しいカップルになって……


「……ぐすっ」


「えっ、森崎さん? どうした? ごめん、俺が余計なことしちゃった?」


「ううん、違うの……このミニラーメン?……可愛いね」


「あ、うん。もしかして、それに感激してくれたの? それはちょっと、ラーメン好きとして嬉しいなぁ」


 勇太は照れたように言う。


「ちーちゃんばかり、ズル~い。あたしもミニラーメン作ってよ、ラーメン屋さん」


「よし、俺こっちの職人になろうかな」


「良いね~。もっと可愛いのとか、面白いの作って、SNSに上げちゃいなよ!」


「まあ、でもやり過ぎると、食べ物で遊ぶなって怒られるかもしれないから、ほどほどにね」


 勇太は苦笑しながら言う。


 そんな彼を見ながら、千冬はミニラーメンを食べた。


「……美味しい」


 小声で言うと、勇太がニコッと笑ってくれる。


 やはり、千冬は彼を直視することが出来なくて、しばらく顔をうつむけたまま、ミニラーメンを食べていた。




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